小説 愛するということ 49

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子の魂が宿っている。その為、実年齢よりも年上に見えるのは当然の事。

「住んでるのは金城さん宅だよね? 向こうの人、どんな感じ? 優しい?」

「はい、とっても明るくて優しいです」

「そっか、いいなあ。楽しそうだね。僕なんか一人暮らしだし、余り外に出ないから、結構寂しい思いしてるんだけど、本当に家族って良いよね」

彼は一見閉鎖的で怪しく思えるが、実はそうでは無い。恵は完全に守に対する見方をこの時変えた。

守の住む家の入り口まで、二人の会話はしばらく続いた。

「それじゃ、ここで」

きり良く住む家の門前で話が終わってから、彼が発した。

「はい。ありがとうございました」

「いや、かえってこっちが礼を言いたいよ。久しぶりにまともに人と会話したからね。ありがとう」

その時だった。

「うっ!」

守が急に屈みこんだ。何やら胸のほうが苦しいようだ。恵は慌てて守の側にしゃがみ、彼の様子を伺った。

「どうしたんですか?」

「うう……」

「鼻血が出てる! 大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だよ……」

「今、誰か人連れてきますね。待ってて下さい」

「いや、本当に大丈夫。大したことないから、人、呼ばなくて良いよ。それより、悪いけど、ち、ちょっと手伝ってくれないか? これを中まで運んでくれると助かるんだけど……。大丈夫、お、おじさんは一人で歩けるから……」

守は、苦しくした際に手元から落とした買い物袋を指差した。

「分かりました。玄関、開けますね。鍵、ありますか?」

「いや、鍵は、何時もしていないんだ。この島に、泥棒とかは居ないと思ってね。た、助かるよ」

「いえ、たいした事じゃないですから」

二人は家の中に入り寝床のある部屋へと移動した。着くと直に守は横になった。彼はまだ辛そうな顔をしている。恵はどうして良いのか分からず、とりあえず、買い物袋を置いて布団の横に跪いた。守が苦しそうに言った。

「め、恵ちゃん。わ、悪いけど、台所から水入れてきてくれないか? あと、向こうの卓袱台に薬が色々おいてあるから、それ、全部持ってきて欲しい。ごめんね」

「はい。ちょっと待っててくださいね。直持ってきます」

「ありがとう、助かるよ」

守は恵が持ってきた多量の薬の中から幾つかを手にし、それを水と一緒に飲み込んでから再び横になった。しばらく様子を見てから守が発した。

「少し痛みが退いて来た。ありがとうね、今日は本当に助かったよ」

「いえ。痛み、退いてよかったです」

「もう大丈夫。後は一人で大丈夫だから、恵ちゃん、そろそろ帰った方が良いんじゃないかな? ほら、もうじき日が暮れそうだし、早く帰ったほうが良い」

「あ、はい。それじゃ、そろそろ帰りますね。本当に大丈夫ですか?」

「うん、今日はありがとうね」

「いいえ、別に。それじゃ――」

恵はそう言うと、立ち上がって出口の方向へと歩こうとした。

「恵ちゃん」

守の声に、恵は足を止めて振り返った。

「はい?」

「やっぱり、少しだけ、少しだけ話していかないか?」

「あの、でも……」

「ちょっとで良いんだ。ちょっとだけで良いから、もう少しだけ話したい。気が紛れるからね。駄目かな?」

「分かりました。それじゃ、もう少しだけ」

恵はそう言うと、再び元の位置に跪いた。

「ありがとう。ごめんね、もう遅いのに」

「いえ。もう暗くなりそうだけど、ちょっと位なら大丈夫です」

「ありがとう。それじゃ、何から話そうか。そうだな、恵ちゃんの事について訊いて良いかな?」

「はい」

「此処に来た事についてなんだけど。恵ちゃんは」

「なんですか?」

「恵ちゃんは上村だから、金城さんの娘ではないよね? 従妹か何か?」

「いえ、違います。あの……、里親で……」

「あ、ごめんね。そっか、小百合ちゃんと同じで、里親で着たのか。そうか」

「あの、小百合さんの事、余り知らないんじゃ……」

「最近、名前をちょっと忘れていただけで、彼女の事を余り知らない訳じゃないよ。むしろ、彼女の事は良く知ってる。何年か前に、ちょっと騒ぎになってたからね」

「騒ぎって……、もしかして」

「恵ちゃん、知ってるの?」

「はい……」

「そっか、知ってるのか。とりあえず、この話は止めよう。暗くなっちゃうからね」

一瞬、その場の空気が重くなった。二人とも口を閉じている。

「あの……、守さんは、どうして此処に着たんですか?」

話を逸らすように恵は訊いた。

「ああ、僕ね。僕はね」

「はい」

「僕は、病気を癒す為にこの島に着たんだけど、海眺めたり泳いでみたり海中散歩したりできないんじゃ、何のために此処に滞在してるのか分からないね。いや、本当に間抜けだ

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小説 愛するということ 48

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恵は実おじさん達に中田姉弟の身に起きた出来事を知る限り何度も話そうとした。しかし、小百合が話さなかった理由を知らない事と、静かに眠っている“事”をわざわざ起し、それが原因で大騒ぎになってしまう心配が邪魔をした。

――いったい此処に住む東京からの滞在者は、どんな人で、どんな顔なのだろう? 自分が夢の中で見た人物と同じ、恐ろしい声と顔をした人なのだろうか?

そんな事を考えながら、今日も滞在者の住む家の前を通り過ぎようとした時、恵は急に足を止めた。

「――こんにちは」

余りにも不意を食らったようにいきなり過ぎた。恵はびっくりして返す言葉が急には出てこなかった。

「こ、こん、にちは……」

恵は一瞬、相手の顔を見て他へ目を移した。相手がまじまじとこちらを見ている。恵はたまらず足早にこの場を立ち去ろうとした。

「ちょっと待って! 君、最近まで見ない顔だね。名前、なんていうの?」

男はそういって恵を呼び止めた。

「あっ、僕の名前は山岸守だよ。よろしくね」

照れくさそうに男は言った。

「上村……、上村恵です……」

恵は瞬時に思った。違う。夢で見た人と似てるけど、この人じゃない。夢の中に出た男は、もっと恐ろしい顔をしてた。それに話し方も違う」

恵の想像は見事に覆された。

「上村恵か、良い名前だね。沖縄の本島から、来たのかな?」

「はい」

「そうか、本島か。あ、そう言えば、何年か前に、仲泊さんの所にも本島から来ていた子が居たな……。名前は確か……、中田、中田小百合ちゃんって言ってたな。健二君って言う弟と一緒に来てた。もしかして、知ってる?」

「いえ……、小百合さんって言う人とは、会った事が無いです」

「そう。そうか、知らないのか。あ、いや、もしかしたらね、知ってるかなって思ったんだけど」

――健二なら知ってる。恵はそう言い掛けたが、しかし、その事に関して、深く訊かれるのが嫌だった為、話すのを止めた。恵は思わず避けるように発した。

「あの……、そろそろ帰って良いですか?」

「あ、うん。ごめんね、呼び止めて」

「いえ、別に良いです。それじゃ」

「ああ、またね」

――やっぱり違う、この人じゃない。

恵は、家に帰ってから小百合に関して気持ちを整理しようとした。出来なかった。

だが、とりあえず実おじさんたちが「気味が悪い」とは言うものの、彼に対して何かしら疑いの目を向けない理由がこれで分かった。男は誰の目からも堅実に見えたのだ。健二や小百合さんを不幸にしたのはあの人じゃない。

「それじゃ、一体誰がやったって言うの?」

恵は独り言でそう自分自身に問いかけた。

 

守と出会った日から三日経過した夕方。恵はこの日もお気に入りの場所で砂浜を眺めてから、学校から帰るつもりで居た。お気に入りの場所に着いた。今日は誰も遊んでいないようだ。砂浜は恵一人しかいない。久しぶりに、砂の上を滑る小波の音しか聞えなかった。今日は本当に心が落ち着く。そう思った時。

「おや、また会ったね」

後方からいきなり男の声が届いた。

恵は座ったままの状態で振り返った。山岸守。

「こ、こんにちは」

「こんにちは。此処、よく来てるの?」

「あ、はい……」

「そっか。本当にここの砂浜は綺麗だね。久しぶりに観ると尚更癒される」

恵は山岸守の手元を見た。両手に食料品の詰まった買い物袋を二つ三つぶら下げている。彼は学校の向こうにある商店で、買い物した帰りの寄り道なのだと言う事に、恵は直に気が付いた。

「久しぶり、なんですか?」

「うん……」

そう言えば、恵がこの島に着てから、このお気に入りの浜で一度も守を見た事が無い。「そうなんですか」

恵は彼が久しぶりと言った言葉に嘘は無いと頷けた。

「実は言うと僕は体が弱くてね。それで調子の良い時以外は余り外に出てないんだ」

「え?」

恵は正直驚いた。それ位にこの山岸守という男は誰の目から見ても健康そうに見えた。

「あの、何処か悪いんですか?」

「うん、まあ、ちょっと肺をね。でも最近は調子が良いよ。一昨日君とあった日からなんだかずっと体の調子が良い」

「そうなんですか……」

少しだけ間が空いた。守がニコッとした顔でこちらを見つめている。恵はなんだか少しだけ恥ずかしくなった。

「あの、私、そろそろ帰ります。それじゃ」

「ちょっと待って。家、近所だし、一緒に帰ろう。送っていくよ」

恵は特に断る理由がなかった為、一緒に帰る事にした。辺りは蜜色に変色し始めている。夕暮れはもうすぐ。守が歩きながら話しかけてきた。

「恵ちゃん、でいいかな? 恵ちゃんは中学二年か三年生?」

「はい」

「やっぱりそうか。いや、見た目はもうちょっと年上に見えるんだけど、此処には高校が無いらしいからね、直に分かったよ」

恵はこれまで同年とは比べ物にならないほどの体験をし、また、彼女の中には倫子と知

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小説 愛するということ 47

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「花、新しい……。今日誰か来てたのかな?」

恵は恵美にさりげなく訊いた。

「今も本当に此処で寂しい思いをしているからね。少しでも癒される様にってさ、島の皆で、交代でね、供え物用意して何時も来ている訳。だからね、此処の墓の花は枯れる事が無くて何時も新しいわけさ」

「島の人達って、本当にみんな優しいんだね」

恵の言葉に、実と恵美は微笑んだ。

「それじゃ、ウートートーしようね」

恵美は供え物をおもむろに袋から取り出し、それを墓の前に置いてから線香に火を付けた。焚かれた線香から漂う香りの中、屈んだ三人は静かに深く目を閉じ両手を合わせ祈りを唱えた。祈りを終えて目を見開いてからも、少しばかりしんとした時が経った。実から口を開いた。

「それじゃ、そろそろ帰ろうか」

実は立ち上がった。それに合わせて恵美も立ち上がろうとした。その時。

「ちょっと待って――」

恵は緊張した趣で、屈んだ状態のまま辺りを見渡した。

「今、聞えたの。人の声が、聞こえた……」

恵は言った。

「嘘? 本当にね?」

隣に屈み直した恵美が訊いた。

「恵ちゃん、なんて聞えたの?」

「ごめんねって……、ごめんねって聞えた」

緊張した趣で恵は言った。

「まさか!」

実と恵美にも緊張が走った。

「でも違う。正樹じゃない……。女の人の声だった……。恵美おばさん、恵、怖い……」

恵はそこまで言うと、硬直し、身震いだした。

「デージナッテル。マジムンの声やさ。エー、ヘークナーケーラ! マヤサリンドー!」

(※大変な事になった。幽霊の声だ。おい、早く帰ろう! 霊にとりつかれるぞ! )

「ヤッサーヤ。(※そうだね)恵ちゃん、立てるね? もう早く帰ろうね」

恵は震える足を抑えるようにして立ち上がった。そして、三人は足早に家へと帰った。恵はこの日の夜、悪い夢を見て魘された。熱も少しばかり出ている。

「ごめんね……、ごめんね……」

この言葉がずっと繰り返される空間の中に、今、恵は居る。熱のせいだろうか? 声だけしか見えない世界が、朦朧とした様に恵は感じながらも、その薄れ行くような意識の中で、懸命に彼女は誰かへ訊いた。

「貴女は、もしかして、小百合さん、ですか?」

「嗚呼、なんて事してしまったの……。何も出来ないまま死んじゃうだなんて……。私が何も言わなかったせいで、もう一人犠牲者が出てしまうんだわ……。ごめんね……、ごめんね……」

「え? どういう事ですか? もう一人? 教えてください。誰が、犠牲になるんですか?」

「傷よ、傷があるわ」

そう小百合の声が言った後。

「――小百合をやったのはこの俺さ」

突然、聞き覚えの無い男の低い声が、向こうから響いて聞えた。恵は声の先へと目をやった。と同時に、自分は今、上半身を服からむき出しにした状態だと言う事に気が付いた。薄気味の悪い顔をした男が、断片的に、どんどんコチラへと近付いてくる――。恵は咄嗟に、著しく育った両胸を隠した。男が目の前まで来た。

「――あいつは本当に物分りが良かった」

とても低く響いた声は、恵の体中に響き、心底から震えさせた。彼女は逃げようと身体を動かした。動かなかった。

「腕を退かせ!」

男の手が恵の両腕を掴み、力ずくで胸を露出させようとした。

「嫌!」

恵は大声で叫んだ。と同時に、彼女はいきなりこの空間で意識を失った。

恵はハッとした様子で目覚めた。

「夢、だったんだ……。良かった」

たった今起こった出来事が夢であった事に心底ほっとした。しかし、恵の腕には男に掴まれた感触が何故か残っていた。

 

悪い夢に魘されてから数週間後。恵が学校から帰宅する時の事。

この日の恵は何時もの海辺には寄らず、まっすぐに帰宅した。校門から出てまっすぐ伸びた道から外れた小道を抜けて行けば、突当たり側に家がある。敷地内にあるヤギ小屋の手前には仲泊家があり、その向かい側にもう一つかなり古い民家があった。他にも畑道などの抜け道はあるのだが、この私道から家へと戻る時は、必然的にこの二つの民家を通過する事になる。恵は中田姉弟に何が起きたのかを恐らくながら知っている。その為、仲泊家と、特にもう一つの民家に住むと言われている、まだ見ることの無い東京からの滞在者の事を、通り過ぎるたびに意識せざるえなかった。この家にはこの島に来た初日、挨拶をしに行ったが居なかった。いや、行ったが誰も出てこなかったと言った方が正しい。その後もこの家とは縁がない。

恵は不思議に思っていた。実おじさん達は気味が悪いと言っても、『覗き』の件にしろ、何故かこのまだ見ぬ滞在者を真っ先には疑わない。中田姉弟は二人とも性格が急に不順になった理由を何一つ喋らなかったと言っても、何かしら気付いてこの滞在者を疑う事が出来たはず――。しかし、それは何が起きたのかを恐らくながら知っている恵の頭で描いた勝手な後付け論であって、実際には、何がおきて、そして誰がやったのかを周りが察するのは困難だろう。いや、それ以前に、小百合を犯した犯人は、此処に住む滞在者と言う証拠を恵は何一つ持っていない。その為、この滞在者が犯人だと言う事自体が、只の決めつけとしか言い様がなかった。だが、恵には確信があった。-――この島の人たちは、皆、本当にとても温かい。疑うとすれば、まだ見ぬこの家に住む滞在者位。

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小説 愛するということ 46

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「勿論よ。天国と地獄があったとして、二つがまったく同じなんてことは無い。小百合ちゃんはね、きっと天国で幸せになってるはずよ。今度、三人でウートートー(※祀り供養)しに行こうね」

「うん」

「ダーダー、(※さあさあ)落ち着いてきたみたいだから、そろそろ外見に行こうかなと思ったけど、やっぱり今日はもう止めておこうね」実が頭を掻きながら「やれやれ」と言った様子で発した。

「ごめんなさい」

「いいよ、いいよ。変な話したおじさんが悪い。気にしないで」

「だある、全部あんたが悪い! 馬鹿男や!」

「ハッシャビヨー、(※なんだよ! )そこまで言わなくても良いんじゃないの? ねえ、め、ぐ、み、ちゃん」

実のおどけた様子に、恵は思わず口を塞ぎながら笑った。それを観てホッとしたのか、恵美と実も声を出して笑った。それは一瞬で嫌な空気が吹き飛んだ瞬間。本当に陽気な夫婦だと改めて恵は思った。家の中は日常の空気に戻ったかに見えた。しかし、その時。恵が何かの気配を外からまた感じた。今度は心で呟く様に恵は訊いた。誰――?

恵は何故かこの気配に掻き立てられた様に、今すぐに確かめずには居られなくなった。これは絶対に違う。彼女は、最初に覗き見られていた気配とは確かに別の人物だと、この時確信を抱いていた。彼女は一人、外へと急いだ。玄関口から飛び出し、砂利の敷かれた道から自分の部屋の窓の位置まで走って回り込んだ。そして、暗い夜道にぽつんと誰かの立つ目の前で立ち止まった。最初は外の暗さに目がまだ慣れておらず、目の前の人物の顔が良く見えなかった。そのまま立ち止まっていると、目が慣れてきた。大人の男性。

「久しぶりだな、恵。元気そうで、良かった」

「あなたは、誰ですか?」

男はハッとして何かに気付き、自分自身に驚いているかの様子で急にオドオドしだした。

「お、俺は……」

男は何かを言い掛けて止まった。顔をよく見ると、瘤やアザ、そして鼻の下辺りに血を拭った痕があった。服は白に柄の入ったワイシャツだったが、あたかも何か揉め事でも起こしたかの様に、ボタンが上から二つ三つと取れ、かつ、酷く汚れている。

「怪我してるみたい。大丈夫ですか?」

恵がそっともう少しだけ近付こうとした。その時。目の前に立つ怪我を負った大人の男性の姿が、もう一人、この大人と比べて背の低い少年とブレて見えた。その背の低い少年が、今、この世界に物体があるであろう目の前の大人の男性と代わる代わる重なって見える。そしてその度に、恵の脳中で光が幾つも瞬いた。少し朦朧とした感覚なる意識の中で、恵は見覚えのある背の低いもう一つの人物に目を凝らした。恵はハッとした。やはり正樹だ。彼女は思わず、「――正樹!」と、思い切りに言葉を放った。しかし、それと同時に薄れ行く大人の男性と共に正樹の姿はこの場所から消えていった。

 

 

実と恵美と恵の三人は、今、鳩間灯台の方へ足を運んでいた。砂利から赤土がむき出しとなった道へ辿る途中、恵は考えていた。 正樹――。彼はまるで自分の運命を確認するかの如く、突然現れては消えた。それは一体何を意味し、そして彼の身に何があったと言うのか。

「――恵、恵ちゃん」

恵はハッと気が付いた。

「どうしたの? 何か考え事ね? もう着いたよ」

「あ!」

恵が俯き加減から前を向くと、すぐ目の前に白い灯台が聳えているのが分かった。恵は立ち止まったその場所から、その灯台の天辺を見上げた。高さは十五メートルほどだろうか? 幅は直径で五メートルはあるであろうその大きな灯台が、その存在をどっしりとコチラへ見せ付けている。

「近くで見ると大きい――」

「島の周り全体から見える灯台だからね。あそこに展望台があるから、そこでちょっと休憩してからウートートーしようね」

「うん。此処って展望台もあったんだね」

「此処から観る海の景色は最高よ。恵ちゃんもびっくりするはず」

恵美がにこやかに言った。

三人は灯台のもっと奥にある展望台がある場所へと更に進んだ。

「うわー! 綺麗――」

展望台へ来た瞬間に、恵は思わずそう発した。

「今日も透き通ってるね。本当にこの島の海は青くて綺麗さ」

「ヤンヤ(※そうだな)」

「本当、綺麗……。こんな景色見れるなんて。本当に生きてて良かった」

恵が喜ぶ顔を見た実は、彼女の側で満足そうな顔をした。

「おじさんもね、たまに此処に着てこの景色見てたら、本当に此処で生きてて良かったと思うよ。昔から海以外は何にも無いところだけどね」

「其処が良いんだよ。昔のまま何も変わらない事って素敵だと思う」

「そうだね。年だけはどうにもならないけど、良いものがずっとあるって良い事だからね」

三人はしばらくの間、広く澄んだ海を只じっと眺めた。

「それじゃ、行こうか」

三人は展望台から灯台の方へと戻った。灯台の裏の方へ回り込んだ所にある獣道のような林の中へと続く小道へ入った。更に奥へ小道を歩いて行き止りとなった場所に、大きなガジュマルの木が支配している域がある。樹木の横の方には本当に小さな墓が見えた。

「ここだよ」

小さな墓の前に止まって実は言った。

恵は驚きの色を隠せなかった。まさかこれほどまでに寂しい場所に健二の姉が眠っているとは思わなかったのだ。実が恵のその思いを察して言った。

「中田君たちは身寄りが居なくてね。可哀想だけど、魂のある此処に埋葬されたわけさ」

恵は供花に目を向けた。

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