小説 愛するということ 27

連載小説
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ーを逞しく伝わせた。

「何を話しているのかな――?」

後方からいきなりと声が発せられた。園長先生だ。

この年で五十九歳になる園長は、背丈が低く痩せては居るものの、全身から漂う風格が彼のすべてを大きく見せた。白髪交じりの黒髪は何時でも整い、身なりもまた常にきっちりとしていた。しかしこの時の園長はまるで違っていた。かなり老けた様に髪の毛は全て白く、顔には深いシワが隅々まで行き届いていた。ワイシャツにもくしゃくしゃとまでは行かないが、幾つかのシワが見られる。

「久しぶりだね。いや、そうじゃなかったかな。確かに君達とはつい先ほどの礼拝でも会っている」

正樹と恵はこの時、園長に対して何か不自然さを感じた。恵は心配になり体調の具合を園長に尋ねたが、彼はこれが皆に見せないプライベートな自分なんだよと、やや冗談気味な素振りを見せながら笑顔で話した。

「ところで、今日の礼拝での言葉を一つでも覚えているかな?」

「はい。エレミヤ書第三十章、シオンの運命とヤコブの天幕が再生する話でした。『主はこう仰せられる、見よ、わたしはヤコブの天幕を再び栄えさせ、そのすまいにあわれみを施す。町は、その丘に建てなおされ、宮殿はもと立っていた所に立つ。感謝の歌と喜ぶ者の声とが、その中から出る。』――」

園長は、笑顔のままゆっくりと何度も頷きながら聞いた後、こう発した。

「確かに歩むべき道には沢山の事があります。しかし、行かなければならない。そしてまた、辛さや悲しみが神によってあなた方へと試練を与えたとして、それに向かい、達成、あるいは挫折したとしても、しかし、自ら報いを求めてはならない。全ては何処かに隠れた光の力が我ら民を癒し報いる。人生とはある意味を探す旅です。結果ではないその答えを導き出す事が、あなた方に与えられた使命でもあるわけです」

「運命にはいつか必ず答えが見つかる。そう言う事ですか?」

「そうです。但し解決は今ではない。今すぐに理解できない事は山のようにある。ですから、少しずつ悟り行けば良いんです。現実は未来における感謝として生きることで光の全てを報います。頑張りなさい」

正樹の我慢はもはや限界にまで達していた。それは智彦も同じ気持ち。彼は園長の言葉に対して恵ほど理解出来る余裕など持ち合わせては居なかった。精神的苦痛が毎日毎日二人を襲い続けた。それは一体いつ終わるのか? 全く先が見えない暗闇から凍え死ぬほどの窮地へ引きずり落とされていく。複雑で多重に圧し掛かる破壊音がとうとう夢を与えなくなった。狂わされた二人が最終的に出した答え。それは試練からの逃走。

正樹の居る共同部屋の窓外から救急車のサイレン音が最寄の病院へと遠のきつつも煩く響いて聞える。施設内の誰かが体育館の手前にある横に広い階段で躓き、勢い余ってそのまま下まで転げ落ちたらしい。正樹はこの音に対して無反応に近い状態。園内の人間からすれば、そんな事は日常茶飯事で別に珍しくは無かったからだ。また、これからやる事で彼の頭の中は一杯でもあった。サイレン音が大分遠くへと消えてゆく頃、やっとの事で智彦は現れた。

「正樹、悪い。ちょっと救急車の音が気になって、向こうまで様子を見に行ってたんだ」

「別に気にすんなよ。裕美とは話せたのか?」

正樹は事実を察している。智彦は、彼の言う「向こうの場所」で彼女と会っていた。その「向こうの場所」とは、体育館の裏にある人目からちょうど死角となる場所。

「ああ、今から先に行くって話してきた。良く分かったな?」

「分かるさ。お前ら二人が秘密に待ち合わせする場所辺りから音が聞えたからな」

なるほどねと、智彦は返した。

「俺も会っておくべきだったかな」

正樹は、ややうつむき加減に呟いた。

「お前、恵に脱走の事、話してないのか?」

「まあな。どうせすぐに一回は帰ってこなきゃいけないし――」

これから正樹は近所に住む老夫婦、智彦は親元へと、どうしても会えない大人達へと出向き、退園の願いを打ち明ける決意で居た。勿論、期待は出来ない。しかし、「もしかすれば」と言うわずかな可能性が、彼らをこの行動へと奮い立たせた。浅はかではあるが、少年二人は僅かに希望を抱いていた。それほどに精神は窮地に達していた。後二つ季節を迎えれば、晴れて卒業となり自立した行動が可能となる。そうすれば、この島に残る限り、彼女らには何時でも会いに行く事が可能だ。また、これまでと違った外の広い世界で恋愛を堂々と楽しめる。その時まで匿ってくれる居場所が二人は欲しかった。今のこの状況には精神的にもはや限界があり、とてもじゃないが卒業まで耐える事が出来ない――。それが正樹と智彦の窮地を脱する答え。

「まあ、その時に話そうと思ってな」

「そうだな……。なあ、正樹」

智彦はそう発してから一呼吸置いた。そして正樹に微笑んだ。

「お前達二人は運命だよ。俺には分かるんだ。離れてもいつかまた逢える」

智彦は最近、意味ありげに何か遠まわしな事を会話に付け足す様になった。と、改めて正樹はこの時思った。智彦は急に悲しい表情を浮かべて空を仰ぎ、言った。

「俺がこうなったのも運命なんだな、きっと」

正樹はこの時、その言葉の深い意味に気付かなかった。

二人は脱走を開始した。希望、朝日、二つの荘の間に、小川を渡って出入りする黒いペンキ色の裏門がある。正樹と智彦は、鍵が鎖とともに掛かる門限時間前から外へ出て、互いの目的場所へ徒歩で向かっていた。

まずは智彦の家を目指して歩く。施設は南部にあって正樹の目的地は中部に位置しており、智彦の家はその丁度中間辺りにあるという話。

道中、とても急で長い坂道に出くわした。二人はその長い坂道の途中に位置するとても簡単でシンプルな造りの小さな公園で休憩を挟んだ。水道の蛇口から噴出する冷たい水がとても美味く感じた。

「正樹、煙草でも一服するか?」

「智彦、お前それどうしたんだ?」

「先生部屋からライターごと盗んでやった。まあ、これ位は朝飯前だよ。それに後始末は健二が拭ってくれるだろ? 真っ先に疑われるのはあいつしか居ない。なんせ俺のホームで一番の悪党なんだからな。一石二鳥って奴さ」

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