小説 運タマギルー 34

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こを拭うとき、ほのかにエビのようなにおいが立ち込めた。中は洗いたくない。だって、ご主人様の生命が宿っているんですもの。

「帰ったら飯を食らった後、町へ降りてみるからの」

「どうしても、ですか……?」

「どうしてもじゃ。奴には身寄りがワシしかおらんでの、ほっとけん」

「ご主人様は人が良すぎます……。いってらっしゃい、ませ……」

ベッキーは顔をかがめた。涙が溢れてやまない。

「泣くな。ワシとてつらいのだからのう」

「はい……」

嗚呼、イエスキリスト様、マリヤ様。どうかこの人を、ご主人様をお守りください。ご主人様はとても良い人なんです。こんなことで亡くなるような方ではありません。だってそうでしょう? もしご主人様がいなくなったら、わたし、わたしはどうすればよいというのでしょうか? 仇を取れとでもいうのですか? わたしはゴキブリだって殺せないやわな女なんです。そう、駄目な女なの。

「帰るぞ」

帰り道。カラスの鳴き声が遠くの木々のほうから聞こえてきた。その音響に対してなんだか不気味な予感を感じる。こちらは相変わらずススキ群の中。細い細い道の最中。開けて光が差せばようやく藁ぶきの小屋へと着く。こんなにもこの家が恋しいと思ったことはない。

ご主人様が出発される前にわたしにできることって何かしら? 自問する。

嗚呼、せめておにぎりでも持たせて上がられたらどんなに良かったか。けれども貧祖な台所事情だ。白米などあるわけがない。かなしい。哀しすぎます、ご主人様。

家へ着くと、ギルーは不気味に黒光りする鎌を持ち出した。

ご主人様、それで何をするつもりですか? まさか人殺しなどするおつもりですか? それはいけません。お願いです、置いていってください。代わりにわたしを連れて行って。

ならぬ、ならぬぞ、ベッキーよ。なあに、心配はいらぬぞ。この鎌はな、アンダーの縄をほどくためのものじゃて。ワシが殺生などすると思ったか? 用心棒はみな味方じゃけの、そんなことはせんよ。安心せい。

ほんとうですか? ご主人様。

うむ。

「では、いってくるぞ」

「はい、お気をつけて……」

相変わらず遠くのほうでカラスの群れがカアカアと鳴いている。この場所に鶯(ウグイス)の鳥かごもなければ、コッコとあたり中を回るニワトリもない。その薄気味の悪いカラスの鳴き声だけはどうも慣れないと感じた。同調するようにススキ群の白綿が潮の香りのする東風でささらとなびいている。

小屋に人影はベッキーのみ。当然ながら笑い声もなければ甘い吐息もないけれど、どことなくご主人様の足裏のにおいが漂っており、彼女はそれだけで興奮の絶頂を極めようとしていた。

嗚呼、ご主人様。ご主人様。わたしはいけない女です。こうしてひとり、あなたのにおいを食事にしてオナニーができるのですから。わたしはとてもとてもにおいというものが好き。じつはいうと匂いフェチでもあるのですよ? ご主人様――。

 

――何とかならんもんかのぅ。はて、どうしたものか。

次の一手がまるで読めてこない。ギルーは道中、アンダーの救出作戦を練るのですが、やはり万事は休していたかのようにして解決法が浮かんではきませんでしたよ。

やはり力任せしかないのかのぅ?

町へ降りると近場に人影は一つたりとも見当たりません。代わりとしてあるのは遠くの広い木材置き場から轟く歓声でした。ギルーはすぐに察しましたよ、もう始まっているのか……! と、

ギルーは駆け足で走ります。走って走って走って、たとえ息が切れても転倒しようと、走り抜けたのです。やがては人々でごった返している木材置き場へたどり着きましたよ。彼はさらにその人ごみの中をかき分けながら前へ前へ進みました。鎌は帯の後ろへ持たしておりますよ。

「どおしたぁ! そんなものかぁ! ほうれっ! もっと命がけでこいやぁ!」

かき分けた先は、首里からの兵団によって円陣が組まれていましたよ。鋭い槍を持ったものと剣を持ったものといます。とてもじゃないがこれ以上は先へ入れそうもなかった。

中を確認する。どうやらアンダーが力こぶのある兵士と無理やり戦わされているらしいことがわかりました。かわいそうに、勝ち目などあるはずもない。アンダーは顔中こぶだらけで鮮血を噴き出していますよ。それから何回倒れても倒れても、尻に槍を刺され、たたき起こされていました。もはや血だらけのぼろぼろです。

なんてことだ! まったくなんてことなんだ!

ギルーは、唯々、申し訳なくて申し訳なくて涙が溢れてきました。

アンダーよ、ワシが悪かった! わしが悪かったんじゃ! どうしてこうも痛めつける? 悪いのはワシのほうじゃ。ワシを痛めつけてくれい! そして首をぎっちょんすればよいだろうが!

しかし、ギルーの泣き叫びは群衆の歓声でもみ消されてしまいましたよ。

やがてアンダーは虫の息となり、いよいよ斬首刑の時がやってきました。法螺貝が吹かれ、椅子に腰かけていた兵一団の長らしき人物が立ち上がりますと、隣にいた男一人が大声を張り上げましたよ。

皆の者! 静まれぃ! 静まれぃ! これよりこの盗人の斬首刑を処するぞぅ! 皆のものみておけぃ! 大罪を犯した者は皆、同じ処刑にあうぞぅ! みておけぃ! みておけぃ!

倒れたアンダーをひざまずきに組むと、斬首に邪魔となる両腕を後ろに回して縄をし始めました。それから一人がアンダーの頭を横に支えます。ギルーは斬首刑を見るのは初めてですから、もはや頭が真っ白になりまして何一つ発せなくなりましたよ。それは野次馬連中も同じ。あたりは一気に無言へ満ちました。

再び法螺貝が吹かれます。それがやんだ瞬間でした。

「斬れぃぃぃ!」

ギルーは虫の息となり意識があるのかどうかわからないアンダーをみつめ、これまでの

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