小説 愛するということ 38

連載小説
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「よう、久しぶりだな」

「久しぶり? 何時も礼拝とか何処かで会ってるじゃない」

正樹と智彦は彼に陥れられたと話は聞いている。それなのに図々しくも友達のように自分へ声をかけた健二に対して恵は奥底から腹が立った。恵は堪える事無く言った。

「それに、あたしは貴方と話なんかした記憶なんてこれっぽっちも無いし。本当、自分で図々しいと思わないの?」

「チッ!」

健二はどうやら言い返す言葉を失った様子。

「何か用?」

恵が冷たい眼差しで発した。

「いや、別にお前に話があってわざわざ来た訳じゃない。たまたまさ。何時も向こうのタンク裏で煙草吹かしてるからな。まあ――」

こちらからもう一つ丘へ上がった体育館の奥はちょっとした森林となっており、その入り口となる場所付近にこの施設の飲料用としているコンクリートで出来た大きな貯水槽が二つ並んである。そう言えば過去に蛇口から出た水がとても生臭い異臭を放ち不意に水を飲んだ者はたちまちに腹痛と下痢をすると言う事件が起きた。職員と専門業者が調べた所、原因はその貯水タンクに猫の死体が投げ込まれていた事から。犯人はまだ見つかっていない。あれから二つの貯水タンクの蓋はチェーンと南京錠で頑丈に締められ固定された。恵は、あの事件は恐らく健二の仕業だったんだと、この時霊的なものから感付いた。

「本当に貴方って最低な人ね」

健二の話などろくに聞く事無く恵は口に出してそう言った。

「最低? おい、今の話しに最低な話しなんかあったか?」

「貴方の話なんか知らないわ。猫殺してタンクに入れたのは貴方でしょ?」

「おいおい、いつの話だよ。こいつ可愛い顔して頭おかしいんじゃないのか?」

側にいる仲間達に顔を向けて健二は言った。

「やったのは貴方よ。そんな酷い事して楽しいの?」

「ああ、楽しいさ。快感だね」

健二はまるで面白半分に話を合わせる様にしてそう言った。

「野良猫に残飯あげてる時に、棒で殴り殺すんだ。楽しいぞ」

急に恐ろしい形相となりそう発した健二を見た瞬間、恵の全身に鳥肌が立った。

「おかしな人。貴方どうかしてるわ」

恵はそう言ってから荘へ戻ろうとベンチから立ち上がり歩こうとした。その時。「おっと、ちょっと待った」と、健二がそれを阻んだ。「どいて」恵は言ったが、彼は彼女の言う事をとても聞き入れてくれそうには無かった。

「正樹は逃げたぞ。またお前を見捨ててさ。まあ、結局こんなもんだろ?」

「正樹の話はしないで」

恵の言葉を無視し健二は話を続けた。

「恋愛? 此処でそんな物求めるほうが可笑しい。馬鹿げてる。あいつもそれにやっと気付いたんだろ? まあ、俺が奴でも同じ様に逃げただろうよ」

「何が言いたいの?」

「結局は自分一人生きる事だけで精一杯なんだって事さ。まあ、お前だって同じだろ?」

「違う!」

恵は思わず声を荒くしてそう発した。

「違う? おいおい、本音はそうじゃないだろ?」

「正樹が逃げたのは全部貴方のせいでしょ! 貴方がそうさせた。それなのに最低ね」

恵は毅然とした態度で言った。

「まあいいさ。何とでも言えばいい。まあ、でもとりあえず智彦が死んだ事で、裕美も随分気が楽になってるだろうよ。病院の中でな」

言って、健二はにやけて見せた。

「貴方には人の心が無いの? 本当に最低以下だわ」

健二は「フン」と小癪な態度をとってから、再び話しをし始めた。

「そう言えば、あいつが自分から階段を転げ落ちて死ぬ前、おかしな事を言っていたな。俺のもう一つはもう無いって、いや、俺のもう一つはここで終わっている……だったかな? 訳の分からない事抜かしやがるからあいつの肩強く押してやったよ」

言われて恵は一瞬唖然とした。がしかし、我に返った恵は思考を巡らせてから言った。

「貴方が……智彦は事故じゃなくて貴方が殺したの?」

「自分からって言ったろ? 智彦が死んだのは、俺のせいじゃない」

「黙って! 貴方が智彦を殺したんじゃない!」

恵は許せない気持ちで心の中が一杯になった。

「貴方が……貴方が階段で智彦の肩を押して無ければ、彼は死んでなかった」

恵の睨み付けた目から涙が溢れ出した。

「酷い。でも、どうして? どうしてなの?」

健二の話から、智彦は階段で事故に遭う事を知っていた様に恵は感じていた。また、彼はもう一つある健二の運命までをも見ている。智彦は自身の運命を変える事が出来た。しかし、彼はあたかも神と約束を交わしたかの様に、強い意思で流れるままに何もしなかった。人生には裏表が向かい合って存在している。二つは決して互いの影をなくし一つになる事は無い。彼は何かを見、そして変えてはいけないと悟った。それは一体何の為? 一体誰の為に彼は運命を何一つ崩す事無く死を迎えたというのか?

「彼は見た……もう一つの現実を……」

正樹の話したとおり、智彦は未来を見ている。恵は正樹の声が聞こえた後に出した言葉を、小さく独り言にこの時も呟いた。

恵は我に返って健二に問いかけた。

「貴方の目的は何なの? どうして酷い事ばかりするの?」

「雑草があるだろ?」

「え?」

「この辺にあっちこっち生えてる雑草さ。みっともなくて誰からも良く見られない。刈られても刈られてもまた同じ醜い葉が伸びる。綺麗な花なんか一生咲かなければ、変わる事もできない。雑草は雑草のまま一生終わるんだ」

健二は溜息を漏らすように溢した。そして言った。

「此処に居る俺達はな、みんな雑草なんだよ」

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