小説 愛するということ 11

連載小説
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ゆっくり出来そうだわ。

それから六分位経ってからだろうか? 朝食の後、姉妹が正面の広い庭へ花を摘みに出てから一風変わって静けさを取り戻したこの大きな屋敷内を「ドキリ」とさせる様にとつぜん固定電話の受信音が大きく鳴り響いた。倫子は慌てて電話へ向った。

「はい、もしもし。上村です」

荒れた息を落ち着かせてから倫子は言った。

「“倫子さんですか? 俺です。徹です。あの……、その、大変な事に”」

かなり気が動転した様子で徹が電話越しに話してきた。

「徹さんですか。御久しぶりです。あの、とりあえず落ち着いて下さい。何が大変なんですか?」

「“美代子が大変な事に……。嗚呼……”」

「しっかりして下さい。美代子さんが、どうしたんですか?」

「“実は一昨日の話なんですが……、クリスマスイヴと言う事で、二週間前ほどから予約していたレストランへ彼女と食事に出かけたんです”」

少し冷静さを取り戻した口調で徹は話を始めた。倫子はその話を理解した様で、節目ごとに合わせて「はい。はい」と頷き続けた。

「“それから何時も二件目に立ち寄るBARで軽く飲んだ後、あの、その……”」

徹が途中で言い辛そうに口篭る。倫子は、瞬時にそれを察し「ホテルへ向ったんですね?」と極めて無機質に問いかけ、この時まだ女性経験が豊富ではなく、とても真面目だった徹が次の一手を言いだせず決まり悪そうにしている局面をそっと救ってやった。

「“はい。しかし、この日は平日の水曜でお互いに翌日の仕事の事もありますから、差し支えないようにと”ホテルへ宿泊“等と言う事までは考えていなかったので何処にも予約は入れてなかったんです。この日はBARを出た後、タクシーで美代子さんを家まで送ってから帰宅しようとしたのですが……。あの、その……”」

「なるほど、分かりましたよ。この先は飛ばしてください。そして、その後どうなったんですか?」

倫子はこの時、徹が少し可愛く思えた。

「“すみません。えっと、それで、急きょ予定の変更を運転手に指示して、近くにあるラブホテル街へ向ったんです。が、日にちが日にちと言う事で、何処もかしこも満室状態でして。そこで運転手に、「どこか穴場がないか?」と尋ねたんです。そしたら運転手が「この町なら外れに一軒ありますよ。『アムール』と言う、古いモーテル――”」

ここで鳥肌が瞬時に倫子の全身へ蔓延した。

「アムール? まさか、その場所は……」

彼女が記憶を遡り思考を巡らせる間も、徹は続きを話していた。倫子がふと我に返った。

「“桜町の外れ奥にある色褪せた水色でいかにも古そうな建物……。確か、ホテル名はアルファベットで「AMUR」でした。部屋番号は108――”」

倫子はここで再び思考を巡らせた。正直信じられなかった。AMUR108号室……。数年前、その一室で起きたあの恐ろしい怪奇事件解決後、あの建物は完全に取り壊され今は存在しないはず……。何故? それに、地理に詳しい運転手が、慰霊碑が奉られているあの場所へ向ったのか? あの町外れの場所には、今現在モーテルなど一軒も存在しない事は知っていたはず。それなのに何故?」

 

沖縄県 茅野市 桜町四丁目二十四番地――。

そこは沖縄戦末期に、この辺に住む世帯全てが集い、日本兵から手渡された手榴弾によって集団自決を図った場所の一つだった。また終戦後、焼け野原から雑草が追々と茂行く時間と共に、局地に起きた全ての出来事は人々の記憶から消された場所の一つでもあった。そして近年、開拓の手が広がり建ったのが『AMUR』。

当初、そこはモーテルではなくピンクサロンであった。建物も後に建つ事になる横に長いラブホテルの構造ではなく、外観は一軒家とほぼ変わらず、入り口から中半分を改造し壁横に上等なカウンターを設けた表向きは小さなパブと言った具合の造りとなっていた。建物の残り半分となる奥の一角にある小さな個室には、赤く塗られた裸電球が天井からぶら下り、手製のベッドは寝返りが打てないほど小さく、窓は板で完全に塞がれ木漏れ日すら入らない。交渉後の性的行為はこの部屋で密かに日夜問わず行われていた。

店は裏側で瞬く間に繁盛した。当初は集団自決の0ポイントから少し離れた場所に建物はあったためか、心霊現象などは発生しなかった。

『AMUR』成功の噂は、連帯意識の強いこの小さな島に瞬く間に広がった。噂を聞き付けて来たハイエナ連中が、まるで『ゴールドラッシュ』のように、我先にと同じ商売をはじめ次第には軒を連ねた。それが、この広大なるラブホテル街『桜町』の始まりである。

『AMUR』の経営者の女性は、商売に関してとても頭が冴えている人物。向こう側からコチラへ軒が連なって来た事を確認するや否や、全ての財産を払って、店から更に0ポイントへと伸びる土地を買い増しし、其処に『一階建て全8室』の横に長いラブホテルを新に建築した。彼女の戦略は見事に成功した。がしかし、それが不幸の始まりでもあった。

当初から丁度0ポイント上にある108号室に入る深夜の宿泊客全ては、三時間も経たない内に部屋を後にした。オープンと同時に雇った五十歳前後の深夜勤専属である掃除婦曰く、「この部屋だけは、異常なほど湿気が酷く、常にエアコンを強くしなければやりきれない位で、客が宿泊料金を惜しむ事無く二、三時間以内に出るのはその為だろう」と夜間管理を任せている代理人から話を聞いていたが、どうもこの話には矛盾が大きく、何度聞いても到底納得が行かない気持ちだった。しかし、部屋の稼働率のみで考えれば、これは非常に効率が良く、「それでも客が来るのならば問題ない」と事務的に割り切った。

この島は狭い。心地よい風が行き届くのはあっという間だが、その逆も然り。経営者の彼女は『LOVE―HOTEL AMUR』が稼動してから一年ほど経って、問題の部屋の売り上げが急激に落ち込んだ事に、危機感を募らせ始めた。周囲は、またしてもコチラを真似するかの如く、徐々に変革の波が起き始めている。やはり上手い具合にこれからはこのまま一人勝ちとは行かないだろう。悪い噂がたつ前に、フタをしておかなければ。彼女は問題の原因を自身で調査すべく、とある深夜、皆に内緒で108号室へ客として宿泊する事にした。勿論、皆に内緒にしたのは、ついでに従業員の電話対応等諸々調べる事にしたからだ。そして彼女は後に驚愕した――。

まず彼女は、ちょうど二十三時頃にチェックインを済ませた後、部屋一帯を一通りざっと見て回った。何の異変等は感じられなかった。湿気対策のエアコンの冷気が原因? やはり、そんなはずは無いわ。彼女は、室外機のエアコンから伸びるコントローラをみて思

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