連載小説 この世の果てにおいて(愛するということ2) 3

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滝川寛之の無料連載小説

 

出会いとは必然。確かそんな話を聞いたことがある。

 

「――ああ、これのこと?」

黒いロングヘア―が印象的で、制服のスカートが良く似合う。今日は春先とも初夏ともいえない微妙な季節の変わり目で、佳子は中学二年になる。彼氏持ち。

「でもさ、最近見つけた彼氏君て一つ後輩でしょう?」

確かに。彼のことは詳しく知らない、流れに任せただけの関係。先月に正門で出会った。名前は庄司。細身で容姿に関しては悪くない。

少しだけ徒歩で向かった先にある中学校は場所替えの新築により、生徒数に比べて持て余したようにして感じる。

 

「――まあ、なんとかな」

寛之は、母親による毎度ながらの散髪で、少しだけ坊ちゃん刈りのような髪型。いまどき丸坊主が校則でない学校は珍しいと、離れのいとこなどに良く言われている。

「でも、おまえ。彼女また探すの大変だぞ?」

納得はいく問題。親友の智之はいつも彼のことを心配してくれていることに有難く感謝しつつも、何だかうっとおしさも感じる始末でどうしようもない。

 

「――今日もデートとかするつもり?」

ええ、そう。でもこれって正直どうなのかしら。公園へ連れ込んでタコさんの滑り台で潜めてメイクラブ? いいえ、ちがうわ。砂場で裸になって踊るのよ。それってとても素敵でしょう? そうでもないかしら。でもでも、はっきりいって私はそんなのごめんなの。だってそうでしょう? たこさんも砂場もなくて、ただ単に渚を歩いてデートなのだから。お金も要らないし彼を知るには絶好だわ。

「いつもの所へ行こうと思っているの」

「ああ! あそこ?」

「ええ」

佳子の一つ下の彼氏である庄司はまだあどけなさが当然ある。本当に小学生のようで可愛いところに何となく引かれている。それはつまり母性本能というよりも、お姉ちゃん的な気持といえばいいのか。分からない。

 

「――今日も一人で帰るのか?」

まあな、他に友達いないし。智之とは正反対の帰路。朝も登校時も当然一人きりで何にも喋ることなく唯々ひたすら口をつぐんで歩くのが日課。学校までの距離はおおよそ二キロばかり。三キロ手前のような感覚で通学している。

でもまあ、これでも彼女居た時は違ったんだ。あの頃は良かった、同じ太陽を見て、同じ空を眺めて歩いたもんさ。でもな、所詮あわなかった。相性というかなんというか、いびつな何かが彼女を離れさせた。でも、もういい。また新しく探すさ。結局はそうだろう? 俺。

 

「――ねえ、庄司君」

佳子は大した話ではないけれど、会話を繋ぐために一つ訊く。渚の先にあるロングボーダーに人気のパーラーが一軒ぽつんとある。お金は使いたくないが、庄司はあまり裕福ではないようだし、彼女のほうが年上ということもあって、いつもおごりは佳子。店の親父はいつもいつも少年探偵団の話をする。訳の分からない、謎のお話し。

でも、それはどうでもよいことなの。私が思っていることと違うから。パーラーの髭おやじなんて、いつもいつもわたしたちを楽しませようと話してくるけれど、正直言って毎度その話ばかりだから、ほとほと私達も呆れてしまって耳にタコのような感じかしら? でもでも最初のころは凄く興味津々だったから。それにパーラーの髭おやじも悪い人ではないし、どうでもいいけどどうでもよい話でないことにしているの。うふふ、それって変かしら? そうでもない、それが付き合いのようなものだと分かっているから。でもでも、わたしは今、庄司君に説教したい気分だったのだわ。彼があまりにも幼な過ぎてげんこつものよ。だってそうでしょう? わたしはお姉ちゃん的存在なのよ。彼には厳しく毎日ビンタを何回でも張ってやるんだから。うふふ、でもでも可愛い子なの。だからそれについてはごめんあそばせ。

 

「――なあ、智之」

寛之の無二の親友、智之は短髪で丸刈り気味の頭髪。野球部に入ろうとしたが、道具代が大変だからと親に反対されて帰宅部。いつも正門で別れを告げている。彼とは毎週日曜日に会って遊んでいる。寛之の方から自転車で彼の住む地域へ向い、海へ散歩や釣りが主な楽しみ。お互いに金銭に乏しくそうならざる得ない。それでもいい、友と会話を楽しめれば。本当にその一心。

またあの話しか。そうそう出来たものでもないだろう? いいかい? 干からびた俺だって選ぶ権利くらいはあるんだぜ? そうだろ? なにせ美女じゃなきゃ受けつけねえ。そんなもんさ。でも妥協もありなことは確かなことだ。そこら辺のペーペー女でも構いやしないぜ。そんなことはない。まあ、いずれ分かることだろう? 誰が次の女なのかってことくらい。そりゃあ運命があるからな。あれだろう? 犬も歩けばみたいな、使う場面が少し異なるかもだけど、それと同じような物さ。いや、全く同じと言ってもいいよ。人生歩いてりゃいずれ女が出来るってものよ。そうだろう? おれ。

 

夏休みの真っ盛りに、佳子は庄司を連れて市民プールへ向かった。少し遠場に位置する街中にある施設なので、両親が同伴している。丁度、日曜日。父親である雅也も一緒で、なんだか嬉しい気持ち。その日、寛之は同村の海辺にて親友の智之と釣りを楽しんだ。ふかせ釣り。理由は道具が乏しいから、只それだけ。釣れるわけでもないけれど、楽しめればよいというコンセプト。

 

「――佳子は水着姿がやっぱり恥ずかしいかい?」

そうでもない。しかし父親のその一言が余計で余分と思った。途端に羞恥心が芽生える。だってそうでしょう? 今日は彼氏君もいるんですもの。気持はそれ。

 

「――やっぱり釣れないなぁ」

それもそうだろう。言わずもながらというか、最初からそのつもり。余計で余分な発言でもなく、その場しのぎの呟きのようなもの。分かっているさ、そんな当たり前のこと。でもな、刺身定くらいの獲物は欲しいと思ってたし、そこら辺に落ちてないかなと言ったのはお前の方だぜ? 寛之は考えたが返すのをやめた。

今日は真夏らしく海面がしごく凪っていて照り付けが更に暑さと日焼けとを攻撃してくる。正直に言わせてもらえば、日焼けのし過ぎでほとほとシャワー時に嫌気がさすほど。極力はスイカでもかじりつつ室内がいいと寛之は考えているのだが、いかんせん裕福ではないので、そんな遊びとごちそうは皆無。貧乏少年の遊び場といえば森か海しかない。親友の智之とて同じこと。だからこそ気が合う。

「そろそろ帰ろうぜ」

そうだな。返す。結局は今日も坊主で終い。いつものこと、いつものお遊び。帰りは必ず近場のスーパーへ寄るのも毎度のこと。そこでサンマを一匹だけ購入する。五円。何だか今年は豊漁でかなり安すぎた。いつもなら十円はする。

さんまはいつも腸まで平らげる。少年ながらにしてそこら辺は通。開きでは食べない。残るのは頭だけ。そいつは野良猫にくれてやる。

 

「――ウォータースライダー楽しかった!」

近代的な市民プールに今年設けられたそいつは飛びぬけて人気で、順番待ちにしろ滑るまでに時間を要する。滑った後にハイレグ状態になるのがたまに傷だが、直ぐに戻すのでかまいやしない。彼氏君の庄司にみられるわけでもないし。

市民プールの帰りは決まって焼き肉屋。庄司はいつもごちそうになるものだから慣れてしまっており、最近では感謝の趣もないほど。当たり前に錯覚している節がある。佳子は牛タンの塩が好き。それからレバ刺し。少女ながらにして通といえば通。

「来週はどこに行きたい?」

そうね、夏休みだし映画館も人だかりでうんざりだから公園行きたいかな。ほら、昔よく行ってたでしょう? セーラの森公園。そう、そこ。え? ピクニック? そこまで広くはないし。なんか近場にだだっ広い公園ないかな。ねえ、庄司君。どこか行きたいところあるかしら? え? 海浜公園のビーチ? まあいいけれど、少しだけびっくり。だってそうでしょう? 今日がプールだったのだから。でも、やっぱりあれね。ここは島国だからどうしてもそういうところに好みがいくものよね。そうね、そうしましょう。それでお父さんにお願いしてバーベキューもしましょう。ええ、そうよ。ビーチパーティーだわ。四人でだけど。

 

陽光が酷らしく燦々として肌を攻撃する真夏日和の中で、今日どうしても行きたいところがある。渚のパーラーで食事をとってみたい。昔からのあこがれ。それが叶いそうで楽しみにしていた。小遣いを五百円も貰ったから。

「智之、今日は金あるかい?」

無いとは返してこないが、態度から察するに全く持って無いのだろう。分かり切った答え。どうせ俺だけだよな、今日に限ってたんまりもらっているのは。ほうれ、それじゃあこうしようか。俺がお前におごってやる。但し、二人分のホットドックはお預けだ。いいだろう? ホットドックを一つ買って山分けさ。半分にして平らげればいい。そうだろう? 仕方のないこともあるさってね。

目的の場所へは徒歩で向かう。自転車もいいけれどパンクしてしまってない。正直、智之の住まいへ向かうだけでもほとほと草臥れた。シャツはお気に入りのスカイブルー。プリントはされてない。ズボンは半パンで体操着の奴。履物は島ぞうり。ありきたりの昭和感。貧乏な奴は皆してそう。

「まいどありぃ!」

ほくほくのホットドックひとつだけ。予定通りに二つに分けてから食する。ジュースもなし。二百五十円。残りはとっておきたい。いつかまた必要になるから。

「ほほ! うめえやっ!」

だろう? だってお前の方は無銭のごちそうだものな。それもそうさ。

 

「――ねえ、パーラー寄らない?」

何だか小腹が空いたと思う。佳子は今日、二千円を持ちあわせている。勿論、年下の彼へごちそうするつもり。目的はマスター自慢のコニードック。チリソースのひき肉が美味しい。それからよくオニオンリングも注文したりする。佳子は若くして野菜も大好き。

パーラーに隣接してあるテントつくりの憩いの場。そこにはアメリカンなウッドテーブルがいくつかあり、ひとつは寛之たち、ひとつは佳子たちが独占している。

本当に偶然の出会いというわけではない。まだ互いに意識していないと言えばそこまで。いちいち周囲の人間を観察するほどお互いに心の小さい人間ではない。それだけのこと。それだけのはなし。一目惚れとは無縁なのかもしれない。そうでもなかった。

「よかったら四人で楽しく話さないか?」

声をかけたのは智之の方。佳子に一目惚れしていたから。あわよくば彼氏君から奪い取るつもり。そんなことはない。そんなことはある。

陽光がまだ落ち着きを見せてない時刻。夕刻間際の西日ほど流石に暑く、しのぎにくい。テントつくりの集いの場に業務量のアメリカ式扇風機が用意されて、フィンを回しているのだけど、全く効果が無いほどに錯覚するほど、そいつは使い物にならないとさえ思った。

「ええ? 同じ中学だったのか!」

寛之たちは中学三年で佳子は中学二年生。それから彼女の彼氏は中一。校内で面識がなかったのも頷けるとおもう。広い村内には二つの中学があるが、そこら辺に関しても偶然に偶然を重ねた格好で、何だか運命のようなにおいを感じずにはいられない。そう考えると、何故だか親近感がすぐに芽生えた。

「いいなぁ! 親父自慢のコニードック食べたのかぁ! こっちはホットドックひとつを山分けだぜ? そりゃ不公平だ。あはは!」

面白い人たち。佳子は好感をもってして思う。また会いたいな、ここじゃなくてもいいから。例えば校内でだとか良いじゃない。わたしから教室へ遊びに行っても良いのかな? でもでもそこまで積極的な女子でもないし、わたし。

「あのう、またここで会えますか? 今、夏休みだし……」

小声で発する。少しだけ恋色が滲んだ甘い美声。二人は唾をのむ。勿論、答えはオッケーだぜ? 言いたいが、答えるのをやめた。かわりに親友の智之が返す。当然大丈夫さ! 何なら今度一緒に釣りでもどうだい? 坊主の釣り大会で楽しいぞ! ははは!

「釣り道具ないんです、わたし。大丈夫なんですか?」

佳子はすっかり彼氏君の事などほっぽって話しを進める。正直、年下君の彼などどうでもいい。そんなことはない。只、真剣に惚れているわけでもないから、どうしてもそうなる。気のある方向へ向くのは当然のこと。しごく当然の話。

「なら、明日どうだい? 急過ぎかな?」

「大丈夫です、よろしくお願いします」

佳子の彼氏君である庄司が割って入る。

「え? でも、僕……」

一緒に行かないのなら別に構いやしない。佳子の悪魔な心が呟く。彼の顔を向きながら

「じゃあ庄司君はまた今度にしましょう。それでいいわね?」

「う、うん……」

決まりね。もう彼とは別れの準備しなくっちゃ。悪魔が思う。意中の人は寛之さん一点。でもでも、まだ何となくだけれど。感じのいい人かなって思うから。その気持ちを自分で確かめなくちゃ。佳子は少し唇の端を上げて微笑んだ。

今日はパーラーへ寄って本当に良かったと思う。これが運命というやつなのかしら? ただ何となく店へ行きたかっただけなのに。これこそ神のお告げなのだわ。ええ、きっとそうよ。出会いは偶然ではなく必然だったのね。そこまではまだ分からないわ。だってそうでしょう? なんとなくなのよ、まだ。ええ、そうね。なんとなく、なのだものね。心を落ち着かせてみる。

よし、明日の服はジーンズにしよう。きっとテトラポットでの釣りなはずだから。そうなのでしょう? 寛之さんたち。ええ、そうね。そうに決まってるわ。

「いつも釣りをしている場所は防波堤のテトラポットなんだ」

やっぱり? 思う。それもそうよね。この辺で釣りのスポットといえばそこくらいのものですもの。言わずともながらってやつよ。うふふ。やっぱりジーンズファッションで決まりよね。

「あの、よろしくおねがいします」

「なんてことないさ。だろ? 寛之」

「あ、ああ……」

何だか寛之は親友の会話術に圧倒されっぱなしだが、時折、自分のアピールも忘れない。それに関しては上手く行ったはず。主導権を握られたとしても、彼女に惚れているのは俺の方。それはわかり切った答え。親友も気付いているはずだ。それともなにか? あいつも気があるってことなのかい? どうするんだ、三角関係みたいな感じってやつになるのか? ちょっとまずいことになりそうな予感がする。色々、気持ちが交錯しアップアップ。何といえばいい? 本物の恋というやつか? 俺。

 

「――今日の子、可愛かったな」

帰宅の途へ着いている最中、その手前で寛之の親友である智之が言う。ま、まあな。考えて返したつもりだが、ついどもってしまってどうしようもない。やっぱり惚れてしまったのだな、思う。一目ぼれというやつか? そうじゃないような気がしていたけれど。でもやっぱりそうなんだろうな。

 

「――佳子さんはあの人たちのこと気に入っちゃったの?」

年下彼氏君が心配そうにして訊いてきた事に関して佳子はやっぱりなと思う。そういう風に感じるんだ? それもそうよね、実際にそうなのだから。もうそろそろあなたとはおしまいかもしれないわね。彼らと仲良くなり次第だけれど。でもきっとそうなのでしょう。近々年下君の彼氏とは別れる運命なのよ。そう、これが運命なの。運命の人はあの二人のうち一人よ。だって今の彼氏君には運命なんか感じてないんですものね。本当に何となく付き合ってきただけだから。

 

「――じゃあ、明日な!」

ちょいまち、何時にだっけか? それについて話し合ったっけ? あはは! そうだった、そうだった! でも分かるだろ? 待ち合わせ場所はパーラーなんだし、朝から待ってればいい話だぜ。そういう問題かよ? どうする? 彼女来なかったら。時間知らないんじゃ来ないだろう? 普通に考えてみて。まあ、そうだなぁ。そうなるなぁ。電話番号くらいはメモってても良かったな、そこらへん失敗だったぜ。だな。まあいいや! とりあえず明日は八時に待ち合わせな。パーラーで落ち合おうぜ! オーケー、分かった。自転車か? いや、パンクしている。歩きだ。分かってるくせにいやらしい奴だな、お前って。むふふ、そうだな。俺も歩きだし構いやしないぜってね。彼女も歩きで来るのかな? 親に送迎されるんじゃね? ああ、そうかもな。立派なお嬢様って気質が見え隠れしていたし、だろ? ああ。

翌朝の空模様は快晴でどこまでも夏空日和。今日も日没間際まで暑さに痛いのだろう。強烈な陽光が肌に染みて焼き加減を更に辛く当たる。構いやしないさ、それが島男たちの気持ち。女といえば日焼けしないようにいろいろ工夫を凝らしている。長袖をつけたり日傘をさしたり。

「あ、やっぱり朝からの待ち合わせで良かったんですね、よかった。おはようございます」

佳子はパーラーへ九時ころのお目見え。丁度良い頃合。寛之たちは八時半にはついていた。彼女が待たしたぶん御馳走したいからとコニードックとコーラを各々へ奢ってくれた。家で朝食を済ませているのだけど、そいつは別腹。有難くいただく。

「佳子ちゃん、ありがとね。うまかった!」

「いえいえ」

喋り方までお嬢様なものだから何だか異世界の人に感じる節があるけど、まあ、だからといって遠慮しつつ仲良くする必要もない。あくまでもオープンに接し仲良くする。それが男どものルールだぜ? 言いかけて止めた。発するべきではない。嫌われないように言葉を選ばなきゃ。そうだろ? 俺。

「ここ釣れるんですか?」

男二人してニヤリとする。

「いや」

「えっ?」

「昨日話した通りだよ、魚を釣ることを目的としているんじゃなく、俺たち男どもは釣りを楽しむのがモットーなんだ。分かるかい? ベイビー」

うふふ! 佳子が笑う。むふふ! 野郎どももおかしくて笑いに満ちた世界。気持よいと感じた。男と女の友情が芽生えた瞬間でもあるような錯覚すらある。気が抜けた、しかしながらそうでもない光景。感じの良い笑いどころ。

近郊にある大きな港の規格よりも小ぶりなテトラポットが可愛いとは感じないが、それでも小学生クラスねとは思う。コンクリートでできたそいつの作り方は分からないけれど、どうやらあの港の構内でということは承知している。行って場所を観たことがあるから分かる。それでも作り方が分からないのは中に建築現場でよく見かける敷居があるから。覗けないつくり。港はだだっ広くて町一つ分くらいある。車で回らなければ周回できないほど。近郊と言っても今居る場所より遠く離れているので車以外では絶対に行かない場所。本当にたまたま父親の気まぐれで寄った位なだけ。船着き場は緑色に濁っているので綺麗な景観ともいかず、あまり好印象な思い出ではない。しかも定置網が干されているせいか、強烈なる潮の香りが臭く感じた。

「いつも港へは行かないんですか?」

訊くと

「今は自転車がパンク中でやむなしなんだよ。まあ直ってからだな」

「行ったりはするんですね?」

今度は寛之が

「いや、それでも行かないかな。滅多には」

「どうしてですか? あそこ釣り人多いですよね?」

男二人が声をそろえる

「それなんだよ、問題の話は」

なるほど。思う。二人は静かに楽しみたいのね? 誰の目を気にすることなく友情というやつを楽しみたいのだわ。そうよね、私が彼らでもそうするはずだし。佳子は年下だが、女である分、聡い。同年男子や先輩男子よりも考えは大人で落ち着きがある。そこがまた彼らにとって魅力的に感じる節があり。お嬢様ってやっぱり頭もいいんだな。しかも金持ちらしくてさ、落ち着きがあるよなぁ。帰宅の途に就くときの話し。

明日も会えますか? 別れ際に訊いた言葉。何だか積極的な自分が恥ずかしいとさえ思う。初心。解散地点のパーラーでもう一つごちそうした。髭おやじは会話に割って入らない。夕方は多忙を極める。集いの場へは顔を出せない。大型バスを改造して作ったパーラーはタイヤもついているが、それはただの飾りだと話していた。移動パーラーをするつもりはない。髭おやじの言い分はそれ。全体として白に青とオレンジのラインが入った塗装。パーラーで使用する際に変えればよかったのにとは思わない。これがまたマッチングしていて好感が持てたから。バスでは見かけない換気扇ダクト用の煙突が四角で大きくてっぺんに設けられている。横に排出するわけにはいかず作った特別仕様みたい。そんなことを聞いた覚えがある。

「もう一つ食べるのかい?」

「はい、こんどはアメリカンドックを二つください」

髭おやじが首をかしげる。

「二つ? 三つじゃなくて?」

「いえ、わたしはもう食べないんです。太っちゃうとあれだから」

親父がにんまりして言った。

「そんなことないぞ。学生さんは皆さん太るために生きているようなものだから。ほれ、一つサービスしてあげるから君も食べな」

有難迷惑だとは思わない。正直嬉しかったから。こうしたフォローに関してのパーラーの粋な所も気に入って通う理由のひとつ。当然、彼の話も面白いし。少年探偵団だっけ、いつも話すやつ。うふふ。

アメリカンドックにはあらかじめマスタードとケチャップがかけられている。包装は無い。受け取りから串をもって食べるスタイル。

「わたし、もう迎えが来てるから車の中で食べますね。ゆっくりテントで食べてから帰ってください。では、またあした。今日は楽しかったです。おやすみなさい」

可愛く斜めにおじぎをする。艶のある黒髪のロングヘア―が自然と靡いた。

「本当に可愛い子だよな」

智之がつぶやく。寛之は同調して

「ああ、そうだな」

親友がにんまりする。

「寛之、おまえ惚れてるだろう? 俺には分かるんだぜ? 吐け!」

「智之、お前こそどうなんだよ?」

「そうだな、まあ、俺には彼女いるしな。滅多に会うことはないが。しかし俺の彼女よりいい女だぜ。嗚呼! 居なきゃよかったのに! 寛之にはもったいなさすぎる! くそう! かみさまのばっきゃろー! 俺の青春をプリーズ!」

ふふ! 思う。そんなこと言いつつ応援してくれていると知れるのは、仲が良い親友だからこそ。智之のことは知り尽くしている。彼とて同じように。だからこそ直ぐに気が付いたというわけ。智之の気づきの理由はそうなのだろうな。考えるまでもない。有難く感じる。

ニスの塗られた黒土色のウッドデッキから立ち上がり、帰宅するころには日が暮れてしまいそうな気配。だいぶ薄暗くなってきた。帰りは車の事故に気をつけろよ。お互いに確認しあう。片手を上げてから「じゃあ明日な」と大きくつぶやく。またしても待ち合わせ時間のことを佳子へ言うのを忘れていたということに関しては、互いに何も言わず。分かりきっている。今日と同じ時刻頃だろう。そう考えての事。

「ただいまぁ」

いつもニコニコしている母。寛之の事を一番よく知る人物。片親で育ってから長いことなる。記憶が芽生えてからずっとひとり親。父親の顔を知らないと言えばそこまで。けれど知っている。三人で撮影した写真が残されているから。寛之がまだ幼い自分のころの奴。そいつは寝室に写真立てで飾られていた。お父さんの名前は信二ということもちゃんと覚えている。だが本人に言いたかった。おとうさん、と。時々涙が出そうになる。母親から父親とのなれそめを聞いたころあたりから。愛されていたんだなと思う。そして彼女も相当心底に愛していたのだろう。弁当屋での出会いと聞いたが、確かになんてことのない場所から始まった恋にしても、それでも二人は運命を感じ一つになった。その先で誕生した命が自分であり、彼は先に絶ってしまった。自分はうまい事生きているだろうか? 父親の示す方向へ進んでいるのだろうか? 誘われているだろうか? この先の未来とはいったい――。時々思うこと。だからこそしっかりしなくちゃな。高校へ進み、出来れば大学へ進学したいけれど、そんな金は無い。母親は高校へ進めとうるさいが、正直考えると中卒から家計を助けるべく働きたいとも思う。でもどうなのだろう? それは違うような気がする。天国から見守る父親の言い分としてはそうなのだろう。

今夜の夕食も質素。最低辺の貧乏家庭。色々福祉なども利用していると聞いた。僅かばかりの小遣いがあるだけでも有難く感じる。だからこそ無駄使いは出来ない。

「おかあさん、明日も釣りへ行くけど小遣いはいらないから」

どうして? お昼はどうするの? 弁当にする? お手製の奴だけど。おにぎりでいいかしらね?

「いや、奢ってもらうんだ。もしくはそれどころじゃないから」

どういうこと?

「食欲が無くなるってことだよ、暑すぎて。ほら、釣りポイントには影が無いから」

なるほどね、でもまって。奢ってもらうってなに? あなたそこまで人を利用しているの? そんなことはお母さん許しませんよ。自分のご飯はちゃんと持っていきなさい。塩おにぎりだけど、いいわね?

「一応持っていくけど、彼女なら多分、今日みたいに三人分の弁当持ってくると思う」

「彼女? 女の子も一緒なの?」

ああ。

「あら、やだわ。みっともない子ね。女の子に頼るなんて」

でも彼女からわざわざ持ってきてくれるんだ。俺が言ったわけじゃないし、有難くいただいて何が悪いのだい? 逆に失礼じゃないか。

「まあそうだけど。でもあれね、凄くいい子なのね」

まあな、知り合ったばかりだけど。

「交際しているのでしょう?」

いや、まだそんなんじゃないから。え? どういうことなの?

「だから、まだ友達なんだよ。只の」

なるほどねぇ……。いずれはってことね。うふふ、まあ、がんばって。

「おかあさん、一言多い。もしくは余分」

うふふ、どんどん大きくなっちゃって。お父さんに今のあなた見せたいけど、いっちゃったのよね……。天国に。ああ、お母さん、また何だか眠くなっちゃったみたい。食事済ませた後は食器洗いお願いね。すこしやすむわ。

「わかった、おやすみ。ゆっくり休んで」

時刻は二十時を回っている。夏場なので日没が十九時と遅く、いかんせんその分、帰りが遅れてしまった。腕時計は無い。しかし佳子は身に着けていた。彼女は気を使って黙っていたのだろう。親がもう既に迎えに来ていたのに待たせていたくらいだったから。

何だかぐったりしている。一日中、陽にあたっていたせいもある。そうでなくとも幾分、佳子に気を使っていたことも。考えてみれば今日は無難だった。恋愛の駆け引きをしているわけではないが、なるたけ慎重に行きたいとは考えている。しかし一目惚れ。それについて己自身は半信半疑で認めてはいないけれど。何となくそんな気がしているのは確か。

とりあえず風呂に入ろう――。

湯船に入ってくつろぐことはしない。まだそんな年ではないから。長風呂の良さが全く分からない。シャワーでさっさと済ませてさっさと上がる。それが一番。今夜もそれ。シャワー室はトイレと兼用。仕切りの壁は無い。一画の端に洋式便器がポツンとあるつくり。最近までは和式だったが、国が全額負担してくれる防音工事にて取り換えられた。あたりには未だに汲み取り便所の一軒家も散見される。水色カラーのバキュームカーはほとほと見慣れた存在で、その臭さもおなじみ。

シャワー室のタイルはアイボリーではなく水色。土間のタイルだけモザイク調の青色。狭い空間ではないけれど、広いとも言い切れない。2LDKのアパートは結婚当初からだと聞いている。父が他界後も引っ越しをしなかった。

母親はケーキ屋のレジで毎日働きつつ、スーパーのレジも時々している。今日はそのレジが無かった。だから今居る。母親の帰りが遅く、居ない日は、自分で夕食を作る格好。その際は決まって塩おにぎりと熱いお茶。〆でお茶漬けにして平らげるのがいつものこと。それからたまにゆで卵がざるに盛られて食卓に置かれてあったりする。そいつに味塩のふりかけをつけて食べるのが好き。

「――おかあさん、今夜の夕食はいらないから」

「あら? 佳子。どうして?」

「だって太っちゃうから。車の中でアメリカンドック食べたし」

「なるほどね、もうそんな年ごろなのかぁ。でもね、今は育ち盛りだからちょっとふっくらするくらいが丁度良いのよ?」

「やだ、ちょっとでも少しでも太りたくない。ぜったいに」

「あらあら、はいはい。分かったわ、好きにしなさい。佳子の分はお父さんに食べてもらうことにするわね」

「お風呂入ってくる」

「お湯張ってるから、ゆっくりね」

「うん」

「あなたはやっぱり私たちの娘ね、若い自分から長風呂が好きだなんて。夏場でも入る家庭は珍しいことなのよ。だって沖縄は酷く暑いんですものね。日焼けしていると尚更お湯が駄目になるのだけど。ほら、日焼けしていると熱いお湯が痛いでしょう? だから。もし熱く感じたら水足して温くして構わないわよ。お父さんのはまた新しく入れなおすから」

白石家の風呂場はちょっと贅沢な造り。タイルは大きいサイズのスペインタイルだと話を聞いたことがある。椅子に座って目の高さ位に綺麗な三つ葉デザインのラインタイルも施されている。湯船も大きめで、大人でも足を十分に伸ばせるほど。佳子は足の先が届かないので油断すると溺れそうになる。湯の温度は四十二度。

身体を磨いて湯船に浸かったとたん、今日の出来事を一つ一つ回想する。楽しかったな……。最終的な結論と感想はそれ。暑苦しかったけれど、一日が楽しいものであったのならば良しとする。それが脳を伝達する思考からの答えでもあり自身に納得のいくこと。でももうすこし二人と仲良くなりたかった。まだまだ気を使っちゃって正面を向き合っているとは言えないんですもの。当然よね。

出会ってから二度目の会話。それもそうだろう。馴れ馴れしくはご法度のつもり。互いにそう接しているかのようだったから。でもでも、それでも彼らは思いっきりオープンだったけど。でもあれよね、もっと親しくなると今以上ってことでしょう? それって凄いことよね、なんだかすごく楽しみ。明るい未来が待っているような、何だかそんな気持ち。わたしったらやっぱり恋に落ちているのね。今はまだ選ぶ権利も何もないからだけど、いずれよね。思わず口元までお湯に潜ってみた。

 

「おはようございます! 今日も早くから待ってたんですね。あの、すみません。待ち合わせの時間を昨日も聞いてなかったから、何となくできちゃいました」

「いいって、いいって! 俺達もさっき来たばかりだし、なあ? 寛之」

「ああ、そうだな。佳子ちゃんは気にすることないよ。時間を言わなかった俺たちに責任があるし、大丈夫だ」

「そういってもらえると嬉しいです。あの、朝食は取りましたか?」

「まあ、とってから来たけど? おごってくれるのかい?」

「ええ、もちろんです。今日は昨日よりも多めに持ってきたので、昼食は弁当ではなくて沖縄そば屋へ行きたいのですけど、いいですか? わたしがお会計出しますね」

「うそ! ほんとうに? えぇ! そば屋のそば食べれるの?」

「はい、よければですけど」

「全然ありがたいよ! なあ、寛之」

「ああ、そうだな。ありがとう佳子ちゃん。感謝してるよ」

「いえいえ、せめてものお礼です」

「仲良くするのにお礼なんか必要ないのに。本当に良い子だね、佳子ちゃんは」

「わたしだって悪い女の子なんですよ?」

「ほんとかなぁ?」

「ええ」

「どんなふうに?」

「たとえば昨夜の夕食は食べなかった悪い子だったりなんです」

「お母さんがせっかく作ったのにってやつかい?」

「はい。アメリカンドック食べたから」

「ああ! なるほど!」

「あまり太りたくないんです、わたし」

「うん、うん!」

「スレンダーが佳子ちゃんには似合っているからね」

「今日はスカートで来たんですけど大丈夫でしょうか?」

「大丈夫、大丈夫! 今日は砂浜でやろうって話になってるから」

「砂浜でも釣れるんですか?」

「キス釣りというやつだよ。キス知ってるかい?」

「恋人同士の奴なら。魚のことはあまり知らないんです」

「そっか、キスは美味いぞぅ! 天ぷらと刺身が最高なんだよ」

「本当に釣れるんですか?」

「いや、それについてはノーコメントを貫きたい」

「うふふ! そうなんですね」

「まあ、雰囲気を存分に楽しむのが目下の目的だから」

「うふふ! なるほど、なるほど。うふふ!」

「まあ、しかし本当に釣れるかもだから、まずはゴカイ拾いから始めよう」

「ゴカイ?」

「キス釣りの餌になる。砂浜を掘って探すんだよ。グロテスクだが大丈夫かい?」

「触らなければ大丈夫です」

「針に餌をつけるのは俺たちが担当してあげるよ」

「はい、ありがとうございます」

「沢山甘えてもらって構わないから。なあ、寛之」

「ああ、当然だよ」

「うれしいです」

「なんてことない。それじゃいこうぜ!」

「はいっ!」

パーラーから段ボールを頂くことを忘れず、砂浜へ向かう。そいつは尻に敷く用途で使用する。抜かりはない、三人中、女の子一人だから。彼女のきれいなスカートにシミが付けば大変だし、あとで沖縄そば屋へも行く。着ている格好を極力汚したくはない。佳子の方は最初から今日に限り観るだけを目的としていたのか、日傘を持参していた。日焼け止めのボディークリームも塗っている。話していなかったが、彼女の白魚のような美肌を確認すれば言わずともながらわかること。

目的の砂浜は真っ白というわけではない。湾の中というよりも岩礁のリーフ内なので海中も緑色に濁り付いており、砂浜も少々薄黒く汚れている場所。そこがキスにとっては高環境だと二人は話していたけれど、佳子にしてみればそんなのどうでもよかった。三人で会話を楽しめればいい。それだけのこと。それだけのために来た。

「今日も楽しかったです」

別れを告げた後、送迎の車に乗り込む。ホルクスワーゲンはまだ現役。外見のみならずエンジンも丈夫だとお父さんは言ってたっけ。ほら、外国のメーカー品だからって。なんでも第一次世界大戦のころからあったメーカーらしくて、ドイツ軍の軍用車としても活躍していたみたい。わたしにはどうでもよかった話だけれど。

夕食はハンバーグステーキ。お手製の奴。これがしごくうまい。お母さんはとても料理上手。お父さんはそこも気に入っているみたい。でも本当に仲の良い夫婦だと思う。中々ないわよね、こんな家庭。わたしって本当に幸せ者だわ。だからこそ友達になった彼らにも幸せのおすそ分けとして沢山、御馳走したいなって思うの。

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