小説 愛するということ 13

連載小説
連載小説

「問題が設備の状態や衛生に関してでは無いと言う事なら、あと残されたのは一体何かしら? 呪い? 幽霊? まさかね。馬鹿げてるわ」

彼女はとても現実的な思考の持ち主で、実際に見たことも体験した事もない現実離れした話などとても信じる気になれなかった。しかし今夜は、何処と無く彼女自身もこの現実的な観点からは答えの出ない問題に対して『心霊現象』という、自身としてはナンセンスな言葉が嫌でも頭を過った。

彼女は洒落たテーブルランプのみ点けたままの状態にして眠りについた。そして、ここは一体現実の中なのか? 夢なのか? 判断する事が出来ない、狭い空間の世界で起こる非常に怪奇的で異様といえる程以上のとても恐ろしい夢を見た。

 

「ゴーン……ゴーン……」南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」カシャッ……カシャッ……」ガガガガ……」ザッ……ザッ……」バタバタバタ……」

 

実に様々な哀愁漂わす音が、多重効果のステレオの響きで、かつ、それら全てが強引に一体となるかの如く、嵩張り、目に見えて自分の耳に襲い掛かかって来る様な、なんとも表現しがたい異質な音楽の様なものが周囲一帯から聞こえた。彼女はその世界でも現実と全く同じロケーションにおり、同じ部屋と同じベッドで仰向けに横たわっている。ただ違うといえば、現実では聞いた事の無いこの鳥肌の立つ異様な音楽と異常なほどの湿気だった。たまらず起き上がろうと上半身を起こそうとした。起きれなかった。

頭を上げ、目線がちょうど入り口のドアを捉えた所で、あたかも何万ボルトの落雷の直撃を受けたかの様に、一瞬で全身が凍りついた。強烈な金縛りである。

 

「ア、ア、ア……」

 

余りにも強烈な衝撃で、由美子の顎は外れている。もはや大声を発し助けを求める事は現実的にも不可能な状態となった。

由美子の目線の先に見える料金の受け渡しや管理等で使用されているドアが少しだけ開いた。何かが、とても恐ろしい殺気に満ちた何者かの片目が、その隙間からコチラを睨み付けた。由美子は心臓の鼓動を破裂させた。遂には息をすることすら間々ならなくなった。ドアがゆっくりと開かれた――。

どうやらドアの向こう側は暗闇らしい。開いたドアの先には先ほど隙間から睨みを利かせていた何者かの姿が其処にも無くなっていた。由美子は少しばかり安堵の色を実感した。実感できなかった。

瞬間、直隣に先ほどと同じ殺気ある何者かが立っているのを由美子は感じた。彼女は其処に顔を動かす事が出来ない状態のまま、その方角へと目を向けようとした。しかし同時に彼女の胸下に何者かが跨る様に座り込んだ。どうやら異常極まりない物体は一つだけではないらしい。彼女は瞬時に目線を前へ戻した。其処にはなんとも恐ろしい顔をした化け物の姿があった。

 

「お前も死ねぇ……」

 

口、鼻と耳から血が止まる事無く滴り落ち、両目の眼球共に完全に飛び出させた『圧死』を思わせる紛れも無い死体が低い声でそう発しながら由美子の首を両手で絞め付けにかかって来た。彼女は窮地に追い込まれた。

 

「たすけて……」

 

しかし、声を出すどころか息をする事すら出来ない。由美子は心の中で思い切り叫んでいた。不気味な化け物の指が、まるで風船を素手で押し潰すかのごとく、非常に強力な力によって由美子の喉に食い込む。顎の外れたような状態となっている彼女の口から、泡が吹き始めた。こめかみを通る血管が破裂するように膨張し、顔はどんどんと褐色していく。もはやこれまでか? 彼女は、とても奇妙な音楽が鳴り響くとても狭い空間の中で、完全に意識を朦朧とし始めた。

 

「嗚呼……」

 

一瞬、自身を救うであろう誰かの名前を思い浮かべようとした。しかし無情にも彼女はそのとき呼吸を止めた。由美子は、現実か夢なのかはっきりと分からない世界との狭間に居た。そこはとても寒く真っ暗だ。その空間は、何処までも果てなく続いているように彼女は思えた。この場所でさ迷う彼女は今、一人で宿泊した事を思い切りに悔やんでいた。どうしてこんな事になったのか? 自分はもう元の世界に戻る事は出来ないのか――? 背中の方向から、何やら風のようでいて海流のような吹き抜けを感じた。とても気持ちが良かった。彼女の身は、そのまま流された。永遠と続くこの闇の世界の果てへ向けて流され、彼女は目を閉じた――。

 

「由美子さん!」

 

声が聞こえた。誰だろう? 彼女の記憶は、まるで全てを忘れたように喪失しているようだった。覚えのある声のようだが、まるで思い出せない。急に心地よい流れが止まった。どうやらたった今、この場で答えを出さなければならないようだ。彼女はそう悟った。小粒ほどの光が目の前に現れた。その光の先に何かが見える。由美子は覗き込むようにして光に眼を当てた。現実の世界が見える――。そう、あれは確かに108号室のベッドに倒れた自分だ。

 

「――真知子さん!」

 

由美子は、彼女を揺すって起こそうとしている中村真知子を思い出した。答えは出た。と同時に、竜巻でいて渦のような現象が、光から発生したのを由美子は感じた。彼女の全ては、ねじれるようにしながらそれに巻き込まれていった――。

 

おすすめカテゴリ

小説群

詩集群

お勧めのカテゴリ一覧

コメントする