小説 愛するということ 5

連載小説
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は夜中にかけて一刻を争う緊急な除霊の為に外出を余儀なくされていた。それほどまでにこの島はユタの存在を昔から崇め頼りにして来た。

食事や各建物の管理はいつも弟子や家政婦の仕事。この日の夜も料理の上手い家政婦の一人が姉妹の夕食を用意していた。彼女らには父親こそ居ないものの、家計はとても恵まれていたので、倫子は姉妹が欲しい物などあれば何でも買ってやり、食事に関してもなるべく贅沢なメニューにするよう家政婦に指示していた。

彼女は自分の職業で姉妹が世間に対して肩身の狭い思いをしている事を知っていた。そして“ユタ”は、上村家の先祖代々から受け継がれた特殊な能力であり、自分の人生もまた同じ様なものだった。娘たちの寂しさは良く知っていた。

知子を出産した際、“ユタ”と言う職を辞めようか迷った。しかし、この能力を放棄する事は出来なかった。何故なら、この能力は大人になればなるほどに、普通見えるべきではないとても恐ろしい物体が嫌でも余計に見えてくるからである。ガマの結界の件もある。やはりこの状況では普通の生活は送れない。倫子は“神から与えられた宿命”だと諦めるしかなかった。姉妹も何時かはそうなるであろうと言う事に関して、身ごもった時から確信を抱いている。二人の娘共に何度も堕胎しようか迷った。しかし出来なかった。結界等に関しては、自分が他界する前にでも弟子へ跡を継がせれば良い。が、しかし、彼女は身ごもった胎児を堕胎する事がどうしても出来なかった。

恵が小学生に上がる頃、倫子は一人思った。やはり生んで良かった。しかし倫子はこの時、何か不幸の前兆なる“静かで音の無い西風”を心の何処かに受けているのを感じて居た。

倫子はこの日の朝も母屋の一室にある仏壇で御経を唱えながら彼女らの無事を念じていた。不吉な何かはとても近くに居る。

「ねえ、お姉ちゃん」

恵が銀色のフォークをくるくると空中へ描くように遊ばせながら発した。

「何? あっ! ちょっとまって。今、良い所だから」

姉の知子はゆっくりと食事をしながらテレビに見入っている。今、最も人気のバラエティー番組が始まっていた。

「今日、お姉ちゃんも見たんでしょ?」

この言葉を聞いた瞬間、知子が全身を硬直させたのを恵は悟った。

「何が?」

知子は何食わぬ素振りで恵の目をチラリと見つめ、視線をテレビに戻す。

「だ、か、らぁ、兵隊さん」

知子の素振りを注意深く伺いながら恵は話した。

「あの人さ、何処から来たのかな?」

「知らない。私は見てないから。気のせいじゃないの? 多分、芝刈りのおじさんよ。ほら、あのおじさんも兵隊さんみたいな格好してるでしょ? 多分そうだよ」

知子はその場しのぎでそう話したが、恵は嘘を付いている事を完全に察した。

「お姉ちゃんの隣にくっ付いて一緒に読書してたのに?」

知子は再び硬直した。震えた手で持っていたフォークを皿の上に置く。

「お姉ちゃん。隠しても駄目だよぉ。恵、チャッピーと一緒に見たんだから」

「だから違うってば! もうこの話はしないで。いい加減にしないと怒るわよ」

知子は十一歳になった頃、ガマの話しや霊的現象を恵に内緒で密かに聞かされていた。そして万一、日本兵を見た場合は絶対に目を合わしてはいけないと言う事を注意されていた。この類の怨霊と話をした場合、普通の人間ならば即座に魂を抜き取られ呪が移る。但し、怨霊などという何か特殊で異様な物体は十二歳以上の人間でないと興味を示さないらしい。知子はこのとき既に思春期を迎えていた。十四歳。

沖縄戦没者の霊は結界を越えて日増しに現れるようになった。どうやら弟子達の知らぬ箇所で結界が破られているようだ。妖精の数も大分減ってきた。長の倫子ですら特に最近多忙でこの事には今日まで気付いていない。正に、第二の結界内に居る恵以外の人間全てが危険にさらされている状況。しかし、知子は倫子に話さないで居た。二重に包囲してある結界の話まではまだ聞かされていなかったのである。つまり、結界の存在までは全く知らなかったのだ。

知子は無視を続ければ何時かは居なくなるだろうと勝手に決め付けていた。だから周囲に相談するのではなく、一刻も早く“さ迷う日本兵”における“出来事”を、忘れる事に専念した。しかし駄目。あの瞬間から男は、誰も周囲に居ない時間だけだが、知子に完全に纏わりついた。何故かは分からないが、どうしても彼は彼女に存在を気付いて欲しいようだ。

そして沈黙は、結界が破壊され始めてから三日目の今夜、遂に破られた。

 

美子、美子……。

 

知子の寝室にうねる様な声がしつこく響いている。

霊が纏わりついてからというもの、妹を自分の部屋で寝るよう話していた為、恵はこの部屋には居なかった。知子は上向きで寝た状態のまま強烈な金縛り状態にあった。

窓外に見える夜空は快晴だと言うのに、不自然にもこの奇妙な現象の時だけは、しごく室内の湿度が高かった。シーツの上に敷いたタオルケットが、雨が降ったかのようにびしょびしょに濡れているのを肌で感じ取れた。

彼女は精神的に我慢の限界。これで今夜も含み、三日三晩まともに寝れていない。いや、一睡たりとも寝かしてはもらえなかった。

知子はとうとう我慢できず、決着をつける決意をした。

「貴方、誰なの?」

上を向いたまま恐々と言った。彼はベッドの直隣に立っている。

「俺だよ……。誠だよ……」

不思議な事にこの唸るような声は彼の立つ方向からではなく、知子の頭上かつこだま含みに響きながら聞こえた。

「美子……。美子……。お前、無事に生きていたのか?」

どうやら知子の事を、彼の知る別の女性と錯覚しているらしい。

「どうしてこんな所に居る? ここは敵が多くて危険だ。早く東京の実家に戻れ」

少し間をおいてから続けざまに男は言った。彼は妹と誤解している様だ。男は終戦に気付いていない。沖縄戦で没し魂となった時間から一時たりとも時代が経過していない。やはり母が言うように何十年経った平和なこの世界でも戦争は未だに終結しては居なかった。

「私、その人じゃありません。もう付き纏わないで下さい」

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