小説 愛するということ 19

連載小説
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りと開き澄渡る上空を眺めた。ここは、きっと違う世界だわ。知子はそう実感した。彼女は視線を森の大木に移した。太い根が土から顔を覗かせるその側には、沢山の花が咲いている、それを二人の少女が選ぶようにして幾つか摘んでいるのが見えた。自分と恵だ。知子は、驚きを隠せない様子で目を見開らいた。知子は母屋の玄関口へ音を立てる事無く急いだ。上等な扉をすり抜けた瞬間に体は重みを成して通常の状態となる。素足のまま二人に向かって歩いた。踏みつけた葉の一枚一枚がひんやりと冷たくとても気持ち良い。姉妹が女性の存在に気付いた。

「おはよう」

知子が先に彼女らへ言葉をおくった。

「おはようございます」

とても明るい挨拶が幼き彼女自身から返ってきた。

「あの、おねえさんは、誰?」

やや怪しげに此方の世界の自身が問いかけてきた。

「あ、私ね。倫子おばさんの従姉弟の娘よ」

「あっ! もしかして、恵美おばさんの? ちがうか!」

彼女の記憶にはっきりとある懐かしい顔立ちをした少女は、苦笑いを浮かべた。

少し遠くに見える正門が、錆付いた部分を軋ませる様に音を立てて開いた。大人の男性らしき者が一人、中へ入ってくる。

「みんな、何をしてるのかな?」

男性は一瞬、知子の顔にチラッと視線を向けたあと、直側にいる少女二人に笑顔で話しかけた。

「おとうさん。おかえりなさい」

男性は「ただいま」と返事を送った後、「お嬢さんは?」と知子へ言った。

「わ、わたしは……」

知子は思考が吹き飛んだかのように頭の中が真っ白になった。

「知子と恵は、そろそろお家に戻っていなさい――」

男性は彼女らがブツブツと話し合いながら母屋へと戻っていくのを確認した後「向こうの世界の知子ちゃんだね?」と、優しく話しかけてきた。

「どうしてそれを……。まさか……。徹さん」

知子の脳が激しく混乱した。目の前に居る男性は、上村の姓をもつ山田徹であり、彼自身も、実は、もう一つある世界の存在と彼女を知っていた。

「実はね、向こうで自分と交際していた美代子さんが、昨日の晩来ていたんだ。正直驚いたよ。倫子さんと結婚してから心霊現象や色々とね、聞かされては居たんだけど、それでも今まで全く興味が無かったから。いや、本当に今日君とここで出会うまで、あれは夢だと信じて疑わなかった。それにしても、まさかあの世界で自分が君に……」

「いえ、こちらの世界に存在する徹さんの責任じゃないです。気にしないで下さい。でも、あの……、ここに居る徹さんは、お母さんと結婚してたんですね。自分も本当に信じられないです」

「ああ……。でも、こっちからすれば逆におかしくなりそうだよ。向こうの自分は『上村』となる事無く強制的な愛人となり、君や倫子を苦しめて居たとは……。まったく酷いもんだ……。本当にすまない」

「あ、あの、美代子さんは……」

「……残念だけど、君の運命と共に……。自分にはどうする事も出来なかった。なんと言えば良いのか……。本当に申し訳ない。まさか、恵だけを残して全てが消失してしまうとは……」

彼は表情をくしゃくしゃにして涙を流し始めた。

「わたし……。死んじゃうんですか? 消失? どうして……」

美代子と自身の死を察した知子は、気が重く動転した。

「“全ては、一人残された恵ちゃんが、この全ての運命と導きにある深い意味に“、か。本当に不思議な体験だった。コチラの世界に戻る前に、全く面識の無い紳士的な老人が一人突然訪れてね。その方が最後に色々と話されたんだよ」

「あの……。わたしは、これからどうすればいいんですか?」

「それは自分にもわからない。自身の最期に行うべき事は、君にしか見えない。只、一つ言える事は、全てには理由があるということ。知子は何故、今、ここへ導かれたのか? 行き着くまでにはとても遠く感じられるが、答えはいつも意外と簡単な所にある」

少しばかり沈黙が続いた。朝のそよ風は一旦止んでいたが、再び知子の長い黒髪を靡かせ始めた。徹は、彼女の困惑した表情から顔を逸らし、まるで涙を乾かす様に太陽が昇るとても青い上空を思い切りに見上げた。一方の知子は、緑色に広がる芝に付着した滴を確認するかのように、やや俯き、そして焦点をぶらつかせた。彼女は、これまで自身に与えられた運命の記憶を辿った。知子はとっさに俯いた顔を起し、ガマ側にあるこの森の深くを見渡した。しかし、異常な物体の気配は何も感じられない。確認を終えた後、気がかりな結界があるであろう先にある向こう側を見てみる。どうやらもう一つの世界とは、少し様子が違っている事が分かった。知子は、徹に何を言う事無く、敷地内にある目的の場所へと急に歩き出した。徹は共に向かうようにして彼女の後を黙って追った。

「ここに何か感じるのかな?」

知子がやっと足を止めた場所で、徹は話しかけた。

「いえ。向こうの世界では、こんな物なかったから……。ちょっと気になって」

「ああ、そうか。確かに向こうでこれはまだ存在しないはずだね……。知子ちゃん、全ては君が決める事だ。このままこの世界に居る事も、また一つの手段だと思う」

徹は、確かに全てを知っているかの様に発した。そして知子は、この時、この言葉の意味を瞬時に理解できた。

「わかりました。徹さん、ありがとうございます」

四角い盾の様な慰霊碑。その側にもう一つ建てられた背丈ほどの塔に、大きく刻まれた先祖の名を目視した知子は、全ての答えを見つけ、そう返事した。

「いや、いいんだ……。知子の答えは正しいと思うよ。自分はね、これからも、君達二人をこの世界で精一杯に、最後まで大切にしたいと思ってる。それが、あの体験が教えてくれた僕の答えだからね」

知子の瞳は涙で滲んだ。光は再び彼女を迎えに来た。最後にどうしても口から出せなかった言葉を徹へ向けて発する。さよなら、おとうさん……。

 

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