無料小説 処女作品@「愛するということ」第八章 =46=

正樹は今、夢とも現実ともいえない世界の中に居た。それはとても暗く寒い空間。正樹は其処で、自分のこれまでの人生を見た。只、漂うような感覚が今、皮膚の表面全体から感じる。正樹は暗闇に限りなく近いこの空間に一つだけ灯された光の中を、今、静かに覗いていた。光は、彼自身の記録を全て配列し映し出した物体。それはまるで、螺旋を描くDNAの様に、一つ一つの記憶が下から上へ繋がり捩れて伸びていた。光によく目を凝らすと、その中には、これまでの自分の記憶には無い記録が潜んでいる事に正樹はふと気が付いた。が、しかし、それでも今の正樹は、無表情に只それを含めて眺めているだけだった。途中、魂であろう正樹自身の一部が小さく千切れ、そして、一つの光景の中へと消えた。直後、入り込んだ場所となる光景が、全体を描いて脳裏へと鮮明に浮かび上がった。正樹は瞳を閉じてその光景だけに集中した。

そこは小さな島だった。海の向こうから吹き付けるとても爽やかな風から、潮の香りがほのかに匂う。島の中央に位置する小高い丘には、白く大きな灯台が見えた。幾つかの家々から一直線に伸びた先に広がるとても青く澄み切った海。渚が奏でるささやかな波しぶきは、その光景にとても合っていた。正樹はこの島で中学生の恵に会った。靡かせる長い黒髪に遠くを眺めている横顔。彼女は小さな学校近くの浜辺に、一人座っていた。正樹はこの夢の様な意識の中、口を閉ざしたまま恵の隣に座りつつも、景色がとても広いこの場所で、恵と同じように遠くを眺めては少しばかりのぼんやりとした時間を過ごした。恐らく正樹が隣の恵に言葉を発しても返事はこない。正樹は無意識にも、自身が幻であることをあたかも最初から悟っているかのようだった。少し時間が経過したところで、突然とこの世界全体の映像がかなり滲み出しはじめた。正樹はハッとして気がつき、周囲を素早く左右に見渡した。すると、世界は再びと滲みから元に戻った。だがしかし、今居る世界は先ほどとは全く逆の夜へと変貌ており、また、先ほどとは異なる場所になっていた。どうやら時間と場所が瞬時に入れ替わったらしい。正樹は心底から驚きながらも我に返りそう悟った。此処はちょっとした集落の端にある民家の裏辺りだろうか? 正樹は今、少し宙に浮いた状態で上から周囲を確認している。それから彼は地上へと足をつけた。ちょうど目の前は、民家のある部屋の外に位置していて、部屋の明かりが窓から何気なしにこちら側へとこぼれている。そして、その窓の隙間から、誰か大人の男性一人が正樹に気付くことなく身を潜めて中を覗いていた。どうやらこの者は変質者らしい――と、正樹は直ぐに勘付いた。正樹は試しに声を出そうとした。が、しかし、その時だった。突然、男は窓の隙間から目を離し、この民家から何件目かの家へと足音を殺しながらも、しかし急ぐように正樹をすり抜け逃げて行った。

「誰?

 一足遅く女が部屋の窓を思い切りに開けて顔を覗かせた。恵だった。正樹は突然のことに驚きの表情を浮かべた。彼は思わず壁をすり抜けて恵が居る部屋の中へと入り込んだ。部屋には、恵の他に誰かは分からない大人二人が居た。家主夫婦だろう。それは考えるまでもなかった。恵の話し方から察するに、その夫婦は恵のいとこか何かなのかと正樹はふと思った。施設を出てから恵へ会いに行ったとき、園長から聞いていた話とこの時を彼は結びつけないで居たのだ。いや、突然のことで思い出せなかった。夫婦は里親だと正樹が気付いたのは、その後の話からだった。恵は家の主達に今の出来事を話している。すると、何と言うことか、健二と姉の小百合の事がいきなりと話題に出てきた。そして正樹は、健二の姉である小百合が里親に出ている最中に自殺したと言う事を此処で初めて知ったのだった。正樹は殴り合いの喧嘩の後、健二に吐き捨てた言葉を思い出した。「お前は人生も含めて全部クズだ。もしかして、姉貴もそうなのか?」――あの時、腹を立てた健二の顔には、深い悲しみもうっすらと確かに見えた。事を知った正樹は、とても深く心が痛んだ。恵が突然、とても哀れみに満ちた感情で泣き出した。

「何て可哀想な人なの……。壊されて、盗まれて、無くして……、幸せが見えなくなって……、過ちが間違いじゃないだなんて……。辛かったのよ。そうよ、健二のせいなんかじゃない」

 恵は号泣しながらも懸命に言葉を発していた。

「恵――」

 正樹は思わず声を溢した。しかし、当然それは恵には聞こえない様だった。正樹には恵が何の事を言っているのかが分かった。そして彼は、その恵の優しすぎる姿に改めて思い切りに心を打たれた。若くして最悪とも言うべき形で最愛の人を亡くした途方もない苦痛は、恵にも正樹にも気持ちがよく分かる。施設という他人ではとても癒すことが出来ない寂しさの中で、健二にとって姉だけが優しさと温もりを感じる最後の存在だっただろう。それが奪われたように目の前から突然と消えた。健二は良くて性格が荒れてしまった訳じゃない。たとえ大罪でも、全ては狂わされた運命が犯した罪――これは夢か現実なのか分からないが、正樹も恵の気持ちに合わせるように、そう思う心を持ち、そして健二がいつか悔い改め報いる事を願いながら彼を許す事にした。恵は側にいる大人の女性に訊いた。

「恵美おばさん、もう一つの姉弟は幸せに生きてると思う?

「勿論よ。天国と地獄があったとして、二つが全く同じなんてことは無い。小百合ちゃんはね、きっと天国で幸せになってるはずよ」

 正樹は恵がもう一つの世界の事を指していると察した。正樹はまた同じ様に、もう一つの世界の健二と小百合が、どうかとても幸せであるようにと心から願った。正樹は無意識に再び外へフッと抜け出ては、最初居た位置に立った。そして、まるでこの光景から薄れ行くように、そこでゆっくりと目を深く閉じようとした。その時だった。誰? 恵の心の声が正樹の耳に届いた。正樹は、はっきりと届いた声で目を覚ましたように意識を再びとこの世界に戻した。恵は玄関から外に出て、正樹の立つ場所まで急ぐように回り込んできた。そして彼女は、彼の目の前で立ち止まった。この時の恵は正樹が完全に見える様子だった。正樹は一瞬戸惑ったが、口を開いた。

「久しぶりだな、恵。……元気そうで、良かった」

「……あなたは、誰ですか?

正樹はその言葉にハッとし、そして今の自分自身は一体何なのかを考えた。答えは出なかった。恵は相手が正樹だと言うことに、まだ気付いていない。いや、気付いては居たが、まさかという気持ちの方が大きすぎたのかもしれない。

「お、俺は……」

 正樹はそれ以上の言葉を発せなかった。何処までも優しい恵は、正樹に言った。

「……怪我してるみたい。大丈夫ですか?

恵がそっともう少しだけこちらへ近付こうとした。その瞬間だった。正樹自身が中学の頃の自分とノイズがかかったようにして何回もブレた。それはあたかも自分の体が「俺は正樹だ」と発しているかのようだった。恵は目を大きく見開いた。

「――正樹!

 相手は正樹だと知り、彼女が思い切りに言葉を放ってきた。正樹は返事しようとした。が、しかし、それと同時に、彼はこの場所から突然と消されてしまった。

 正樹は空間の中で再び目を開いた。今のは夢だったのか? 正樹には分からなかった。一呼吸置いたあたりで、またしても正樹自身の一部が痛みもなく小さく千切れた。そして先ほどと同じ様に、一つの光景の中へとそれは消えて行った。今度はなんだろう? 正樹は再び、先ほどと同じく目を深く閉じてみた。

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