無料小説 処女作品@「愛するということ」最終章 =49=

愛すると言う事~最終章

朝の六時を過ぎた頃、二階の部屋で正樹は目を覚ました。もう一つと言える此方の世界の自分との一体化は記憶と共に無事完了した。開いた窓から辺りに残された夜風が部屋の中へと入り込んだ。どうやら此処の自分は中学二年で、そしてまた、とある町に越して来たばかりだと言う事が、この世界の正樹の記憶から分かった。今日から新しい学校に通う事になっている。新たなる青春時代の始まりに正樹は心を浮き立たせた。七時になった。正樹の母親である靖子が部屋の扉を開けてきた。

「あら、もう起きてたのね。おはよう」

母親と父である次郎は生きている。そしてまた、この世界では弟の亮も病気で亡くなっては居なかった。正樹は喜びに満ちた気持ちで言った。

「おはよう、お母さん」

正樹は洗顔を済ませて身支度をした後、中学三年になる次男の学と中学一年で四男の亮と共に朝食を取った。もう一つの運命を知らずにご飯を食べている亮の姿を見て、正樹は再び幸せを感じた。朝からにやにやとしている正樹の様子に、靖子達は何やら変を感じた。昨日までの正樹とは何かが違って見えたせいもあったのだろう。しかし、正樹が夜中にもう一つの自身と一体化したという事実を知ることは勿論なかった。

朝食を終えてから、靖子の運転する車で転校先の学校へと向かう途中、学そして正樹と亮は道を覚えておくようにと言われた。しかし、今日までは迎えに来ると言うことだった。長男の豊は引っ越す前からバスで通学しているのと、越してきたこの町からも通っている高校は離れていると言うわけではなかった為、転校することもなく正樹達よりも先に家を出て一人でバスに乗り込み登校していた。

正樹は車窓の外に見える光景から、此処は智彦の住む町だと言うことに再びと気付かされた。脱走の途中で歩いたあの道が向こう側に見えている。この辺りは高い丘の丁度天辺辺りに位置しており、山伝いに続いた道が西と東にそれぞれ分かれていた。今、その交差点を過ぎた時、正樹は本当にもう一つの世界へ来たと言う事を実感し、そして改めて不思議な気持ちになった。今日から智彦と同じ学校に通う――つまりは、脱走の時見た光の幻や暗闇の空間で見たこの世界の未来は確かな現実だったと言うことだ。正樹はこれから新しい学校に通うという事にではなく、これから訪れるこの世界の運命に対して重い緊張を覚えた。

靖子に連れられた三人は、学校の建物の中にある相談室に着いた。教頭の呼び付けで各自担当する教師が集まり軽く挨拶を交わし合った。正樹を担当する先生は小宮山正治と言う太った体格をした男だった。

「起立! 礼。おはようございます」

 日直の号令から一斉にクラスの生徒達が挨拶した。向かい合って教壇の側に正治先生と立つ正樹の耳には、その言葉の響きはとても大きく感じられた。

「はい、おはようございます」

 担任の正治先生が返す。着席をした生徒達の間で正樹についての囁きが多重に聞こえてきた。

「今日はね、出席を取る前に紹介したい子が居ます。昨日も話していたと思いますが、今日からみんなの仲間になる転校生の松田正樹君です。それじゃ正樹君、自己紹介しようか」

正樹は緊張の表情を浮かべながらも口を開いた。

「北山中学校から転校してきました松田正樹です。宜しくお願いします」

「はい、これからみんな仲良くするように。それと、みんなの自己紹介は後ほど行いますが、一応休み時間にでも声をかけて自分の名前を教えるようにして下さい。それじゃ正樹君、向こうの一番奥の席に座ろうか。うん、行って良いよ」

正樹は正治先生が指さす方向を見た。確かに窓際となる一番奥の席が一つ空いている。ふと、これからパートナーとなる隣の席の女の子が彼の目の焦点に入った。瞬間だった。正樹の見る視線が硬直を成して驚愕した。何と言うことだろうか。紛れもなく確認をした其処には一つ年下ではなく同級生の恵の姿があった。恵! 正樹は思わず口に出しそうになった。が、もう一つの自分がそれを拒んだ。この世界に居る正樹自身は初対面だからだ。当然、恵の事など知るはずもない。が、しかし、愛おしい感情は同じだった。この世界の正樹も一目惚れしていた。正樹は席に着いた。すると、とても懐かしい美声が彼の耳に聞こえた。

「あの、はじめまして」

恵は正樹の顔の様子を見てから続けた。

「あっ! あたしの名前は上村恵。よろしくね」

「あ、うん、よろしく……」

 もう一人の正樹が恥ずかしそうに返した。

「ねえ、正樹君だっけ?

「うん」

「正樹君って何処に住んでるの? 教えて」

「あ、俺の住んでる所は、山根総合病院の近くにある分譲住宅地なんだけど――」

 この世界の正樹の記憶から彼はそう答えた。途端だった。

「ああ! 知ってる。あたしの家も其処の近くだよ」恵は言った。

それから彼女は、正樹の耳元へと近づき小声で続けた。

「正樹君、良かったら今日一緒に帰らない? 学校までの近道教えてあげる」

「ああ、ありがとう。でも今日は迎えが来るから」

「ええ、嘘? ほんとに?

 言って、恵はがっかりとした表情を見せた。それを察した正樹は、何だかとてもたまらない気持ちになった。

「……いや、でも歩いて帰った方が道も覚えやすいし、その方が良いな。帰り、学校の待ち合わせ場所で弟か兄貴にそう話しておけば大丈夫か」

 正樹は撤回するように独り言を呟いた。それから彼は恵に向かって続けた。

「やっぱり一緒に帰ろう。よろしく」

 それが二つある正樹の素直な気持ちだった。

「良かった。断られたらどうしようかと思った。嬉しい」

恵が頬を赤らめた。それを見て正樹は再びと彼女を愛おしく思えた。実は恵も一目惚れだった。二人はこの世界でもお互いを出会った最初から特別に感じていた。それが運命だった。

朝の会が終わった。と、同時に一人の男子生徒が恵の所へと来た。智彦だった。正樹は流石に驚きの表情を隠しきれなかった。智彦がそれに対して不思議そうにしている。それを恵は見て何か特別な物を無意識に悟った。しかし、それが一体何なのか彼女には分からなかった。智彦は正樹に少しばかり戸惑いながらも恵に言った。

「恵、やっと席が埋まったな」

 そして彼は、直ぐさま正樹に顔を移し続けた。

「あっ、俺の名前は佐々木智彦。よろしく」

「ああ……、よろしく……」

 正樹は動揺を抑えきれないままに歯切れ悪く返した。一瞬、その場の空気が静まった。見かねた恵が話題を持ち出した。

「智彦、正樹君も近くに住んでるんだって。ねえ?

 言って、恵は正樹に微笑んだ。

「へえ、ほんとかよ?

 智彦は目を丸くし少々大げさに驚いて見せた。

「智彦とは隣近所なの」恵が正樹に言った。

「まあ、隣って言っても恵の所の敷地はもの凄く広くて実際は少し離れてるけどな。見たら驚くと思うけど、こいつの所の土地は森一個分くらいあって、門に行くまでも距離があるし家も庭もでかい。こう見た目は貧乏そうだけど、実はお金持ちのわがままお嬢様って訳さ」

「一言多いです」

 恵はそう言って智彦を睨んだ。正樹は思った。隣近所? 確か智彦の家に行く途中、森の中へと続いている様に見えたもう一本の道があった。もしかすると、あの道の先に恵の家がこの世界ではあると言うのだろうか? 智彦が正樹の肩に手を置いて発した。

「それじゃ正樹、今日は一緒に帰ろうぜ」

 言われて、正樹は思考から我に返った。

「残念でした。正樹君は今日あたしと一緒に帰ることになってるから」

 言って、恵は舌を出した。智彦が不機嫌そうに返した。

「なんだよ、それ。まさかお前、また勝手に決めたのかよ? 全く、これだからわがままお嬢様は……俺も一緒に良いだろ?

「勝手にすれば。知らない」

 智彦から顔を背けて恵は言った。

「それじゃ決まりだな」

 恵の肩にも手を置いて智彦はニヤリとして見せた。正樹は二人のやりとりを見ていて何だか可笑しくなった。そして思わず笑い声を口から溢した。――嗚呼、なんて此処は平和なんだろう。正樹の笑みは、実はこの世界の幸せから来ていた。しかし、恵と智彦に理解されるわけもなく、二人は正樹に対して少しばかり呆気にとられた。直ぐさまそれに気付いた正樹は言った。

「いや、御免。二人とも本当に仲が良いなと思って」

「正樹君、誤解してる! あたしと智彦、全然仲良くなんかないよ」

 恵は、慌てて肩に乗る智彦の手を払って正樹にそう言葉を返した。

「そうだそうだ! これは心外だよ、正樹君。謝りたまえ!

 智彦が冗談交じりに同調した。正樹はこの幸せな世界に今後訪れる運命を忘れた。外から明るい日射しが教室の中にまで入っている。それはとても心地よく三人を取り囲み、これから始まる友情を芽生えさせるには十分な光だった。施設ではなく普通の人と同じくして生きている事の素晴らしさに、正樹の表情はとても明るかった。

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