小説 愛するということ 58

連載小説
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正樹さんは、正樹さんは、私のことなんか考えてないのよ」

正樹は途端に恵と別れたあの夜の事を思い出した。そう言えば、確かにあのとき恵も同じ様な言葉を発していた。不意に今居る現在と過去のあの場面が、正樹の頭の中でごちゃ混ぜになった。正樹は少し虚ろに言葉を口にした。

「お、俺は只、俺は只、恵の事を――」

その時だった。

香織が咄嗟に自身の耳に両手を当て、正樹の言葉を遮る様に大声を発した。

「私とその人を重ねて見ないで!」

それはとてつもなく強烈な響き。

正樹は我に返った。香織は号泣して続けた。

「お願いだから、お願いだから、もう見ないで……」

香織が顔をくしゃくしゃにして泣いているのを、正樹は只、見ていることしか出来ない。それはとても悲しい場面。

「私、会社辞めるね」

香織は崩れた顔を直そうと、必死で涙を止める様に天を仰いでから言った。正樹はこの一言に、今日が最後という決意を直感的に感じた。

「御免、俺が悪かった」

正樹は咄嗟に謝った。

「違うの。前から辞めようと思ってたの。だから、お願い、謝らないで。いいの。正樹さんのせいじゃないから」

香織の涙が少し落ち着いた。彼女は指で涙を拭ってから発した。

「私、知ってたの。正樹さんの過去の事。施設に入ってたって。正樹さんは私に隠してたけど、知ってた」

香織は再び天を仰いだ。そしてそのままの状態で言った。

「正樹さんは多分、施設で付き合ってた子が居て、その人の事、今もずっと好きなんだなって。私、分かるの。多分そうだって事」

正樹は思わず下を向いた。全ては見透かされていた。香織は続けた。

「私ね、正樹さん幸せにしてあげたいなって、心から支えてあげたいって思ってた」

「同情で俺と付き合ってたのか?」

正樹は少し脱力した声で言った。

「違う! やっぱり正樹さん、私の気持ち全然分かってない」

香織はそこまで言うと、ゆっくり正樹の胸元へと顔を寄せた。正樹は再び香織を優しく抱き締めた。香織が愛しい顔をして正樹を見上げた。そして訊いた。

「正樹さん……、私との事、楽しかった?」

正樹は答えかけたが、言葉を発せなかった。香織はまた胸元に顔を埋めた。

彼女は号泣したような声で言った。

「私は楽しかったよ。とっても楽しかった……」

「香織……。御免な……」

正樹は目を閉じて顔を香織の頭に近づけた。彼も涙を頬に伝わせた。素直に涙を零さずには居られなかった。香織は言った。

「ううん、私は大丈夫だから……」

香織は蹲りしがみ付く手に思わず力を込めた。彼女は更に言った。

「正樹さんが思ってる人に、その人に、またいつか会えると良いね。正樹さん、御免ね。代わりになれなくて、御免ね……」

それはとても優しさに満ち溢れた声。香織は泣き崩れてしまい、またしばらく号泣した。

やがては泣き止んだ頃、彼女はそっと正樹から離れた。

「そろそろ帰るね。大丈夫、私、もう泣かないから」

次の瞬間だった。

「今までありがとう」

香織は無理して正樹に微笑んで見せた。瞳からは再び涙が頬を伝い下へ零れ落ちている。正樹はそれを見て、とてもやりきれない気持ちになった。

「ごめんなさい……。また涙が止まらなくなっちゃった……」

正樹は香織の顔を見たまま完全に何一つ言う事が出来なくなった。

正樹は香織から視線を逸らし下へと俯いた。少ししてからだった。

「正樹さん」

香織がはっきりとした声で言った。正樹は再び香織の顔へ向いた。香織は涙を止めて、そしてありったけの優しい微笑をしていた。

「正樹さんが探してる人、いつか見つけて幸せになってね」

言って、香織は笑顔のまま涙を我慢した表情にかわった。そして彼女は最後に言った。

「さよなら、正樹さん」

香織は我慢した涙が零れるのを見られまいと直に車の方へと振り返り、早足に乗り込んだ。しかし、彼女は車に乗り込んだままエンジンをかけない。今頃、香織は車内で号泣しているに違いなかった。

正樹は寮の玄関口から中に入り、靴置き場の所で立ち止まった。寮の玄関口を通り過ぎ様に、一度クラクションを鳴らしてから香織はいつも帰って行っていたが、この夜はそれを聞く事は無く、ただ彼女の車が通り過ぎていく音だけが聞えた。

次の日から事務所だけではなく、もう何処にも香織の姿を見つける事は出来なかった。香織との交際は完全に終わってしまった。

 

愛すると言う事~第七章

 

あの事件から翌年。恵が中学三年になったとき、彼女の長い人生における一つの転機が訪れた。空はとにかく遠くの向こうまで青く、目の前の緑の端から渚へと白い砂が斜めに流れ、そして、とてもカラフルな魚が泳ぐ海が微笑みながら踊り、太陽がそれらに美しい光を与えている。そんなお気に入りの場所に、恵と聡子が制服姿のまま居る時。

「君達、ちょっと写真撮っても良いかな?」

「え?」

恵と聡子は声を揃えて発した。二人が顔を向けた目の前には、短髪で眼鏡をかけた男が立っていて、手には一眼レフカメラを持ち、肩からはフィルムやミリの違う焦点レンズ等が入った土色のバックを提げていた。

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