小説 愛するということ 40

連載小説
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恵は今日、体調不良を理由に学校を休んだ。彼女は部屋の窓にある遮光カーテンを閉めた薄暗い部屋で一人、ベッドで横になっていた。恵ともう一人この荘に居た当直の先生は会議で居ない。今、恵は一人。

平日である他に誰一人としていないこの日の昼は、スリッパの音や話し声、そしてまた一番に騒ぎ出す者が無く、信じられないほど辺りは静か。休日の今時間頃ならば周囲が煩くて少し遠くからしか聞えない鳴き虫や小鳥などの声が、今は音高くとても身近に届いてくる。

恵は昨夜あった出来事を、怖くて誰にも相談できずに居た。何度も何度も体を洗った。しかし、流された汚れは表面に感じる物だけで、当然、性的暴行の記憶と傷がそれだけで消え去るはずなどなかった。だが、彼女は何度も体を磨いた。途中、悔しさからやりきれない気持ちで一杯になり、感極まった彼女は顔をシャワーに埋めて人知れず号泣した。自分の体を初めて男に許したあの夜の前日に見た夢はとうとう現実になった。あの夢では今の自分はまだ始まりに位置した場所に居る――。恵はこれ以上この先の夢を思い出すのが怖かった。

「お願い、お母さん助けて。お姉ちゃん、助けて!」

恵はシャワーから吹き出た御湯に顔を打たれたまま心でそう叫んだ。

彼女は分かっていた。彼らは一度では決して終わらない事くらいは容易に読める。迷った。正樹たちのように、今すぐにここから逃げ出してしまいたい。でも、一体何処へ逃げれば良いのだろう? 母屋が全焼したあの夜、周り全てが消えてしまった彼女に当てなどあるはずが無かった。

恵はベッドの中で急に目眩がした。途端、感じの悪い汗と共に何だかとても酷い寒気がしてきた。彼女はたまらず側に無造作にあったタオルケットの端を両手で左右に掴み、ひらりと体へと被せた。その中で身を震わせる。その直後、昨日の出来事を脳が無理やり思い出した。嫌! 恵は思わず両手に握るそれに顰めた顔を思い切り当てた。その時。

「めぐみ――」

突然、誰も居るはずの無い部屋の天井の方から響き加減な声が聞こえてきた。その声は、何時しか聞き覚えのある透き通った様に綺麗で優しい声。恵は声の主を直に分かった。「お母さん!」驚きと喜びに満ちた声で発した。

声が届いて来た天井を見ようとすばやく二段ベットの下の階となるその位置から上半身を乗り出し上へ顔を見上げた。恵は唖然とした。

今見ている天井があるはずのその場所は不思議な事に、まるでドーナツの様な円形状に溶けた穴が開き、今とは正反対の夜の空がその空間から見えた。恵は更に気付いた。中央の円は天井となっているわけではなく真っ黒としていて、見た目には狭いが、何かもう一つの大きな存在を感じさせる――。どうやら今、局地的に三つの空間が目の前で日食の様に重なっているらしい。重なり見える二つの空間に人影らしき物は一切無く、今もまだ母の声だけが只々ずっとどちらか向こうからコチラへと響いて来ている様に感じて聞えた。とにかくそれはとても不思議な現象だ。

「これは……夢なの?」

恵は夜空を眺めながら、これは夢だと疑った。瞬間、ドーナツ状に浮かぶ空間の外側となる空が今、恵の居るこの場所を一気に飲み込むようにして辺りへ広がった。そして最初となる恵が今居た空間はまるで存在を隠された様にして目の前から消えた。それは一瞬に近い出来事。恵は月の様に黒く浮かぶ一つ残された空間へ顔を向けた状態から一面に広がりを見せた夜空へと視線を移した後、周囲を見渡した。

「ここは……そうだわ!」

ここは確かに全てが失われたあの場所。そう、間違いなく今立つ第二の空間となるこの場所は、全てが消失し一体化した後、仰向けに倒れた状態からこの空を眺め一人呟いたあの芝生の上あたり。恵は息を深く吸い込んだ。あの時と同じ様に、ひんやりとした空気に緑だけの香りが色濃く感じる。それはとても懐かしい匂いがこの辺りには漂っていた。

「めぐみ――」

再びあの声が何処からとも無く聞えてきた。恵は五感を回転させ感じるように周囲全ての気配を感じようとした。

「お母さん……何処?」

その時。たちまち最後に一つ残された黒い第三の空間が先ほどと同じ様に辺りへ一気に広がり第二の空間を完全に包み込んだ。世界は完全に暗闇に包まれた。今度は真っ暗闇から男の声が聞こえた。

「“違うんだ! 神様……お願いだから訊いてくれ! 違うんだよ”」

「“寒くて死にそうだ。誰か出してくれ”」

声はややエコー気味に、かつ、響いて聞える。恵は気付いた。

「正樹……正樹!」

「“智彦……。どうしてお前が恵と”」

うねり来るような重さの声が暗闇に響いた。この言葉は――、そうだ! 昨日聞えたのと同じものだ。恵は思わず目を見開き口を閉じた。

「“お願いだ。もう一つの世界でも何でも良い。だから戻してくれ! ”」

これはまさか――。まさかその後の続きが今聞こえていると言うのだろうか? 恵は自身の耳へと気持ちを集中させた。

「“嫌だ、まだ行きたくない。恵と智彦に”」

彼は今、暗闇の中に居て、自分に会おうと必死になって足掻いている。そのことが言葉から伺えた。彼は一つの世界を信じた。自分はそれを否定した。しかし、それは少し違っていたかもしれない。恵は思った。もしや自分が今見ているこの現象こそ一つの世界となった瞬間ではないのだろうか? 一体化した空間、いや、世界は存在する。しかしそれは正樹の理想とはかけ離れて目茶苦茶で非現実的と言えた。

「“ちょっと待て。や、やめろ……やめてくれ”」

「正樹!」

思わず正樹の叫び声に我に返った恵が大きな声で彼を呼んだ。それは途端に起こった。真っ暗な三番目の空間が地上から見る月ほどに一気に収縮した。呆気に取られる間もなく目の前は再び過去の世界となる二番目の空間が顔を覗かせた。今、この世界は先ほど見たときとは違い、濃い霧が腰ほどに低く周囲に立ち込めている。

「めぐみ――」

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