無料小説 処女作品@「愛するということ」第六章 =39=

愛すると言う事~第六章

正樹は中学を卒業後、昔住んでいた家の隣に住む老夫婦の長男の紹介で、この東京へと就職に出た。旅立った先にあるこの大都会。その全てに、正樹は最初から圧倒され驚かされた。それはもう彼の目に映るもの全てが新鮮だった。それ位に、これから生活していくこの都会は、とても別世界に見えた。

東京・羽田空港には、これから世話になる社長の奥さんが迎えに来ていた。正樹は紹介してくれた長男のおじさんとその空港に着いた。

「健一さん、こっち、こっち! !

「ああ、こっちか」

 二人は到着ロビーで、手を振る女性の元へと歩き直した。

「健一さん、御久しぶりです。元気でしたか?

「うん、相変わらずね。佐代子さんも元気そうで良かった。ところで、良治の奴は?

「今日もゴルフとかで、朝早くから出て行きましたよ。もう、こんな時に。ごめんなさい」

「いや、別に良いんだ。社長は色々付き合いが多いからね。それはそれで大変なんだよ」

「本当にごめんなさいね。お兄さんがせっかく来てるのに……。この子が正樹君ですか?

「うん。正樹君、僕の弟の嫁さんだ。佐代子さんって言う人だよ」

「上間正樹です。よろしくお願いします」

 正樹は旧姓の松田ではなく新姓で言った。

「あら、礼儀正しい子ね。金田佐代子よ、これからよろしくね」

「これから分からない事とか相談事とかあれば、彼女に話すと良い」

「はい」

「それじゃ、行きましょうか」

三人はモノレールから浜松町へ向かい、そこから山手線で池袋へと向かった。そして、池袋を降りてから、今度は東武東上線を北上し、下赤塚でやっと外の空気を吸った。駅を出てから、途中、コンビニで今夜用の弁当とペットボトルで飲料水を購入してもらい、そしてそこから更に数百メートル歩いた所に、木造三階建ての小さな会社はあった。一階の右半分が事務所で、左半分には寮で生活する人の為の小さな食堂や風呂場がある。二階三階にある幾つかの寮部屋の内、正樹は二階の西面角部屋を渡された。

「此処が今日からあなたが生活するお部屋よ。綺麗に使ってね」

「はい、ありがとうございます」

「それと、今日は日曜で誰も居ないから、自己紹介とかは明日の朝しましょうね」

「はい」

「それじゃ、僕はこれから佐代子さんと弟の家の方へ行くけど、後は一人で大丈夫かな?

「はい、大丈夫です。ありがとうございました」

「いいんだよ。あ、それと、落ち着いたら必ず良晴おじさんに電話する様に。分かったね?

「はい」

「うん。それじゃ、これから頑張ってな。体には気をつけろよ。じゃな」

 健一は正樹に勇気を分け与えるように力強く言った。

「それじゃ、また明日ね。正樹君。あ、そうそう、明日の朝、八時には此処に呼びに来るわ。それまでお部屋で待っててね」

「はい」

仕事を紹介し、ここまで連れて来てくれた健一との別れは、意外にもあっけなかった。正樹の周りが急に言葉の無い静けさに包まれ、彼は段々と寂しさを心から感じるようになった。窓の外に見えるのは無機質な隣の建物の壁だけで、それを見ているだけで此処がとても窮屈に、そして暗く感じる。知らぬ場所でのこれからの一人とは、こんなにも孤独が漂っているのか。正樹はこの時、初めてそれを知ったのだった。

この都会で初夜となる昨夜、正樹は色々な思いと緊張から一睡も出来なかった。もう朝か――。全身が行動を拒むようにとても重かった。正樹は置かれてあった小汚いテレビを点けて朝のニュース番組を只ぼんやりと眺めた。少しばかりして部屋のドアが鳴った。

「正樹君、正樹君、起きてる?

 ドアをノックした佐代子が言った。

「はい」

 正樹は慌ててドアを開けた。佐代子が笑顔で立っている。

「おはよう、昨日は良く眠れた?

「あ、はい……」

 正樹は気を遣って嘘をついた。

「朝ご飯出来てるから、下に下りてご飯食べてね。それと、昨日言うの忘れてたけど、平日の夜は下で食事が用意されてるから、これから仕事が終わって帰ってきたら食べて。あと、今日は特別に朝食もあるけど、何時もは無いから気をつけてね」

「あ、はい」

「食事が終わったら、八時ちょっと過ぎまでそのまま下で待ってて。呼びに来るから。事務所で自己紹介しましょうね」

 言って、佐代子はドアを閉めた。正樹は佐代子が一階に下りるのを階段のきしむ音で確認してから下におりた。食卓にはご飯が用意されている。正樹は椅子に腰掛けて、まだ慣れぬ周囲に目を配りながら、少し早く朝食を平らげた。壁に掛けられている時計の針は、七時四十五分辺りを指している。隣の事務所とコチラを結ぶ内ドアから佐代子が再び現れた。

「あら、もう食べたの? 早いわね。もう少しゆっくり食べればいいのに」

「あ、はい……」

「緊張してるのね。大丈夫。うちの会社、みんな明るくて良い人ばかりだから、すぐ慣れるはずよ。もうじき社長が来るわ。ここで待ってて」

 言われて、正樹は食卓で一人待つことになった。五十分を過ぎた辺りから、二人の男の声が壁越しに聞えてきた。どうやら社員が出勤してきたらしい。正樹は更に緊張してきた。社長が来たのは八時をちょっと過ぎた辺りだった。

「おはよう、君が正樹君か」

 先ほど佐代子が現れた内ドアから、背が高くがっしりとした男が出てきた。

「お、おはようございます」

 正樹は少しどもった。

「うん、いい顔してるね。僕が健一の弟で社長の金田良治だよ。よろしく。君の事は兄貴から聞いてる。さあ、早速みんなに紹介しよう。こっち来て」

 社長の良治は事務所側へと手招きした。正樹は事務所に入った。二人ほどの社員が各自のデスクで仕事をしているのが見えた。

「おい、二人とも、ちょっと仕事止めて、立ってくれる?

 良治の声に、二人の社員が仕事の手を休めて立ち上がり、こちらを見た。

「今日からうちの会社で働く事になった上間正樹君だ。よろしく頼む。正樹君、挨拶して」

「あ、はい。上間正樹です。よろしくお願いします」

 正樹が頭を下げると、二人から「よろしく」と声が返ってきた。

「こっちが部長の佐藤茂、それでこっちが伊藤勝則。覚えといて。うんじゃ、二人とも、もう良いよ。それじゃ、こっち来て座って」

 事務所の入り口側へ窮屈に用意された応接のソファーに、正樹と良治は向かい合って座った。

「佐代子、作業着持ってきて」

 社長の良治が上等のソファーから後ろを向いて言った。そう言えば、正樹は此処に来る前、沖縄でズボンのサイズ等を健一に聞かれた事を思い出した。

「はい、正樹君どうぞ」

 佐代子が正樹に用意していた作業着を手渡した。

「上からで良いから、サイズ確認してみて」

正樹は透明の袋から作業着を取り出し体に宛がった。濃い青色のストレートで両太もも側にポケットが付いているズボンと、それに合わせた上着だった。他に靴とジャンパーも用意されていた。

「正樹君、明日からは少し早いけど、六時にはこの作業着に着替えて此処の駐車場に来てくれな。職人連中が集まってるはずだから、そうだな……、おい、茂。明日、皆に正樹君を紹介してやってくれ」

「あ、はい。分かりましたよ」

 茂が自身のデスクから顔を覗かせて言った。

「明日の朝はあいつの隣に付いておけば良い。それと、これからの事なんだけど、君はまだ若すぎるから、しばらくは職人連中の手元として現場で働く事になるけど、後々車の免許も取って二十歳位になれば一人で回るようになるから、それまで我慢してしっかり頑張ってくれ。頼むよ」

「はい」

 正樹は身の引き締まる思いで力強く言った。

正樹は次の日から二十歳を過ぎる頃まで、体作りとそして何よりどんな職種なのかを身をもって知る為に、町場職人連中の手元として彼らと現場まで同行し共に働いた。とにかく時間はあっという間に過ぎた。仕事はタイル工事が主で、中でもLOVEホテルの水周りとパチンコ店の改修工事などが特に多かった。学生時代の頃の様に、色々とした事が仕事以外には無く、ただ働いては寝る平凡な日々がしばらく続いた。しかし、ある出会いをきっかけに、正樹の東京での生活に変化が訪れた。

二十一歳を過ぎた頃の春の夜、正樹は昔とまったく同じ夢にうなされた。

「智彦……。どうしてお前が恵と――」

「違うんだ! 神様……お願いだから訊いてくれ! 違うんだよ――」

「何でこんな暗い所にずっと閉じ込められなきゃいけないんだ?

「寒くて死にそうだ。誰か出してくれ!

「お願いだ。もう一つの世界でも何でも良い。だから戻してくれ! お願いだから――」

「嫌だ、まだ行きたくない。恵と智彦に……ちょっと待て。や、やめろやめてくれ!

うわ! 正樹は悲鳴を上げるようにして悪夢から目を覚ました。なんだ、夢か……。でもこの夢は、昔見た夢とまったく同じものだ。一体、何故? 正樹は少し考えたが、ここでもやはり答えが出せずに居た。

正樹は自動車の免許を二十歳で取得してからというもの、最近は一人で民家などの補修工事に向かい、そして時間に関係なくやり終いで早々と寮に帰る事が多くなっていた。その為、正樹のその日の仕事は、朝、駐車場に集って行う簡単なミーティングのその時決まる様になっていた。

「正樹は、今日はこっち行って。はい、地図のコピー、住所は此処ね」

 茂が正樹にルートと住所等が記された地図のコピーを正樹に手渡した。

「板橋か、今日も近いですね」

「早く起こして悪かったな。なんだったら、もう一眠りして行っても良いぞ」

「いや、吉野家でゆっくり朝飯食ってから行きますよ」

「そうか。そういや、今日から新しく事務の子が来るって言ってたな」

「へえ、そうなんですか」

「正樹は今日も早終いだと思うから、帰ったら事務所に来て会って見るといい。意外に可愛い子かも知れんぞ」

 言って、茂が正樹に肘をついた。

「え? 佐藤さん、面接とかしなかったんですか?

「最近、外回り忙しくてな。俺が居ない時に佐代子さんが全部やったんだよ。俺は履歴書見るのも忘れてた」

 言って、茂は冗談じみた顔をした。

茂の予想通りに、正樹は今日も早く仕事を終えた。帰る途中、ふと夢の事をまた思い出した。あのとても寒くて息苦しさのある暗闇は何なのだろう。自分は何故、其処に閉じ込められたのか。消滅させられるようなあの独特の感覚は一体――。正樹はやはり、何故そんな夢を見たのか分からなかった。車は会社側の空き地に広がる契約駐車場に着いた。

「ただいま」

 正樹は寮側にある裏口のような玄関から中へと入り、夕食の支度をしている年老いた寮母に言った。

「ああ、おかえり。今日も早かったわね」

この寮母は、橋野という職人の母親で、寮の掃除や夕食を作りに、平日いつも来ていた。正樹はその寮母と少しだけ会話を交わしてから、事務所とこちらを結ぶ内ドアをノックし、事務所の中へと入った。

「御疲れ様です。今日の仕事終わりましたよ」

「はい、御疲れ様」

 佐代子がこちらを見て言った。正樹は事務所の中を見渡した。佐代子ともう一人の女性の頭が見えた。社長や茂、そして勝則などの姿は見当たらなかった。

「あれ、今日はみんな居ないんですね」

 正樹は言った。その時だった。

「こんにちは」

 女性が顔を覗かせてコチラに会釈した。瞬間、正樹に衝撃が走った。

「ああ、正樹君。今日から働く事になった木下香織ちゃん。年は正樹君より一歳年下のちょうど二十歳よ。よろしくね」

 佐代子が言った。女性は立ち上がった。

「はじめまして。あの、木下香織です。よろしくお願いします」

「……あ、上間正樹です。よろしく」

恵に似ている――正樹はそう思いながら挨拶を交わした。

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