
“これは全部神の仕業で、そして自分は、そこから答えを見つけなければならない。“
――いったい、何が起きるというのか? 聖書の話が事実となるならば、これから起こりうる出来事は、暴行のみで終わるという物ではない。いや、このお告げによる世界は、既に生まれた時から始まっていたのではないか?
これまで聞いてきた恵の奇妙な話は、不思議な事に理屈を通り越した話とこの世界で起こる出来事が常に一致した。正樹は既に、彼女の特別な能力を理解していた。それは、彼自身が光の存在を思い出し悟ったあの時からである。
「なあ、智彦。光の世界はあるって言ったら、信じるか?」
「光の世界? 何だそれ?」
「もう一つの世界の事だよ。心霊現象の話とかで良く言われてるだろ? あの世みたいな。でも、なんかそれとはちょっと違う現実的な世界」
「ああ、その手の話ね。うん、どうだろ? 有るんじゃないの? 見たことないから分からないけどね」
智彦は両腕を上げてみせた。
「俺は見た事があるって言ったら?」
「え? 本当かよ! それで、どうだった?」
「いや、それがさ、何と言うか説明しにくいんだよ。光が何かを見せているような……。こう、何て言えばいいんだろう、誰かが未来を見せてる様な感じかな?」
正樹はここで恵の体験談も話しかけたが、「普通でありたい」と特殊な経験を周囲に隠す彼女の為に止めておいた。
――自分は光の理由を求める必要があるのか? もしかしたら、あの時に聞いた“恵がこれから探す答え”というものは、この自分も何か関係していて、自分も彼女と同じ様にこれから答えを探さなければならないのかもしれない。光の理由はきっと其処から見えてくる。正樹はそう考えた。
『――いつまでわたしは旗を見、またラッパの声を聞かなければならないのか。
わたしの民は愚かであって、わたしを知らない。
彼らは愚惨な子どもらで、悟ることがない。
彼らは悪を行うのにさといけれども、善を行うことを知らない』
まるで変わってしまった健二による正樹と智彦への直接的な愚惨的行為は遂に始まった。
彼はまず手始めとして二人にある全ての仲を壊す事から始めた。方法は簡単。健二は施設内に居る新しい仲間達を使い、とにかくありったけの噂を流した。これは恵や裕美の耳にも間接的に届いた。正樹と智彦はこの時点で各荘内にて孤立した。
確かに正樹と智彦の二人は弱っていた。だが、しかし、二人の『友情』と言う結束は健二の思惑通りには行かず更に強い物となった。
健二は物事が上手く運ばなくなった事に対して苛立ちを覚え始めた。恵と智彦は正樹に何度も言っていた。自分は正樹を絶対に裏切らないから――。しかし、その言葉がのちに自身へ対する感情を辛く失望させた。
『神よ、どうか彼らにその罪を負わせ、そのはかりごとによって、みずから倒れさせ、その多くのとがゆえに彼らを追いだしてください。
彼らはあなたにそむいたからです。
しかし、すべてあなたに寄り頼む者を喜ばせ、とこしえに喜びよばわらせてください。
また、み名を愛する者があなたによって喜び得るように、彼らをお守り下さい。
主よ、あなたは正しい者を祝福し、盾をもってするように、恵をもってこれをおおい守られます。』
正樹と智彦の二人は同じ夢を見ていた。とても暖かく優しい毎日だ。隣には互いの彼女が妻としており、四人で浜辺近くに建てた家で会話などを楽しむ。お金など少しだけで良い。とにかく本当の笑顔が絶えない世界を二人は夢見ていた。
南風がとても心地よく吹きぬけた少し小高いその場所には子供が一人だけ居て、その一つに自分達には与えられる事がなかったありったけの愛を注ぐ。それは、とてもとても素敵な毎日だ。正樹と智彦は、とても悲しい『別れ』が襲い来ると言う事を、とうとう肌で敏感に感じる様になった時、よくそんな話をした。
正樹は、いつの日か恵が捧げた祈りの言葉を思い出し、それを智彦に教えた。
『わたしはわが愛する者のために、そのぶどう畑についてのわが愛の歌をうたおう』
『ああ、わがはらわたよ、わがはらわたよ、わたしは苦しみにもだえる。
ああ、わが心臓の壁よ、わたしの心臓は、はげしく鼓動する。』
正樹と智彦は毎晩の様に十四名ほどの数からなる集団リンチにあう事になった。その中には友である学、健一、博史の姿もあった。彼らは健二の強制的な命令によってその場所に集められて居た。この事件は、健二が『裏切りと失望』を肌で感じ、そして楽しむと言う主旨のものであり、皆にとって酷い出来事。銀色に光る合金製のナックルを両手に装備した健二は言った。
「凶器持ってる奴。いいか、それで顔は絶対に殴るな。骨が折れない程度に体を狙え。明日もあるし死なれちゃ困るからな。後、他に遠慮する奴は、こいつらと同じ目にあわす。とにかく何処でも良い。俺が止めるまで何回でも殴れ」
集団リンチ最後の夜。正樹と智彦は棍棒や鉄パイプ等が見受けられる円陣の中央で、一対一の喧嘩をするよう健二に命令された。冷めきった彼には『友情』という物がとても憎く見えていた。とにかく傲慢以外に到底得る事が出来ないその一つの絆が、彼にとっては虫唾が走るほどにとても醜く見えた。
正樹と智彦はもはや反抗的な態度すら出来ないほどに、心身ともにズタズタとなって居た。二人は口を互いの耳元に近づける様にがっしりとしがみ付く仕草で四つに組み合った。
「ごめんな。許してくれ」
「いいんだ。分かってる。これで終わりになるなら仕方ないだろ」
二人は泣きながら殴りあった。正樹と智彦は、お互いの関係を表現し交わした言葉を思い出していた。二人はこれにより、その言葉の意味を裏切った訳ではなかった。しかし、二人の辛い涙は止まらなかった。
おすすめカテゴリ
お勧めのカテゴリ一覧