無料小説 処女作品@「愛するということ」第六章 =40=

互いに最初から印象が良かったからだろう。正樹と香織が交際を始めるまでに、時間は余り必要とはしなかった。香織は社長の友人で不動産を営んでる父親の娘らしく、清楚でお嬢様の雰囲気が少し漂う女性だった。黒髪で艶の有る綺麗なロングヘヤーに、スカートがとても良く似合っていた。正樹と香織は、最初の内は事務所で挨拶を交わす程度だったが、何回も顔を合わすうちに、何時の間にか普通に会話をするようになっていた。始めにデートを誘ったのは、香織の方からだった。

「正樹さん。あの、良かったら今度、食事に行きませんか?

 正樹は、この日は六時ごろ寮に帰り、そして、作業着のまま食堂で夕ご飯を食べている時、五時から正樹の帰りを待っていた香織が彼に言った。

「え? ああ、良いけど」

 正樹は少し驚いた表情で答えた。

「良かった。それじゃ、明後日の日曜日大丈夫ですか?

「あ、うん、全然大丈夫だよ。それじゃ、何処で何時に待ち合わせしようか?

 正樹はあたかも友達と軽く約束を交わすように言った。実際、彼の中では、香織は友達という感覚でしかこの時なかった。

「あの、夕方の六時に私が此処に来ます。それで、良いですか?

 呆気ない正樹の態度に少々戸惑いながらも香織は言った。

「うん、分かった。六時ね」

「はい。それじゃ、私、そろそろ帰りますね」

 言って、香織がお辞儀をしようとした。その時だった。正樹は慌てて言葉を発した。

「あ、駅まで送っていくよ。ちょっと待ってて、すぐ着替えてくるから」

「いえ、今日は車で来ましたから。大丈夫です」

「あ、そうなんだ」

「あの、それじゃ、おやすみなさい」

 香織が斜めに軽くお辞儀した。

「うん、おやすみ。明後日ね」

 そう言って正樹は日にちをさりげなく確認した。

「はい」

 香織は頷いてから思いきりに可愛く微笑んだ。香織は恥ずかしそうにしながらも、片手を小さく振って出て行った。彼女は本当に純粋で清楚だった。正樹は香織が帰ってから恵の事を思い出した。恵と始めて会話したあの日の夕方。あの時、恵から話しかけて来なければ、二人の交際は当然始まらなかった。香織は姿だけではなく、なんだか積極的なところも恵に似ていると正樹は思った。

日曜日の夜の食事後。正樹が運転する香織の車の中で、次の約束は交わされた。

「今日はごめんね。俺、仕事用の汚い車しか持ってないから」

「いえ、そんなの気にしないで下さい。でも、今日は本当に食事楽しかったです。あの、また誘っても良いですか?

「うん。でも、今度は俺から誘うよ。二人でどっか遊びに行こう」

 正樹は言った。それは彼女への気配りのつもりだった。香織は素直に喜んだ。

「本当ですか! 嬉しい。約束ですよ」

「うん、約束」

 言って、正樹は約束を交わした。

それから二人は、毎週の様にデートに行くようになった。やがて、真剣な交際を口で迫ったのも香織からだった。正樹は流されるままにそれを受け入れた。そして二人は更に親密を深めて行った。正樹は時々思った。もし、昔のあの時、自分が施設から逃げ出さなければ、今頃恵ともこの様に、誰にも邪魔される事なく交際を続けて行けたのだろうか? そして更に、必ず良晴おじさんが話していた言葉がどうしても頭を過る。もし逃げる事無く施設に残ったとしても、運命は同じか、もっと酷い結末を迎えたかもしれない――確かにそうかもしれない。しかし、今思えば明らかに逃げ出した後悔の方がどれよりも痛みは計り知れなかった。考えるたびに、正樹は天を仰ぎたくなり、星の見えない夜空を見上げ溜息を吐いてはとても痛くやりきれない気持ちになった。そして、とにかく自分は恵にもう一度会いたいと、彼は強くそう思うのだった。

「――正樹さん、正樹さん?

「あ、ああ、御免」

 我に返ったように正樹は返事した。

「ううん、いいの。気にしないで」

 香織は優しい笑顔で言った。彼女は続けた。

「でも、正樹さん最近ちょっと変。時々ボーっとする事が多くなってる。もしかして、私との事、楽しくない?

香織は少し疑念の顔をして訊いてきた。

「そんなこと無いよ。楽しいよ」

「本当?

「本当だよ」

「良かった」

 香織がまた笑顔になった。正樹はその笑顔が恵と同じに見えた。

「それじゃあ、もしかして、何か困りごととか、あるの?

「違うよ。ちょっと考えてる事があるんだ」

「え? どんな事? 私で良かったら相談して欲しいな」

 香織は甘えて落ち込んだ顔をした後、正樹の腕に横からしがみ付き彼の顔を見た。

「もったいぶらないで。ねえ、教えて」

 香織は可愛らしく訊いた。正樹はそれがとても愛らしく思え、少しだけ話をする事にした。

「それじゃ、話すよ。ちょっと不思議な話だけど、良い?

「うん、聞かせて」

「光の世界ってのがこの世にはあって、其処にもう一つの現実があるって話なんだけど、その光の世界ってのは、其処に行けば、此処とは違う話になったり、未来が見えたりするんだ。自分が関係する範囲でね。それで、だから俺は其処に行きたいなって、そんな事考えてた。……御免、変な話だったな」

香織は意外そうな顔をして正樹を見つめた。彼女はもっと現実的で繋げやすい話が正樹の口から出てくるとばかり思っていた。香織は膨れ顔になって言った。

「へえ、私とデートしてる時にそんな事考えてたんだ。酷い」

彼女は顔を戻し続けた。

「でも、なんだか不思議。光の世界か……、私も行ってみたい」

「いや、でもそんな楽しい事じゃないから」

「ええ? どうして?

「違う現実が幸せじゃなかったりもするからだよ」

「あ、そうか……。そうだね」

二人の会話がここで途切れ、少しだけ沈黙が漂った。今、二人は駅からの帰り道を歩いている。ようやくと香織が口を開いた。

「私、今が良いな……。正樹さんと出会えたし、この世界が幸せだと思う」

 正樹はこの言葉に黙ったまま何も言わなかった。寮に着いた。二人は玄関口の外で立ち止まった。

「それじゃ、ここで」

 正樹は片手を挙げて言った。

「あ、来週は私の車でドライブに行かない? 正樹さん、海好きでしょ」

 何か少し慌てた様子で香織は言った。彼女はこの日のこの時をまだ終えたくない。そんな素振りだった。

「うん、良いよ。それじゃ、また来週な」

「あ、あの、正樹さん……」

 香織は緊張した趣で発した。

「うん、どうした?

「正樹さん、私、今日は帰りたくないな……」

「え?

正樹は硬直した。香織は恥ずかしそうにしながらも、正樹の胸元にそっと額を持たせ、そして彼の両手を握ってから続けた。

「正樹さんの部屋に、泊まっても良い?

正樹は一瞬迷った。が、言った。恵の笑顔がこの時、頭を過ぎっていた。

「……御免。俺の部屋汚いし、それに、そう言うの、もう少し待ってくれないか? いや、香織が嫌いとかそんなんじゃないんだ。只、もう少し待って欲しい」

「正樹さん……」

 香織が急に涙目になって正樹の顔を見上げた。

「御免な」

「ううん、良いの」

香織はもう一度正樹の胸元に額を持たせた。そして手を離して胸元から離れた。

「今日はわがままばっかり言ってごめんなさい。それじゃあ、おやすみなさい。正樹さん」

 香織はそう言うと、正樹の顔へと上向き、そっと目を閉じた。正樹は香織が接吻を求めていることに気付き、彼女の両肩をそっと掴んでからとても柔らかい唇に優しくキスをした。そして、「おやすみ」と、彼女に返した。今夜はこれで何とかやり過ごせた。やがては、駐車場に止めておいた香織の車へと彼女が消えていくと、高級車は息を成し、ゆっくりと寮を横切ってはクラクションを一度だけ鳴らして帰って行った。正樹はこの夜だけではなく、それからも、恵を思い出させる香織を目の前に、もう一歩踏み出せないでいた。正樹は思った。いっそのこと、壊れるほど淫らに裸の香織を何度も何度も抱き締め、過去の事などあたかも最初から無かった様に、全てを忘れてしまえば良いのだろうか? しかし、今の正樹には、それが自分自身に対してどうしても許す事が出来なかった。

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