無料小説 処女作品@「愛するということ」第七章 =43=

あれから三ヶ月が経った。この島にも急な冷え込みから冬の気配がやっと届いた。中学生徒は夏服から冬服へと衣替えとなり、シーズンオフを迎える海辺の何処も元々少ない観光客の姿が全然見られないようになった。海は毎日しけた顔を見せては、夏のいつもよりも力強く白波を打ちつける。風上から飛んできた海鳥が何処か寂しく遠くを眺めていた。恵は今日、最終的な決断をするつもりだった。今、隣には、家に前泊まりした園長先生が居る。昼前に二人で海を眺めに来ていたのだ。プロダクションの男達との最後の話し合いは午後からとなっている。それまでに少しだけ空いた時間を二人きりで恵は話したかった。園長を含む島での話し合いは今回で三度目だった。これまでに学校の事、過去の事に関して話し合いがもたれている。プロダクション側はこれまで、恵が心配していた気持ちに対して皆最初は同じ素人だと言い、そして過去に関しては出身も含め全て伏せると言明した。学校の事に関しては高校から都内の私立学校へ進学させるとの話で、恵の懸念は全てかわされた形となっていた。二回目の話し合いの後日、園長は恵に話していた。この島には残念ながら高校がなく、進学するならば強い決断が迫られる。高校へ行かずにこの島に残るか、あるいは施設に戻りそこから進学する事も一つの手。しかし、施設に戻る事に関しては、恵が一番望まない事だと言う事は良く分かっていた。恵と園長は長い砂浜をゆっくりと歩きながら色々な会話を交わした。その後、二人の間に少しばかりの沈黙が漂った。園長は、近くにいた海鳥が向こうへと逃げるようにして飛んでゆくのを遠目に見ながらその沈黙を破った。

「恵君、君は私に言ったこの言葉を覚えているかな?

「はい、なんですか? 園長先生」恵は砂浜に転がる珊瑚の欠片や漂流物などを見ながらそう返した。

「二つの世界が一つに見えた瞬間とか言う話しを君が私にしていた時の話なんだが」

「あ、はい。初めて此処に来た時の事ですよね?

 恵の言葉に園長は頷いた。

「確か君はあの時正樹君が二つを見たって言ってたね?

「はい」

「そのことに関してなんだが、君の言う話しが最近何となく分かってきたんだよ」

恵は思わず足を止めた。それに気付いた園長が恵より行き過ぎた位置から振り向いた。園長は話しを続けた。

「不思議な事に、私も最近たまに夢で見るんだ。もう一つの世界をね」

 園長はそう言ってから海側へと恵に対して横に向いた。

「しかし、これがまた奇妙でね。いや、これ以上話すのは止めておこう」

園長はすこし苦笑いな表情を浮かべて足元へと顔を俯かせた。

「……園長先生、実は私も見た事があるんです」

園長は横目に微笑んで見せた。園長は再び恵の方へと完全に向いた。

「そうだね。じゃなきゃ君は正樹君の話を信じない」

恵は遠く弱いながらも太陽の眩しい光に照らされた目を細めながら訊いた。

「……園長先生、気付いていたんですか?

「夢の中で見ただけです。君たち二人をね」

恵は驚きのあまり返す言葉が見つからなかった。園長は話を少しだけ変えた。

「そう言えば、ずっと前に正樹君が君に会いに施設へ来ていたよ」

「え?

 恵は突然の話に、一瞬、頭の中が真っ白になった。

「彼が来たのはちょうど君がこの島で事件に巻き込まれた直後でね。それで君に話せなかったんだ。精神的に余計辛くなると思ってね」

 園長は申し訳なさそうに言った。

「……正樹が、正樹が私に会いに来ていたんですか?

園長は頷いてから恵の視線を逸らすようにまた海の方を向いた。

「最近、養子先へ電話を掛けてみたんだがね。正樹君は転校した学校で卒業した後、すぐに東京の方へ就職に出たそうだ」

「東京?

 この瞬間、恵には正樹が途方もなくずっと遠くに感じた。二人の間に再び沈黙が少しだけ漂った。恵はふと園長の頭上に広がる向こうの空を見つめた。ちぎれた様な幾つもの雲が足早と風に流され、もっと遠くへとこちらから消えてゆく。彼女はふと母の言葉を思い出した。――それは何時か必ず訪れる。しかしこのままでは、この雲の様に、正樹は知らぬ間にどんどんともっと遠くへと流され、そして遂には完全と見えなくなってしまうのではないだろうか? 恵はこの先行くべき自分の道が見えたような気がした。

「園長先生……」

「ん?

「私、中学卒業したら東京に行きます」

「そうか……」

 園長は深くそう発した。

「私、嫌なんです。これ以上、ずっと遠くに感じたくないんです」恵は涙目になった。

「……正樹君のことだね?

「はい……」

園長はふと恵の顔を見た。そして恵の瞳に涙が溢れている事に気付いた。すぐに彼女の涙が一つ零れた。園長は再び視線を海の方へと逸らしてから言った。

「……行きなさい。そして運命を感じれば良い。大丈夫、光はいつかきっと目の前に見つかるはずです。世の中は全て祈りから現実となる。それを信じて、これからも生きていきなさい」

「はい、園長先生……」

この日の昼過ぎ、恵はプロダクション側と契約を交わした。彼女の東京行きはこれで決定した。

プロダクション側と契約を交わしてから三ヵ月後。恵は中学を卒業して直に島から東京へと旅立った。今回の話に関して、恵が東京に行く事以外は誰にも言わず内密にした。高校卒業までは、家で最初に会って話をしたミツキプロダクションの営業部長である山本俊夫が持つ家族のもとで世話になる事になっていた。島を離れるこの日、山本俊夫は初日と同じ部下を連れて東京から迎えに来ていた。この日はもちろん園長も来ていた。園長も俊夫らと共に東京まで行き、そして世話になる家族等へ挨拶をしてからその日の内で本島へ帰る予定だった。帰りの羽田空港までは部下に車で送らせると俊夫は話した。園長は恵に正樹の事について話していた。もし直にでも彼に会いたければ、住所などを養子先に訊いておこうと園長は言ったが、しかし恵はあえて東京で落ち着いてから訊きますと返した。そうでなければ、恵は東京の初夜からずっといてもたっても居られなくなり、それが原因で、何もかもに身が入らず、周りに思い切り迷惑をかけながら、仕舞いにはどうにかなりそうな気がしたからだ。見送りには同級生の聡子の姿もあった。聡子は本島に居る従兄弟の家から高校の方へと通う事が決まっていたが、しかし恵とは島を離れる日が違っていた。その為、そのぶん港に見送りに来た人の数は少なかった。聡子は家族を連れて見送りに来ていた。接岸している船が横目に見える位置で、恵と聡子は向かい合っていた。

「そろそろ船、出る時間だね……」

 聡子が言った。

「うん、そうだね……」

二人の間に少しだけ沈黙が漂った。聡子が急に笑顔になって恵を見た。

「恵、ちょっと耳かせて」

「え、何?

 恵は聡子に耳を預けた。聡子は恵の耳元で囁いた。

「今だから言えるんだけどさ、実はいうとさ、一つ年下の幸成とウチ付き合ってたってば」

 聡子は気を紛らわそうとそんな話を恵にした。すかさず彼女は恵の耳元から離れた。

「知らんかったでしょ!

「嘘! ほんとに? へえ、そうだったんだ」

「うん。誰にも内緒だよ」

「分かった。内緒にするね」

二人は向かい合ったままお互いにまた口を閉じた。再び少しだけ沈黙が漂い二人の間に限りなく切ない空気が通り過ぎた。

「……恵、向こう行っても頑張ってよ」

「うん、聡子も本島行っても頑張ってね」

 恵は深く頷きそう言った。

「またいつか会おうね。約束だよ」

 聡子はいつのまにか涙声になっていた。

「うん」

 恵も涙が溢れ、涙声になった。

「成人式には島に帰っておいでよ」

「うん……」

 恵は涙を堪えながら聡子と約束した。恵の中に、今日で本当に島を離れるんだという実感がやっと湧いてきた。恵は最後まで隠そうと思っていた悲しみの涙を、我慢した分だけ思い切りにこぼし始めた。もはや限界だった。

「もう、泣かないで。恵が泣いたらウチも泣きたくなってくるさ」

 聡子はもらい泣きしそうな顔で言った。聡子も我慢できなくなった。彼女も遂に泣いた。とうとう出航の時間が来た。別れの際に生じる何か緊張を走らせるような空気が辺りに漂った。

「それじゃ、そろそろ行きましょうか」

 俊夫が園長と恵に向かって言った。

「恵君、それではみんなに最後の挨拶してから乗ろう。大丈夫かね?

「……はい」

 恵は涙をぬぐってそう答えた。そして見送りに来た人たちに向かって発した。

「今まで本当にありがとうございました。皆さん御元気で。さよなら……」

恵は思わず手で口を塞いでまた涙を見せた。途端、周りの誰もが涙を見せた。とりわけ恵美と実、そして聡子は泣いていた。恵は最後の最後までこの島の温かさを知った。また、第二のふるさとが此処にある事を全身で感じた。四人が乗り込んだ船は出発した。

「恵の事一生忘れないからさ! ウチの事忘れないでよ!

 離れ行く船に立つ恵に向かって聡子は大声で思い切りに泣きながらもそう発した。しかし、それが恵の耳に届く頃には、聡子の姿は大分小さくなっていた。

「もう、どうして……、どうして別ればっかり……」

 手を振り終えた恵は、顔を両手で隠して思わずそう口にした。恵はまた泣き始めた。

「……これを使いなさい」

 園長はそう言いながら恵にハンカチを渡した。号泣しだした恵は、もはや堪えきれない涙を、それでも必死で堪えようとしながら園長に言った。

「島の人たちみんな優しいから……」

恵はハンカチで涙をぬぐいながら続けた。

「だから、だから私、涙が止まらなくて……」

園長はこの号泣する目の前の少女を見て、たまらず優しく抱き締めた。園長は恵に言った。

「人は中々泣ける者じゃない。だから流せる時に思い切り泣きなさい。そして今よりもっと、心に教えられた分だけ思い切り優しく笑えば良い」

しばらく恵は園長の胸元に蹲り声を出して思い切り泣いた。彼女はアルバムを観る様にこれまで起きた出来事を一つ一つ脳裏に浮かべ、そして順番にただ思い切り感情を込めて泣いた。母と姉の死。正樹との別れや施設で起きた出来事。島での生活や小百合の事。その全てが今、涙で一杯に潤されている。何が良くて何が悪かったのかではない。全てを一つにした感情でただ思い切りに恵は涙を流したのだった。恵は泣きながらも独り言を小さく呟いた。

「みんな、ありがとう……。私、頑張ってくるね……」

その言葉は、風に乗って島中のいたる所に恵は届いた気がした。

世界に1つだけのプレゼントなら!商品数3万点の「ギフトモール」

人気&有名店のラーメン・つけ麺をお取り寄せ 宅麺.com

コスメ、香水、ヘアケア、アロマの激安販売!ベルモ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA