小説 愛するということ 31

連載小説
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に離れないって……。でも正樹は恵の事なんかどうでも良くて、あたしは見捨てて自分だけ逃げようと考えてた。そうでしょ?」

恵は涙目に全身からとても悔しさを見せた。そんな彼女を見て正樹は、犯したつもりではなかった『裏切り』に対して気付いた。彼は、自分へ心底失望し、そのまま恵へ何一つ答える事が出来なくなった。

「死にたくないって思ってる人が死んだから死にたいとか、恵の事とか残される人の事とかも考えないで本当に勝手すぎると思う。今の正樹は、自分だけしか見えてない」

二人の間に沈黙が漂った。夜空に見えていた半月が雲に隠れ、辺りは余計に暗くなった。

「何も言えないんだね?」

一段と闇に目が慣れて互いの顔がはっきりと見えた時、恵は既に涙を流していた。彼女は最後に言った。

「もういい、さよなら」

 

 

さよならと言われたあの夜、これまで出会った様々な愛の全てを失った。正樹は恵への裏切りに対して心底に悔やんだ。彼女が彼に残された最後の愛。正樹は心の中でこの先の運命を祈るように見つめた。しかし、まっすぐ伸びていたこの運命とも言える道の先は、完全に途切れてる様に感じられた。

辺りを見渡すと、光が新たなる道へと細く繋がれている。人生の分岐点だ。もう、どうにもならない。ここで正樹は、再び施設から逃走する決意をした。

正樹は前回と同様に、昼食をとった後から行動に出た。日曜の朝食の定番である主食の菓子パンは、その時食さず古汚いリュックの中へしまい込んである。

リュックを背負い荘を後にした正樹は、何食わぬ顔で裏門を抜けて外へ出た。まず向かう先は、智彦の消えたあの場所だ。正樹はそう心に決めていた。彼はこの目でもう一度見ておきたかった。智彦が消えた場所。そう。そこで、もしかしたら向こうの世界へ行けるかも知れない。あいつに会い、もっと、もっと、飽きるほどにまで語り合おう。勿論、恵にも会いたい。きっと向こうなら大丈夫。彼女は許してくれるさ。その前に、向こうではこんな事になんかなっていない筈だ。智彦の言うとおり、もう一つの世界は、此処とはまるで違うはず――。正樹はまっすぐに向こうを見つめ歩き続けた。頭の中は今、未来の希望だけを見つめている。彼はわき目をふらさずまっすぐに歩いた。

道中、智彦と上った長い坂道へ差掛る。その途中にあるあの公園で、あの時と同じ様に正樹は冷たい水を飲んだ。座り込む隣には智彦が居るような感覚がした。空は夕焼け色に染まっている。正樹は小汚いリュックザックから今朝の朝食として出されていた渦巻菓子パンを取り出し、空腹を癒すように味を噛み締めながら食べた。

智彦と一緒に居た時と同じ様に、黄昏から正樹は再び歩き始めた。もう少しだ、もう少しであそこに着く――。何度も心にそう言い聞かせながら、彼は夜の道を一人歩き続け、いよいよ智彦が消えたあの場所へと辿り着いた。正樹の鼓動は高鳴った。

この夜は私道への入り口となる場所から蛍の光がポツリポツリとだが、辺りで見えていた。少し進んだ左側には、深い森の中へと続いて居るであろうもう一つの私道がある。前はこの道は無かった様に感じたが、それはどうやら見過ごしだったのだろうと正樹は思った。

あの時と同じ様に、此処から先へはとても暗く、流石に気味悪く感じられた。しかし、私道の終わり辺りへと来た時、智彦と訪れた前とは違い、其処はどこからか明るい光が砂利道側へ漏れていて、それにより気味悪さが大分和らいでいた。正樹は何気に光の出ている方向へ視線を向けてみた。彼は思わず目を大きく見開いた。

なんとこの道路に漏れた光の正体は、前に来た時には無かった空き家からの明かりではないか。しかし、一見して分かる位に、その光は明らかに普通とはまるで違っていた。そこだけに異なる何か特別な光が周囲に広がりを見せ、半球形にその先が薄く此方側と区別され途切れた様に見える。まるで其処にだけ違う世界があるかの様にだ。正樹はその光の境界線を抜けて、忍び入る様に門から庭の方へ足を進めた。それから家の中をベランダ窓からそっと覗いてみた。

瞬間、正樹の全身に鳥肌が立った。視線のその先にある家中には、智彦と両親の姿がはっきりと見える。どう言う事なんだ? 何で智彦が……。まさか。

智彦がコチラに気付いた。あっ、正樹! と、家中から大きく通った声がこちらへ届く。

「智彦――」

反射的に正樹が小さく声を返した。

「正樹君じゃないか。こんな夜遅くにどうしたんだね?」

この時初めて会った智彦の父親が、網戸を開けてからそう発した。

「あ、あの、こんばんは……」

ふと正樹が家中の奥の方へと目をやると声に気づいた智彦の母親がキッチンの方からコチラへ向かって来るのが見えた。

「いきなり外に居るからびっくりしたよ」

智彦が言った。母親が直後ろから声をかけてきた。

「まあ、汗で酷く汚れてるじゃない。正樹君、今日はまだ家に帰ってないの?」

「あ、はい。あ、あの、此処に寄ってから帰ろうと思って……」

正樹は思わず口にした。

「へえ、そうなの。智彦、あなたまさか正樹君に何かしたんじゃないでしょうね?」

「してないよ! 俺と正樹は一番の友達――」

「いえ、違うんです! あ、あの、その……。家が」

智彦と母親が言い争いになりそうな気がしたので、正樹は止めに入るつもりで適当にそう誤魔化した。

「家? 正樹君。家の方で何かあったのかな?」

智彦の父親が言った。

「い、いや、何も……」

正樹は先ほどから頭が混乱しており、正直これ以上に返す言葉を上手く探す余裕など無かった。智彦の父親はたまらずに話した。

「正樹君。君達家族もこの辺に越して、まだ少しほどしか経っていないから色々大変だろう。ましてや正樹君の場合、二年の途中からの転校で、中々周囲に馴染めなくてイライラしていると思うが、君の両親にも色々と事情があるんだ。それに智彦の居るクラスのみん

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