小説 愛するということ 29

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「分かった……」

智彦はそう言うと正樹を自分の体から離し、身に付けていた腕時計を外して正樹に差し出した。この腕時計は智彦が父親から貰った大事な宝物。

「これを持っていて欲しい……。俺はいつでもお前を見守っている。俺もお前の事忘れない」

正樹は手にした腕時計を左手首に付けた。瞬間。智彦の体に異変が起きた。光が彼を迎えに来たのだ。どんどん正樹の目の前から智彦の姿が無くなって行く――。正樹はたまらず力の限り泣きながらも彼の名前を叫んだ。

「智彦! 智彦――!」

正樹の声が暗闇の向こうまで響き、そこから風が此方へ向けて吹いて来た。辺りの草木が揺らぎ、無数の蛍が光へと向かって一斉に舞う。智彦の体がやがて大きな光となり、辺りまでも明るく照らした。瞬間、智彦の頭上へと集まっていた無数の蛍の光が二重螺旋を描くようにしながら天へ向け何処までも舞い上がって行った。智彦は完全と消えた。

「嗚呼……」

正樹は声をもらしながら空を見上げた。

彼は足の両膝をついた。それから見えない神へと向かって言った。

「どうして……どうして何時もそうなんだ! 神様、何で何時も俺たちは不幸ばかり与えられるんだ? なにがキリストだ! 幸せなんか全然不公平で、弱い人間はいつも苦しめられてばかりじゃないか! 運命? 理由? 意味? そんなモノの為にいつまでも痛めつけられて泣いてなきゃいけないのか? 神様、お願いです、教えてください。お願いです……もう嫌なんです……。もう嫌なんだよ!」

正樹は両腕で顔を隠す様にして蹲っては、額を土へと俯かせ号泣した。

智彦の姿が完全にこの場から消えた時、彼は搬送先の病院で息を引き取った。智彦は健二と同じ荘。それだけに一番辛かったのは紛れもなく彼の方だったに違いない。正樹は智彦の自身へ対する気遣いと余裕な態度でそれを忘れていた。浮ばれないはずの智彦の表情が最後に安らかに見えたのは、確かに正樹へ見せた最後の優しさだったのかもしれない。友を心から思いやる気持ちと言う感情をまた一つ彼に教えられた。

正樹は大粒の涙を流しながら彼との思い出を振り返った。いや、体内より目の前へと放出された光の映像がそれを見せた。出会いからこれまでの記録へと記憶が早送りに蘇る。突然、速度が急激に落ち、止まった。

これは――?

正樹は思わず心の中で呟いた。それは紛れもなく集団リンチのあった最後の晩、智彦が共同浴室へと向かった先に起きた現象を鮮明に捉えた場面。智彦がこの時まで決して明かす事がなかった出来事が、何故か自身にはないはずの記憶の中から不思議と映し出されている。正樹は最初、それが一体どう言う事なのか全く検討が付かなかった。

――まさか、未来の自分がこの時を見たとでも言うのか?

正樹は大分後になった時、そう考えていた。

映像は緩やかに再生された――。智彦はあの晩、暗闇に輝く光の中で全てを見ていた。只、正樹の映し出した映像では、その内容を確かめる事が残念ながら出来なかった。彼は何か写真を手にして一人呟いていた。

「正樹、お前だったのか……」

 

 

正樹は放心状態のまま尋問を聞いていた。

「だからお金も無いのにどうやって一週間も飲まず食わずの野宿で過ごせたんだ?」

どうやら智彦と共に居たあの出来事は、実はかなりの日数を経過していたらしい。どう考えても二日ほども経過していない筈の記憶の時間が何故か周囲ではとても早く進んでいた。恐らく正樹が最後に光の中を覗き見たあの瞬間、時間が大きく狂ったのだろう。

「話をきかんか!」

当直である先生の大声が指導部屋中に響いた。と同時に、正樹の顔面へとても痛い拳が襲い掛かかった。

指導を終えて部屋へ戻り、自身のベッドへ横になる頃には、太陽は完全に地平線から沈み、赤紫からとても濃い群青色へと暮れていた。殴られた際、顔中に出来た痣を正樹が手鏡で確認している時、「正樹――」と、窓の方から女の声が聞こえた。恵だ。

「酷い傷、大丈夫?」

恵は哀れそうな目つきでそう言った。

「ちょっと待ってろ。今、俺も外に出るから。何時もの場所で良いか?」

が、しかし、恵は首を横に振った。

「今すぐ話したいの。じゃないと何も言えなくなるから」

「そうか、分かった。それじゃ、ここでそのまま話そう」

正樹は共同寝室のドアを閉めに行った後、振り返り恵を見つめながら窓越しに歩み寄った。格子の隙間から覗かせる彼女の顔はとても悲しい表情をしていた。

「智彦の葬儀の後、裕美から聞いたよ。彼がもう一つの世界へ先に行ってるからって話してたみたい。彼ね、多分、見たんだと思う。光の向こう側」

「ああ、それなら消える前に話してたよ。見たって言ってた。違う運命の自分を光の中で見たって……。それでな、信じられないんだけど、その見ている世界の中へ連れて行ったのは、どうやら未来の俺らしいんだ。不思議だろ? でも、智彦が俺の前で消えた時に、俺も同じ場面を光の中で見たんだ」

「脱走の時、智彦の霊も一緒だったて事?」

「恵なら信じてくれると思うけど、あれは間違いなく夢じゃなかった」

「それで、もう一つの世界では何が起きてたの?」

「それが分からないんだ……。そこまでは覗く事が許されていないみたいに見れなかった。只、俺が見たのは、光の中にあった一枚の写真から出ているもう一つの小さな光から、あいつは何かを見てたって事だけ……。だから何が起こっているのかまでは、正直分からないんだ」

「写真って、正樹が見た光の中にはそれしかなかったの?」

「ああ、それだけだよ。後は何も無かった」

正樹は一つ溜息をこぼした。それから続けた。

「もう疲れたよ。生きてる事が嫌になる。俺も死にたいくらい嫌になってる。でも智彦は

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