連載小説 愛するということ 56

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突然、正樹の携帯が鳴った。番号は香織。正樹は携帯を持った。

「はい、もしもし」

「“あ、正樹さん? 私、香織”」

「ああ、香織。どうした?」

「“うん、ちょっと話したくなって……御免ね。疲れてる? ”」

「いや、大丈夫だよ」

「“今ね、駐車場に居るの。少しだけで良いから会って話したくて……駄目かな?”」

「うん、分かった。今下りてくるよ。ちょっと待ってて」

「“うん。ありがとう”」

「それじゃ、切るよ」

「“うん、待ってるね”」

正樹は電話を切ると一階へ下りて外に出た。

香織は車から降りて玄関口で待っていた。

「正樹さん!」

すぐさま香織が正樹へ愛しく抱きついてきた。香織はとても良い匂いのするブルガリの香水をつけている。正樹はその香りに無意識にも恍惚した。

「今週、正樹さん仕事遅くて事務所に来ないから、それで会いたくなって……。御免なさい。でも私、正樹さんと土日以外でも会ってないと、どうにかなっちゃいそうで」

「そっか……」

この時、正樹は香織がとても可愛く思えた。

香織は少し火照った頬を正樹の胸元に当てたまま続けた。

「御免ね、仕事で疲れてるのに。怒ってる?」

「いや、怒ってないよ。とりあえず、車の中で話そう」

正樹は申し訳なさそうにしながらも言った。彼は未だに自身の部屋へ香織を入れることを躊躇していた。香織はそれを思いきりに気にしては居たが、気持ちを堪えてそれに対していつでも何も言わなかった。

二人は駐車場へと行き、香織の車の中へと乗った。車の中には香織の好きな洋楽のバラードが流れている。二人は少しばかりその音楽に聴き入った。正樹から先に口を開いた。

「今、香織に似てる女優が出演してるドラマやってたよ」

「え? 私に似てる人? えっと、今日は木曜だから、多分……。え? 嘘! もしかして山本レナ?」

香織はとても驚いた反応を見せた。両手で女性らしく口を隠している。

「うん。多分その名前の人だと思う」

「もう、正樹さん褒めすぎ。全然似てないよ。でも嬉しい」

「いや、似てるよ。恵にも」

「え? 恵?」

「いや、違う。何でも無い」

正樹は咄嗟に誤魔化した。一瞬だが、陰気な空気が車内に行き届いた。しかし、香織はそれ以上知らない女性の名前に触れる事はなかった。彼女は恵の名を一瞬で忘れたかのように話を戻して喋った。

「でも、山本レナって、前からちょくちょくとはCMに出てたんだけど、テレビで売れ出したのは去年からで、それまでは舞台の方をしてたみたい。そう言えば、年は私と同じで、同じ東京出身――」

東京出身? やはりあれは恵ではないのか。正樹はふとそう思った。

「――ねえ、正樹さん。聞いてる?」

「ああ、御免。御免」

「もう、ちょっと油断すると、すぐ他の事考えるんだから。正樹さん酷い」

可愛く怒った顔をする香織に対し、正樹は苦笑いを浮かべた。二人の乗る車内に、更にムードのあるバラードが流れ始めた。再び二人は音楽に聴き入った。少しばかり沈黙が漂う。今度は香織から言葉を発した。

「正樹さん。キス、したいな……」

香織はそう言うと、正樹の方へと瞳を閉じてキスを迫った。正樹はそれに応えるように、狭い車内で体勢を整えてから唇と唇をそっと合わせた。浅いキスの途中、香織が正樹の脇辺りを両手で弱々しく握った。そして、口紅をつけた唇から舌を出して正樹の口の中へと積極的に入れてきた。香織は更に正樹の舌へと官能的に絡めて行く。正樹はそれに同調して、彼女の舌へと優しく巻きついた。キスは香織が止めるまで長い時間続いた。これで香織と濃厚なキスを交わしたのは何回目だろう? 今、こうしている間に、正樹の脳には恵とのあの熱いキスの場面が色濃く浮かびあがっていた。彼は今、恵とキスを交わしている感覚に陥った状態で、香織に絡み付いている。

「それじゃ、今日はもう戻るよ」

キスを終えて、しばらくしてから正樹が言った。

「うん、今日はありがとう」

二人酔った時間の夢世界から、まだ抜け切らない様な顔をした香織が、かすかに大人の色気と恋しさを感じさせる声で言った。

「それじゃね」

正樹が車から降りてドアを閉めた。そして寮の玄関口へと歩きかけた。その時。

「正樹さん!」

車から少し急いで降りた香織が正樹を急に呼び止めた。正樹は香織が寮の玄関口まで送ろうとしていると感づいた。正樹は半分だけ振り返って発した。

「ここで良いよ」

「あ、うん……。あ、あの、正樹さん」

違ったか? 一瞬正樹はそう思いながら「うん?」と香織に言葉を返してみた。

次の瞬間、香織はとても悲しそうな顔をして言った。それはたまらない表情。

「正樹さんは、正樹さんは何時も、誰を見てるの?」

正樹は正直、こんな香織を見たのは初めて。彼はあまりの突然さに思考を巡らせる事が出来ないまま思わず返した。

「え?」

正樹は彼女が何を言いたいのか、この時は理解できなかった。香織は訊いてはいけないことを口にしてしまったと言わんばかりに首を横に何度も振った。

「ううん、ごめんなさい。何でもない。それじゃ、おやすみなさい」

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