無料小説 処女作品@「愛するということ」第七章 =42=

愛すると言う事~第七章

 あの事件から翌年。恵が中学三年になったとき、彼女の長い人生における一つの転機が訪れた。空はとにかく遠くの向こうまで青く、目の前の緑の端から渚へと白い砂が斜めに流れ、そして、とてもカラフルな魚が泳ぐ海が微笑みながら踊り、太陽がそれらに美しい光を与えている。そんなお気に入りの場所に、恵と聡子が制服姿のまま居る時だった。

「君達、ちょっと写真撮っても良いかな?

「え?

 恵と聡子は声を揃えて発した。二人が顔を向けた目の前には、短髪で眼鏡をかけた男が立っていて、手には一眼レフカメラを持ち、そして肩からフィルムやミリの違う焦点レンズ等が入った土色のバックを提げていた。

「いや、怪しい者じゃないよ。見ての通り僕はカメラマンでね。今、航空会社の雑誌で使う写真を色々撮っている所なんだよ」

「へえ、そうなんだ」

 この島には海を撮影しにこうした人達が良く訪れる。聡子は特に珍しい素振りを見せる事無く男に言った。

「今度、この島がおじさんの写真で紹介されるんだ。良ければ君達も一緒にね」

男は片目をまばたいて合図をおくった。

「え? あたし達も紹介されるの? 嘘!

 聡子は少し大げさに驚いて見せた。

「本当だよ。撮らせてくれたらの話だけどね。写真、撮っても良い?

「え? あ、はい。もう、どうしよう。あの、可愛く撮ってくださいね」

 聡子は一人、感情を高ぶらせて陽気に張り切っている。恵はそれを側で見ていて、とにかくおかしくて口を両手で塞いだ。

「それじゃ、そのまま座ってさっきみたいに会話してて。そう、そのままそのまま」

男は次々と二人に向かって何度もシャッターを押した。二人は男に言われたとおり、自然に会話を交わしたり、海を眺めたり、カメラの方を向いたりしていた。何枚も写真を撮り終えたときだった。男がカメラのファインダーから目を離し、突然と恵へ名前を訊いてきた。

「君、名前はなんていうの?

「え? 私ですか?

「そう、君」

「……上村、上村恵です」

「上村恵か。いい名前だね。それじゃあ恵ちゃん、笑って」

写真家の男は、今度は恵一人を集中的に撮り続けた。側から離され完全にほったらかしにされた聡子が、羨ましくそして嫉妬深げにこちらを見ている。恵はたまらず「もう良いですか?」と写真家の男に言った。

「二人ともありがとね。そうだ、恵ちゃんの住所教えて。写真が出来たら送るよ。あと、君達を撮った写真の内、何枚かを雑誌で使っても良いかな?

 男はあえて聡子に訊いた。

「はい、良いです! 喜んで」

 聡子は先ほどとは打って変わって相変わらずの笑顔に戻った。

あれから一ヶ月ほどして、撮られた写真が家に送られてきた。プロのカメラマンが撮影した物らしく、どれも綺麗に良く撮れていた。最後の一枚に、恵が一人砂浜に立って撮られた写真があった。その写真は、上半身が写った恵が左側の下に立ち、残る右側から後ろにかけては砂浜と海、そして更に上には青い空といった構成だった。写真の技術についてまったく知らない恵は思った。何故こんな撮り方をしたのだろう? しかし、後々になって恵はその理由が分かった。

写真が届いてから二ヶ月ほどしてからだった。残暑が肌にベトベト感を与えた日曜の昼、家に二人の訪問者が現れた。

「恵ちゃん、恵ちゃん」

 玄関から歩いてくる呼び声が恵の部屋まで届いた。

「なあに、恵美おばさん」

 恵が顔を出した。恵美は部屋の直其処まで来ていた。

「恵ちゃんに会いたいって言う人達が来てるんだけど」

「え? 誰だろう」

 恵は見当が付かなかった。

「なんか東京から来た人達みたいよ。とりあえず会ってみてごらん」

 相変わらずの島訛りで恵美は言った。

「うん、分かった。今行くね」

 恵はそう言うと、少しだけ手鏡で顔を見てから部屋を出た。玄関口にはスーツ姿の男二人が立っていた。共に黒いかばんを引っ下げている。内一人が恵を見るなり思わずといったような態度で言葉を発した。

「おお! 思ったとおり、写真以上に可愛い。とても魅力的で素敵な顔をしている」

「いや、本当ですね」

 頭の低そうな隣の男が相槌を打った。男達はまじまじと恵をみつめている。なんだか恵は急に恥ずかしくなった。

「あ、あの……」

「あ、いや失礼。どうもこんにちは」

 二人の内、品格のありそうな男が言った。それに合わせ、隣の部下らしき男もこんにちはと挨拶をしてきた。

「こんにちは……」

 恵はたじたじとしながらも返した。二人の内、上司らしき男が早速と言わんばかりに訊いて来た。

「貴女が上村恵さんですね?

恵は急に自分の名前を言われて一瞬びっくりしたが、紳士風な男の雰囲気に押される様に「はい、そうですけど……」と硬くなりながらもとりあえず答えた。

「良かった。あの僕達はね、東京にあるミツキプロダクションって言う会社の者なんだけど、あのちょっと良いかな? 見て欲しいのがあるんだけど」

 男はそう言うと、かばんの中からある雑誌を取り出した。

「突然だけど、これ、君だよね?

「これは!

 恵は雑誌の表紙を見て驚きの顔をした。男が見せた雑誌の表紙には、なんと恵が一人立ったあの写真が使われていた。男は中に載せられている写真も見せた。恵の横顔や微笑んだ顔写真が其処にはあった。

「はい、私です。あの、これが何か……」

「うん。僕達の会社はね、芸能――あ、どうも玄関で御邪魔してしまってすみません」

「いえいえ。あの汚い家ですけど、良かったらどうぞ上がって下さい」

 割り込むつもりはなかった恵美がそう言った。

「ありがとうございます。それじゃあ、遠慮なく上がらせていただきます」

男二人は「失礼します」と言ってから家に上がった。四人が一斉に茶の間へと移った。一番後ろを歩いたのは恵だった。男達は卓袱台を恵達と挟んで畳の上に座った。上司らしき男は恵美が即席に出した麦茶で喉を潤してから、先ほどの続きを話そうと恵の顔を見た。男は改めて軽く挨拶をし、名刺を恵にも渡してから話を始めた。

「あの、恵ちゃんで良いかな? 恵ちゃん、僕達の会社は芸能プロダクションでね。芸能人をかかえて事業を行っている会社なんだけど、今ちょうどとても才能のある新人を探してた所なんだ」

 男はそう言うと、にこやかな顔をした。恵と恵美は当然びっくりした表情を浮かべた。上司らしき男は続けた。

「いや、とにかく本当に君が写真家の目に止まったのも頷ける。此処はね、さっき見せた雑誌の出版会社に問い合わせて知ったんだよ。写真家の人はね、いつか僕達みたいな人間から問合せが来るって事が分かってたみたいで、住所と名前を書いたメモを残してあったんだ」

男は一呼吸置いた。そよ風が軒からぬけて風鈴の音が聴こえた。上司らしき男は、あたかも手を差し伸べるような口調で言った。

「君にはもって生まれた才能がある。どうだろう、一緒に芸能界でやってみないか?

正直、恵はあまりの唐突さにびっくりして頭が真っ白になりそうになった。

「あ、あの、でもそんなこと急に言われても……」

 体と言葉は素直に硬直した。

「いや、答えは今日じゃなくていいんだ。話し進めるにも色々段階があるからね。ただ今日はそういう話があるって事だけ伝えに来ただけなんだよ。だからこれからゆっくりとね、両親とも相談したりしながらじっくり考えて、そして後々決めてくれれば良いから。だからお願い、考えておいてね」

「あ、はい……」

恵は混乱したままの状態で一応返事をした。

「あの、ちょっと良いですかね?

「はい、何ですか? お母さん」

「芸能界ってどれくらいお給料あるんでしょうかね?

上司らしき男は、来たかとばかりに、少しだけ深呼吸しながら肩を引いて背筋を伸ばし、姿勢を一度整えてから言った。

「それはピンからキリまでで、その人次第です。ですが、この子ならきっと億以上は直にでも軽く稼ぎますよ。まあ、それは少し大げさかもしれませんが、でもですね、長年この業界に関わってきた私には分かるんです。私達が少し手伝ってあげるだけで、この子は間違いなく物凄く素晴らしい脚光を浴びます」

恵美はその桁違いな金額に驚いた。そしてまた、この非常に可愛い顔立ちをした恵の可能性に納得したのだった。

「とりあえず、僕達はこれから時々連絡したり話しに来たりするから、これから一つどうぞよろしくね。お母さんも、どうかよろしくお願いします」

そして男達は、今日の所はひとまずと帰っていった。夜、実が帰ってきて、三人で夕食を共にしながら、今日の事について少しだけ話し合いになった。勿論、芸能界についての話だ。恵はそんな世界には興味が無いと話したが、恵美の口からはそれはもったいない話だと言われた。実はどちらとの意見に賛成で、とりあえず園長先生とも相談して、最終的には恵の好きなようにしたら良いと話した。恵は寝る前、ずいぶんと密かに考え込んでいた。女優や歌手になって脚光を浴びるのって、一体どんな気分なんだろう? でも、正直自分がそんな芸事を上手にこなせるのだろうか?

あれこれ考えているうちに、しまいには正樹の事やこの島の事、そして過去の事などが恵の頭に浮かんできた。そして、それらがこの道へと進む瞬間、一気に問題になる様な気がして彼女は急に怖くなった。やっぱり断ろう。恵はそう決めてこの日眠りに入った。

後日、再びプロダクションの男達は来た。今度は実も含む五人で話し合いをした。恵は直にでも断りの言葉を発したが、男達はそれを聞き入れようとはしなかった。かなり長い時間説得された。恵はこれではラチがあかないと、自身が懸念する事の殆どを男達に告白した。里親の件にしろとにかく自分には問題が多い事を彼らに理解させようとしたのだ。勿論、もう思い出したくもない暴行の件は隠した。これだけは一生誰にも話す事無く闇に葬る出来事と前々から決めていた。健二もいつかは更生して自分に犯した罪を悔いる時が来るだろう。恵はそう信じて生きる事にした。また、小百合の事もある。すべてを知った恵は、小百合が安らかに眠る事を祈りながら彼を許す事にしたのだ。次の日、男達は東京へ戻る途中に一度施設に居る園長を訪ね、そこで里親の件について色々と訊いた。そして次回、鳩居島で園長を含み相談する約束を、恵達と電話で交わした。

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