小説 運タマギルー 38

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滝川寛之の無料連載小説

ちゃーん♪ ほら、出てきなさいな。あらら、どうしてこうしていつまでもお芋が出てこないのかしら? もしかして……?

ようやく気付いたようですよ。こんな時期外れに出てくるものといえば、太い太いミミズ位のものです。察したベッキーはとうとう消沈してしまいました。

もうこうなったら隣町まで行ってサトウキビに食らいついてやるんだから! 頭に血が上ったベッキーは、運玉森の中を北へ向けて歩き出しましたよ。しかしその時です。ごあぁぁぁ! という轟音が耳をかすめました。

恐る恐る振り返ります。すると、なんとまあ、びっくらぽん! 少年探偵団と遭遇した場所あたりから、ものすごい炎が火の粉を天へまき散らしてめらめらと揺れているではありませんか。

や、山火事だ――! 思います。

季節は秋口。運玉森の深緑は空気が乾いて乾燥していましたよ。山火事はどんどんどんどん彼女のいる場所まで襲い掛かってきました。そのスピードたるや本当にあっという間のことです。

き、きえぇぇぇ――!

叫ぶ間もなく、ベッキーは炎に取り囲まれますと、万事は休したかのように思われました。

嗚呼、やっぱりこの世界でも、わたしったら炎に包まれて死んでしまうのね……。そう、運命は変えられないのよ……。ご主人様、もう直です。もうすぐあなたのところへ向かいますから……。

”一四二〇、方位……、一名の要救護者発見! 今から向かいます――!”

揺らめく陽炎の先に目視できたのは、銀とオレンジ色の恰好をした大人。ありったけ水をかぶる。最初、それは天からの恵みだと思った。それからは意識がはっきりとしない。気が付けば病院の寝室にいた。

「あら? 目が覚めたみたいね。ごめんなさい、起こしちゃったかしら?」

この美しいおとなの女性は、一体、だれだろう? 容姿に、美声に、何もかもが。自身より美しく思えた。第一印象は当てにならない。そう勘繰ることをせず、ベッキーは身体を起こそうとした。

痛いっ! 動かした部位あたりが一面ヒリヒリする。見やると包帯がまかれていた。あれ? 思い、顔と頭部を触ってみる。やはり包帯だ。もしかして全身にまかれているのかしら? 不安は的中した。

「全身やけどを負っているのよ。でも大丈夫。命に別状はないわ」

あ、あなたの、おなまえは、なに……?

最初からそうであったかのように、ベッキーは言葉を発した。そのことに関して自身が気付くことはなかった。わたしは日本人で日本語を話す。ただそれだけの話だ。何にも珍しくはない。意識するほうがどうかしているだろう。無意識だからこそ発せる。

「わたし? わたしは菊川怜。養護施設で先生をしているわ」

養護施設? ああ、もしかして運玉森の近くにある児童養護施設のことかしら? 考える。脳は煮えてしまってダメになったわけではないらしい。こうして思考を巡らせることが容易だ。そのことに関しても考えることがなかった。

「どうして養護施設の先生が? って思ってる?」

は、はい……。力なく返すと怜先生は少しだけはにかんで笑顔を作って見せた。それから真顔に戻り、今度は悲しそうな表情を浮かべる。この違和感はなんなのだろう? ベッキーは困惑するけれども、聞くまで理由がわからない。

「あなたは自分のことについて何か心当たりはないかしら? まあ、それについては後ほどカウンセリングで訊くことなのだけれど……。まあ、いいわ。今日はゆっくりしてなさい。何にも考える必要はないのよ。とりあえず、あなたはこんご、わたしの荘で面倒みることになっているから。だから安心してね」

わたしには身寄りがいないってことですか? 訊こうとしてやめた。それらについて今後、話し合うということだろう。もちろん、胎児についても、だ。恐らくは流れたのでしょうね? あれだけ失血していたのだから。でも、奇跡はあるかもしれないわ。もしかしたらおなかの赤ちゃんは無事なのかも?

「あ、あの、あ、ありがとう、ございます……」

今の素直な気持ちだ。とにかく助かった。生きながらえた。それに対してどれだけ悦びが強いのか、今は実感として胸いっぱいに感じる。嗚呼、いきることってすばらしいのね。そんなことを口ずさみ、タップして踊りたいほどだ。そうでもない。

だからといって現実はこうして叩きつけるようにして次の試練を与えている。ベッキーはとっさに表情を固めて真顔になった。

カウンセラーとの対面はそれほど喜ばしいものではない。何でも知ろうとするその洞察力にイライラが募るばかりで遺憾に思う節もあった。

だってわたしはご主人様とのことしか覚えてないんですもの。家族のことはそれだけ。これ以上しつこく訊かれても答えることができないのよ。それがどれだけ腹立たしいか、あなた方カウンセラーにはわからないでしょうね! まったく、本当に腹立たしいわ。失礼しちゃう。

発音は相変わらずどもり気味だ。うまいことしゃべれずイラつくものだからどうしようもない。おそらくは断末魔を見すぎて脳に後遺症を被ったのだろう。それに関して考えずともわかることだ。ただ、それらを話したところで、このカウンセラーとやらは信じてくれるのだろうか? 話がややこしくなるだけで信じてもらえないのではないだろうか? とどめに精神病院へ叩き込まれるのではないか? そんな不安がよぎる。だから話さないことにした。カウンセラーへは何も思い出せないと、その一点張りでやり過ごしている。勿論、ほんとうにご主人様の世界からこの世界へ来たことまでの記憶しかないわけだが。

全身の包帯が解けるまで、実に六か月を必要とした。妊娠三か月ころから悪阻などの異変は起こっていたが、医師に発見されたのはちょうどこの時期だった。おなかのふくらみで検査を受けさせられたのだ。

「妊娠六か月です――」

怜先生はまいにち見舞いに来てくれていた。日曜日なんかは息子を連れてくることもあったけれども、どうやらその子は養子のような気がした。何となく女の直感というやつだ。お母さんお母さんと話すのだけれども、ときどき怜先生と発するこの少年は、少年探偵団のリーダーだという。つまりは施設の子だということなのだろうか? 詳しくは聞いていない。

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