連載小説 この世の果てにおいて(愛するということ2) 4

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滝川寛之の無料連載小説

 

「寛之、おい、寛之よ……」

夢の世界。今夜も深夜帯に酷くうなされていた。そこから飛び起きるようにして目が覚めたわけではないが、暑さのせいもあって、タオルケットを退けて寝ている状態でも酷く汗ばんでいるのが分かった。

夜虫の鳴き声が、開けた窓から僅かに響いて聴こえてくる。それから波しぶきの音。砂浜を駆け上がるダンパー調の波音が、あたかもすぐそこで繰り広げられたストーリーのようにして近くに聴こえる。決して港町というわけではない。どちらかといえば隣町こそ、そう誇れること。この町は何にも取り柄が無いようなもの、時々話したりすることがある。栄えた街外れの集いの場所。集落のためのショップばかり点在し、それ以外の人間は皆、学校やその他の公共施設で働く人たち。若しくは栄えた街へ車で向かう勤労者たちで構成されたような殺風景とした田舎町。観光スポットもなければ何にもない。髭おやじのパーラーが自ずと繁盛しているのもそのせい。他にスポットが無いから。その一点張り。

寛之は起き上がり台所へ向かい、蛇口からコップに真水を注いで飲み干す。

最近、同じことが連日続いている。夜中の中途覚醒は決まって深夜一時ころ。その直前に必ず見知らぬ大人から自分を呼びつける声が腦を支配したようにして駆け巡る。不思議なものだ。思うこと。だけど何故だろう? 分からない。母親の眞子はぐっすりと寝ている。

翌朝、久しぶりに母親がサンドイッチを作ってくれた。こういった類のものは材料費が掛かるから滅多には作れないけど。いつしか言われたことを思い出す。中身は、トマトスライス、卵焼き、こんがり焼いたスパムスライス、レタス、チェダーの方のスライスチーズ。トースターで焼いた食パンにはガーリックとバターを滑らせている。

「お母さん、相変わらず美味しいね」

「そう? ほんとうはアボガドも入れたいんだけどね。高いのよ」

「これだけでも具沢山だし十分美味しいよ」

「そう言ってくれるとありがたいわ。でもあまり貧乏舌に馴染まないでね。社会人になったら、うんと美味しいものやレストランなんか通って、彼女を幸せにしてあげてね。そしてあなたも幸せになってちょうだい」

「わかってるさ」

「そう、それならよし。今日も朝から出かけるの?」

「まあ、そんなところ」

「彼女ちゃんも一緒?」

「まだ友達だよ、彼女じゃない」

「取り合いなの? 親友の彼と」

「分かんないね、あいつは何にもそうしたこと話さないし」

「そう、早めに告白したほうがいいんじゃないの?」

「まあね」

「やっぱり惚れてるのね?」

「お母さんだけには内緒だけど、そういうことになるかな」

「じゃあ問題ないじゃない。彼女はどっちなの?」

「それも分からないから困ってる」

「そっか、二人に同じだけ優しく接してくれてるのね。良い子じゃない」

「そうなんだ、凄く良い子なんだよ。しかもかわいいし品があるんだ」

「怯んでるってやつ?」

「そうなのかもしれない。俺自身、こんなに慎重になったのは初めてだし」

「そっかそっか、それって初恋に近いのかもしれないわね」

「うん……。そうかもしれない」

「あらあら、弱気になっちゃって。あなただって良い顔してるじゃない、自信持ちなさい。貧乏なのがネックだけれど、その弱点は親友君だって同じことじゃない」

「わかってるさ、でも、もう少し様子を見たいんだ」

「彼女がどちらを向いているかについて? そんなこと考えなくていいのよ。向いているかどうかじゃなく向いてもらえばいいんだから。行動起こしなさいな、ほら、さっそく今日からでもアプローチするのよ。わかった?」

「あ、ああ……」

「よし! 今夜の報告を期待してていいわね?」

「ちょっとまってよ! それあり?」

「わたしはお母さんよ? 報告なさいな」

「ちぇっ!」

「なによぅ! 舌打ちなんかしちゃって。さあさあ、行った行った!」

「はいはい、行ってきますとも」

「今日も遅くなるの?」

「多分、日没あとかな」

「そう、お母さんは今日、夜のバイトないから可能な範囲でごちそう作っておくわね」

「期待はしてないよ、でもうれしい。ありがとう」

「いえいえ」

「――やだ! おかあさん、こんなにバスケット作ったの? すごい!」

「寛之君たち喜ぶわよ、きっとあなたが作ったと思うんじゃないかしら。うふふ!」

「もう、おかあさんたら。一言多いです、若しくは余分。うんもう!」

「ところで佳子、ちゃんと向いてあげてるの?」

「え? 何が?」

「だからいずれ一人を選ぶわけでしょう? おかあさんね、あなたの話を毎日聞いてて分かるけど、佳子は寛之君のことが好きなんじゃないの? ちがう?」

「――よう、寛之。いつも通りだな。それじゃあ髭おやじのパーラーへ向かうとするか! どうした? なんか朝から元気なさげだけど?」

「まだ眠気が覚めてないだけだよ。ほら、何となく寝起きの顔してるだろ?」

「いや、そんなことないぞ?」

「そんなことより朝飯はちゃんと食ってきたのか?」

「それについては昨日の打ち合わせどうりだぜ? 佳子ちゃんにいつも奢られるわけにもいかないだろうって話し合ったじゃないか。ちゃんと食ってきたさ、たんまりとな。でもあれだろう? 昼食はどうなるか分からないってやつだぜ? 彼女の好意を無駄にするわけにもいかないからな。そうだろ?」

「ああ、まあな。でも、もう朝と夕方におごってもらうのは無しな」

「オーケー、分かってる」

「しかし俺たちも情けない男連中だよな、よりによって超貧乏なんだものな。そこにお金持ちのお嬢様だぜ? やっぱりそういう流れになるよな、どうしても自然的に」

「そうだな。おまえ、そのことで落ち込んでたんだな?」

「そういうことだよ」

「なるほどな」

偶然にも、智之の奴も朝食はサンドイッチだったというものだから、やはり似た者同士だなと。そう思う。燦々とした陽光がこの時間にして痛々しく肌を攻撃している。正直しんどい。水稲は用意しているが、あと二時間もすれば中身の水道水は空になるはず。それについてはいつものこと。

お互いに格好といえば体操着。どうせド田舎の町、どうってことない。そういう輩が沢山いるし。そこにワンピース姿の天使が舞い降りてくる。二人の男が夢中になるのも無理はない。のちのちは取り合いだぜ? 寛之? ああ、そうかい。智之よ。そうさ、そうに決まってる。そうだな、やはりそうなってくる。彼女はどっちを選ぶと思う? もちろん俺だろ? 馬鹿だな、おまえじゃなく俺のものだぜ? なんだそれ? つまりはそういうことさ。ならばこっちにも考えがあるってものだぜ? 言ってくれるな寛之よ。まあな――。

夢から覚める。

はて、何処からが夢だったのだろうか? 今日の出来事と混同しててよく分からない。そうでもない。混同している全てが夢だったのだから。でもまてよ、確かに現実にあった出来事もあったしな、本当に訳の分からない夢だ。でもたまにそうした夢を観るものな。今に始まったことじゃない。それより、あの夢は見なかった。あの登場人物、大人の男。はて、何故だろうか? それはつまりたまたまだったってことなのかい? おれ。

いつものようにして台所の蛇口から真水を含む。二杯一気飲みした。寝小便の心配は無用、真夏だから直ぐ汗に代わる。貧乏な家庭なので冷房はつけない。一人当たり扇風機一つでやり過ごしている。毎年の事、慣れっこ。

母親が起きてきた。いや、寝てなかった。食卓でなにやらノートに書きこんでぶつぶつ小声でつぶやいて居るのを確認できる。一言二言会話を交わしただけで、再びノートにへばりついて小声でぶつぶつ決まり悪そうに述べていた。そっか、家計の事とか色々あるもんな、俺も受験生だし、高校の事とかあるもの。

高校へ出たらマクドナルドでアルバイトをしよう。それから早朝は新聞配達もこなしたい。高校の近くにマクドナルドの店舗があるといいけど、どうなんだろう? まだどこの高校かも決めてないしな。どうする、おれ。でもあれだよな、話によるとマックの時給はかなりいいらしいから。それについてはもう決まりだな。

台所の窓先からコオロギなのか、夜虫の鳴き声が響いてきている。とても心地よいサウンドに感じた。田舎町なので辺りを見回しても真っ暗で何も見えない。街灯はまばらというか殆ど点在して居なくて、夜のお出かけは非常に危険だと感じる。そうでもない。個々の集落に悪い人間などいやしない。ドアを開けっぱなしにして寝ている一軒家すらあるほど。とにかく平和。交番の警察官が暇で暇で、ひっきりなしに自転車をこいでいるくらい。行き先は決まって老夫婦の家への訪問で、そこで何時間も食っちゃっべっている。アマチュア無線は最新小型の奴を腰に下げているので構いやしない。しかし呼び出されることもなくて。

翌朝、佳子と会う予定。当然、三人。それがいつまで続くのかは未知数。待ち合わせ場所が少しだけ変更になった。というよりも毎日同じ場所ではないということ。パーラーでの待ち合わせは四日にいっぺんの頻度まで落ち着いた。あとは森なり公園なり学校の運動場なり。自転車のパンク修理も済ませたので楽。修理は自分でこなした。道具は町家の売店にある。紙やすりとセット販売の奴。パンク個所を石鹸水で確認しつつ紙やすりでこすりつける。でないとボンドのくっつきが悪くなるから。もう三回目の事なので手慣れてはいる事。問題はタイヤゴムを脱着するとき。それだけがしんどい。まともな道具が無くて、仕方なくスプーンでこなしている。そいつがたまにへし折れるとたまったものではない。母親に叱られるから。貧しい家庭なので一つ一つが貴重品といえばそこまで。丁寧に扱わなければならない。

今日の待ち合わせ場所は学校。中学校ではなく小学校の方。遊具があるから。ブランコに揺れながら会話を楽しむ腹案。何時間も過ごせないので夕方前か十五時ころには帰る予定。昼食はまたしても佳子のおごり。悪いとは思うけれども有難くいただく。でも三日に一回はバスケットを持ってくる。残り二日は決まって沖縄そば屋。いくつも軒があるわけではないので行く店は決まっている。小学校からは少々遠いが、自転車なので構いやしない。行きは寛之の背中、戻りは親友の背中。何でも平等を保っている。

解散の場所は小学校。その前に佳子が売店へ寄りたいからと、近くの文房具屋と兼用してある町家へ寄った。彼女の目的は小瓶のクリームソーダ。それからタコせんべいと梅干しの駄菓子。そいつをタコせんべいにこすりつけてから食べるとうまい。時刻は十五時前。沖縄そば屋で長いこと会話を楽しんでいたから。エアコンがギンギンに冷え込んだ店内から外へ出たくなかったことも一理ある。学生は夏休みだが大人達は平日の仕事なので中が混みあっているというわけでもなく、店主に邪魔者扱いされることもなかった。近頃の常連でもあるから。

町家の向いに小さなゲートボール場があって、その周囲はガジュマルの木が並んで植えられている。かなり昔からの代物で大木と言っていい。なものだから木陰が絶好の休息場。それを狙ってプレイヤーたちのベンチが設けられている。そこに三人は座りクリームソーダを堪能した。ゲートボールの老人たちはまだ集まっていない。おそらくその三十分前辺りに寛之たちは独占。たまたまのご都合。

あたりは沖縄瓦の一軒家が軒を連ねていて二階建ては皆無。晴天の青空を眺めるには絶好。三人で空を見上げつつクリームソーダを大切に口へ含んだ。

「今日も青いなぁ……」

「野球やってる奴らからしたら地獄だろうぜ」

「そうだな」

「今日は楽しかったです、ブランコとそば屋でのお話会」

「おごられてばかりで悪いけどな。いつもありがとう、感謝してるよ」

「いえいえ」

「今日はもう解散かぁ……。なんだか寂しくなってきたな」

「たまにはいいだろう? 日焼けで体力消耗してるしな。もう疲れちゃったよ」

「そうですね。あのう……」

「なんだい?」

佳子がポーチから小さなメモ帳を取り出す。

「お二人の電話番号知りたいなって。あの、構わないですか?」

「おおー! そういう手があったな! 全然、喜んで! なあ? 寛之」

「あ、ああ……」

「あの、わたしから電話かけますから」

「あ、ああ……」

「寛之さんは何時ころ大丈夫ですか?」

「え? こんや? いや、何時でも大丈夫だけど?」

「それじゃあ夜の七時ころに、どうですか?」

「わ、わかった」

「ちょいまち! 俺の方へは?」

「智之さんへはまた今度ということで、ごめんなさい!」

「まあ、今度、絶対によろしくな。あーあ! やんなっちゃうよなぁ」

うふふ。佳子が笑む。ちぇっ! せっかく電話番号教えたのに掛かってこないなんてどうかしてるぜ! なんで寛之なんだよ? ちがうだろう? 真っ先は俺だと思ってたのになぁ。まったく、やんなっちまうぜ! あはは! まあいいや!

セミの声がうるさいのも気に留めない。そんな心の余裕がなくなっていた。寛之はひとり空想の世界に陥っている。そこはとても青く、まるでさっき見上げた空のような色彩。一人の男が目の前で何かを呟いているのが目視できた。大人の男性。少し離れた距離からこちらへ向かってくる。ゆっくり、ゆっくりと。誰だ? 誰なんだ? いつも夢に出てくる男性が気味の悪い表情を浮かべている。そうでもない。何だか微笑んでいるようでもある。しかし木霊含みに聴こえてくる呟きは、確かに魂が抜けたようにして生声だ。力が込められておらず、脱力感に満ちたような生声。寛之、おい、寛之よ……。

佳子の美声が世界に入り込む。それはまるで青の世界から救おうとばかりに鮮やかなる透き通った声。はっとする。そうか……。おれ、また見たんだな。

「――寛之、なに話すつもりだ? 今夜」

え? 意識を戻した。気が付けば彼女がもういなくなっている。どうやらあらかじめこの売店でお迎えの待ち合わせをしていたみたい。だからこそこの売店へ寄ってほしかったのだな。あとで気が付くということもある。その一つがそれ。

「おまえ、なぜ佳子ちゃんが真っ先に電話かけてくるか、分かってるのか?」

すまない。いま、空想の世界から気を確かにしたばかりで何も考えられないんだ。そんなことを発したところでどうにかなるものでもなく、逆に困惑させるだけ。ひとまず唾を飲み込んでから「ああ……」と一つこぼしておいた。

「たぶんだけど、俺の所へはいつまでたっても来ないのだろうな」

どうして? 言いたいことが理解できるが分からないふりをするのも友情。それを示した形。申し訳なくおもう。同時に歓喜なる躍動が芽生えだした。

「告白するつもりか?」

それについては話せない。今夜かどうかが分からないから。

「お前がもたもたするようなら俺がもらう。いいだろ?」

ちょっとまってくれ。言いかけて止めた。筋が通ってることだから。寛之は今夜絶対に急接近しなければならない。上手いこと会話を交わせるだろうか? 誘導できるだろうか? 不安と期待が交錯して何だか浮足立つ始末でどうしようもない。

「まあ、がんばれよ」

そうだな。心で呟く。

「四日後までお前らが何もなければになるから覚悟はしておいてくれ」

分かった。またひとつ声を出さず、顎を縦に振って返した。

今夜、自分はどうなってしまうのだろう? 牛乳に浸して乾かした柔らかいクッキーで挟んだクラフトアイスのように、バニラ味はポトポトと汗をかいたようにしてしたり落ちるのだろうか? 例えていえば、そいつはつまり愛の証ともいうべきなのか、恋のロマンスなのか? 一体全体どうなってしまうのだろう。わからない。全く未知の領域だから。未来が今すぐ教えてくれるわけでもない。つまり電話の最中はいっとき一時を大事にしつつ慎重に一言ずつ喋らなければなるまいて。つまりはそういうことだろう? おれ。夜のこと。

「――もしもし、こんばんは。寛之さん」

思わず甘い美声に酔いそう。めまいがするほどくらくら。気が動転する。あ、ああ、もし、もしもし? ついどもり気味はまずかったかな? 心配してもしょうがない。なるようになるさ。だろ? おれ。

「あの、寛之さん。佳子も緊張しているの。でも、お互いさまで良かったです」

悟ってるな? おもう。その一言に救われた。何だか肩の緊張がほぐれる。活舌も良くなりだした。もうだいじょうぶだな、おれ。

「寛之さんって、やっぱり楽しい人なんですね。それに優しい声してるから」

その言葉の延長線に期待が走る。そうか、その先の言葉は好きだということだな? オーケー、分かってるさ。つまりは誘導すればもう大丈夫だってことだな? しかしどうする? どうするもこうするもないだろう? 誘導? なにそれ、ちがうだろう? 言えよ、ストレートに吐けばいいだけだ。好きなんだと、交際したいんだと。言えよ、とっとと。え? 言えない? それはつまり違う感情ってことなのかい? ちがうだろう? おれ。やっぱり意気地なしなんだな? 肝心な時に勇気を出せない子供。そうだろう? お前は小学生以下の小さな器さ。所詮、お嬢様とは合わないと怯んでるんだろう? 合わないとでも? ばかだな、本当に哀れな野郎だぜ。いいかい? 言えばいいんだよ。たったそれだけの話しであって、いま余計な心配はご無用ってことなのさ。そうだろう? おれ。だって、あれだろう? 彼女の気持ちは伝わっている。女子の佳子から告白させなきゃお前って男は何にもできない奴なのか? この意気地なしめが! お前は馬鹿だよ、ほんとうに。これでもう終わりだな。四日後には親友のものになる。それでいいのか? おれ。

「それじゃあ今夜はこの辺で。楽しかったです。あの、明日も電話して良い?」

当然、全然オッケイだ。こんやと同じ時間くらいがいい? わかった。明日には必ず君へ愛の告白をするから、だから楽しみにしててくれ。そうさ、言ってやる。好きなんだと。交際をしてくれないかと。次からは二人きりで会いたいと。それを言うだけでいい。分かってるさ。佳子の答えはイエスだろう? 俺だって楽しみなのさ。

「それじゃあ、明日な。佳子ちゃん、あしたは楽しみにしてていい」

「え? 何のことですか? それって、もしかして」

時間的余裕がない。明日には済ませておく必要がある。おそらく日中には親友が煩く言ってくるに決まってる。それに耐えなければならない。たまらない。まるで懺悔だ。

「いや、日中の話だよ。明日も一緒に遊ぶのだろう?」

俺はなんてことを言っているのだろうか? 何故に誤魔化す必要がある? やっぱり馬鹿でどうしようもない奴だ。おれは、ただ俺は素直になって勇気を出しさえすればいいだけなのにな。もどかしいよな、相手からすれば。

「あの、それじゃあ、おやすみなさい」

電話を切る。

あした、明日、か……。

「寛之、おい、寛之や……」誰だ? とういわけでもない。最近よく出てくる、夢の中において。またあなたですか。一体、何なんですか? 自分はあなたのこと知らないんですけど、でもあなたは知っているってことですよね? よく顔が見えない。いつもそうですよね? 肝心の顔が影に隠れててよく分からないでしょう? あえて隠しているんですか? それじゃあ、こうしましょう。あなたはもしかしてお父さんなんじゃないですか?

「寛之、それは違うぞ……」え? ちがう? 自分は何となくそんな予感がしていたんだけど、違うんですね。そっか……。じゃあなんでなんでしょうか? 自分に用があるってことは?

 

「見守っているぞ、とにかく、うまく生きるんだ……」

 

起きている時間帯に脳裏へ姿を現すのは今回が初めて。困惑する余裕もなかった。只、素直に受け入れている自分がそこにいた。ただそれだけ。消えた後、のどがカラカラであることに気が付く。そういえば、さっきまで佳子と電話で長いこと話していたのだよな。確か四十分ほど。こんなに長電話したのは初めて。前の彼女は裕福でなかったから。でも自分よりは確かに裕福な家庭ではあったけれど。でも佳子ほどではない。五円のチョコレートを大切に食べるくらいのレベルの女だった。そうだったな、たしかにあいつは裕福ではなかったっけ。恵美の奴、あれっきりだな。もう一つの中学へ行ったのだものな。県営団地が当たっただとかで少し離れに引っ越したのだっけな。中学途中からの転校だから色々、今、大変だろうな。受験勉強直前だし。塾には行ってなかったっけな。俺たちと同じで貧乏だから。そういや俺らも遊んでいる場合じゃなかったよな。でも定員割れだしな、なんてことない。受けつけ済ませばあとは自動だものな。楽でいい。田舎だからだろうな、特にここらあたりは田舎中の田舎だし。

――まてよ? ということは恵美の奴も同じ高校になるかもしれないな。これはひとつ厄介なことになるのかもしれないな。あいつとは何発もしている仲だ。初めての相手が俺で、俺だってそうだった。別れるにも簡単じゃなかったものな。佳子と交際して、でもそれでも恵美を選ぶなんてことは許されない。そんなことがあるのだろうか? ないだろ、いくらなんでも。そうか、そうだよな。おれ。

 

「一発やった。もう俺のものだ。今後、手出しは無用だぜ?」

 

悪夢が襲い掛かる。どうして? どうしてそうなる? 何かの間違いだろう? おい、智之。冗談も休み休み言いなよ、まるで洒落になっちゃいない。お前は馬鹿なのか? 違うだろう? それとも俺が間抜け過ぎたのか? どういうことなんだ? 一体全体どうなっている? まるっきり意味が分からない。筋も通っちゃいない。それで? 真実なのか嘘なのかジョークなのか、はっきりしてくれ。おれはいま頭に血が上りそうなんだ。こうなったらお前を立てなくなるくらいに殴りつけるかもしれないぜ? いいのか? それで? おまえは俺から大切なものを横取りした。何が執行猶予だ、ふざけんなよ。永遠と待っててくれたらよかったんだぜ? それが親友って奴だろう? ちがうか? え? おまえは完全に悪魔に魂を売ったんだぞ? わかるか? おまえは越えちゃいけないルール違反を犯したんだ。何が親友だよ、ふざけんな。もうこれっきりだぜ? お前を殴る気にもなりゃしない。あきれちまったよ、さすがに。もう絶交だ。二度と俺に声をかけるな、顔を見せるな、学校でもだ。わかったか? この馬鹿野郎。おまえは、おまえは、おまえってやつは本当に馬鹿な奴だぜ。いいかい? 親友の俺を裏切ったんだぜ? それがどういう意味なのか分かるか? え? わからない? じゃあ教えてやるよ――!

智之の前歯二本が折れる。やりやがったな? このやろう――! 寛之の鼻から鮮血が噴き出す。やろう! もう本当に絶交だ! このやろう――! 服もボロボロ、顔もボコボコのボコボコ。互いに誰なのか判断がきかないほど。はあはあはあ……、はあはあはあ……。

「――こ、の、や、ろう……、この、やろぉうぅ! このやろうっ!」

目が覚める。

「な、なんだ、ゆ、夢だったのか……」

一つため息をこぼす。そうではなかったから。昨日起きた出来事がそのまま夢で再現された。それくらいに忘れられない。酷い一日だった。哀れなものだな、俺ってやつも。あのあと、結局、告白できなかったんだもんな。悪いのは全部俺の方なのに。だからと言って裏切りは裏切りだ。許せるわけがないだろう? そうさ、そのとおりなんだぜ。おれ。

寛之は仲間を失った三日後から受験勉強に明け暮れる毎日。正直、勉強が身に入らない。くだらないとさえ思った。もしもあいつと同じ高校だったらどうする?

「――高校へ進学するのをやめるよ、建築系でもいいからすぐに働きたいんだ」

「それでいいの? あなたがちゃんと考えて決めたならいいけど」

「よく考えてみた結果だよ。俺に高校は不似合いだから」

「そんなことないけど、でも分かったわ。すきにしなさい。本土へ出るの?」

「ああ、仕送りはちゃんと送るつもりだよ」

「それは構わないわよ。あなたが居なくなれば、わたし一人だもの」

「いいから。送るから、絶対に」

「じゃあ、それに関しては全て預金に回しておくわね」

「東京は寒いところなのかな?」

「そうね、お母さんも行った事が無いから分からないけれど」

「お母さんはずっと地元だったのかい?」

「そうよ」

「そっか、お父さんは?」

「あるみたいなこと言ってたわ」

「そっか……」

「どうしたの? お父さんのこと気になる?」

「いや、なんか導きというか……運命なのかなって」

「そう……」

夢に出てくる。言えない。彼は父親だということを否定しているから。異なる人物なのかもしれない。考えてみると頭がくらくらする。父親以外に居ないのにどういうことなのかについて。

導き、か……。自分で何を発したのかよく分かってない。自然と口からこぼれた言葉。呪い移ったか? まさかな、それはありえないはずだ。そうした夢は見てないから。実際問題、幻は幻でしかない。幽霊? 居るわけがないだろう? そんなのウソさ。だろう? おれ。

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