無料小説 処女作品@「愛するということ」第五章 =36=

この島に着てから二週間。生活は開放的でとても良かった。里親制度に頼るほどに、この島に子供の数はとても少ない。恵が通う事になった学校は小中学校と一つに統合されていたが、それでも生徒の数は両指で数えるほどしかおらず、その数は上級生に三人と下級生に五人で、同級生は恵ともう一人の女子しか居なかった。恵は全ての生徒と直に馴染めた。実おじさんの言うとおり、此処では皆が一つ会話を交わせば家族のように親しんでくれた。

雑草が所々に茂り、手入れが行き届いていない学校グラウンド端にある、塩害で錆付き縮む様に大きく口を開き破れたフェンスの直側は、白浜がずっと向こうまで続く海岸だった。遊具など乏しい放課後の下級生の遊びと言えば、必ずと言って良いほどその側に広がる海で、恵は時々その子供らの馴れ合いを一人、砂浜の上の方に短く茂る天然の芝生に座って眺めるのが好きだった。この日、恵が海を眺めていると、そっと来る潮風から、横に人の存在を感じた。同級生の聡子だった。

「今日も海、濁ってなくて綺麗だね」

「あっ! 聡子――」

恵が気が付いたと同時に、聡子は彼女の隣に座り込んだ。

「最近さ、恵が来た時くらいから海が荒れて無いってば。あっ! 最近って言っても恵が来る少し前だけど、台風とか来てた訳さ。それで、しょっちゅう海荒れてから濁ってたわけ。ほんとにデージ(※とっても)濁ってたよ」

「へえ、そうなんだ」

恵は島独特の訛りにまだ慣れておらず、相変わらずと圧倒されたままの様子で言葉を返した。圧倒されるほどにたくましさを感じるこの島の言葉だったが、それは他に無い優しさまでも感じられて、恵は最初からとても好感を持てていた。

「そういえば明日休みさーね。恵もウチと泳ぎに行かんね?

「うん、良いよ」

恵はそう発してから、再びと海の方向へと顔を向けた。目の中に広がる癒しの光景は、恵にこれからの生活の平安を伝えた。しかし、恵はそれとは裏腹に、ある不吉なる気配に薄々と気が付いていた。それは、三日ほど前からだ風呂場だけではない。家の中で時々実や恵美と言った、里親とはまったく関係のない、とにかくこちらが知らないもう一人の人間に密かに覗かれている気が恵はしていた。それは気のせいではなく、紛れもない事実と確信がもてたのは、それから更に一ヶ月が過ぎた頃だった。

「誰?

 恵が部屋の窓を思い切りに開けて発した。

「恵、どうしたの?

 居間の方から恵美の声が届いた。実が恵の部屋へ来た。

「何でね? なんかあったの?

「実おじさん、今、誰か外に居たみたいな気がしたんだけど」

「は? 本当にね?

「うん、誰かが覗いてた」

「あんた、気味悪いから見てきてちょうだい」

 後から来た恵美が言った。

「だあるや(※そおだな)。ちょっと外見てこようね。ハッシャビヨーナ、ターヤガヤ(※本当に誰かな? )」

「隣の仲泊さんの所にも訊いて来てよ」

「ヤッサーヤ。(※そうだな)一応、用心する様に言ってくるさ。今度はこっちに『覗き』が来てるって話しとくよ。やっぱり他から来た人は物珍しいのかも知れないね。恵ちゃん、ごめんね」

「前、隣の仲泊さんはね、里親で二人の児童の面倒見てたんだけど、その時も『覗き』があってさ、向こうでは大騒ぎだったね」

 恵美が言った。

「だったな。恵ちゃんと同じ施設から来た子達だったけど……」

「え? まさか、名前は――」

 恵は一瞬、恐れが頭の中を過ぎりながらも訊いた。

「中田健二君って言う子と、そのお姉ちゃんの小百合ちゃんよ。恵ちゃん、知ってるんじゃないの?

 恵美の問い掛けに、恵は目に悟られないほどわずかに震えながら、黙ってそっと頷いた。

「まあ、とにかく、この島は狭いし話題もなく平和だからね。ちょっとした事でも大騒ぎになるわけさ。恵、大丈夫?

 実が恵の急変に気が付いた。

「うん、大丈夫。あの、健二って人は知っているんだけど、小百合さんって人は知らなくて……、その人は今何処にいるの?

 今度は実の顔に変化が見られた。実は思わず恵美と顔を見合わせてから恵へ口を開いた。

「何があったか詳しくは知らないけど、あの姉弟はちょっとしてから急に反抗的になってね。特に健二がね、手に負えないくらいだったわけさ。元々はネエネエ(※お姉ちゃん)の小百合ちゃんがなんかあってからみたいなんだけど、仲泊さんに小百合ちゃんは、ただ泣いて何も話さなくてね。それからさ。仲泊さん夫婦が何回もこっちに相談しに来る様になったんだけど、だけどこっちも何も分からなくてね。その後一ヶ月くらいした頃だったかな? 小百合ちゃんがね、鳩居灯台の近くで首を吊って自殺したわけさ。いや、あれは本当に「デージナッテル(※大変な事になってる)」ってね、島のみんなで大変な騒ぎになったよ」

「自殺?

恵は健二の言葉を思い出した。姉は欲求で飢えた人間の為に犠牲にされた。確かにそう話していた。誰なのかはまだ分からないが、健二の姉・小百合は、自分と同じ様に婦女暴行に遭った。そして自殺した。恐らくはそう言う事だろう。健二は「何回も見た」と言っていた。それは、悔しさと絶望に満ち溢れた小百合の姿だったに違いない。健二の姉・小百合は、弟の彼を一人残し、自らこの世を去った。それは、彼自身のこれまでの人格を滅ぼすほどに、破壊的な出来事だった。恵は悲しくなって思わず涙がこぼれた。

「なんて可哀想な人なの」

 もはや感情を抑える事が出来ず、恵は激しく泣いた。

「壊されて、盗まれて、無くして……、幸せが見えなくなって……、過ちが間違いじゃないだなんて……。辛かったのよ。そうよ、健二のせいなんかじゃない……」

 恵は号泣しながら何時の間にか独り言で懸命に言葉を発していた。見かねた恵美が恵をそっと抱き寄せた。

「大丈夫、大丈夫よ。恵ちゃん、だから落ち着いて。ね?

 恵の独り言に発した言葉の意味が分からず困惑した恵美だったが、何とか落ち着かせようと彼女はそう言った。が、しかし、恵美の優しい言葉が尚更に、恵に涙を誘った。恵はしばらく泣き続けた。やがて落ち着きを取り戻した時、恵が突然訊いてきた。

「恵美おばさん、もう一つの姉弟は幸せに生きてると思う?

 恵美は再び困惑した。が、言った。

「勿論よ。天国と地獄があったとして、二つがまったく同じなんてことは無い。小百合ちゃんはね、きっと天国で幸せになってるはずよ。今度、三人でウートートー(※祀り供養)しに行こうね」

「うん」

「ダーダー、(※さあさあ)落ち着いてきたみたいだから、そろそろ外見に行こうかなと思ったけど、やっぱり今日はもう止めておこうね」実が頭を掻きながら「やれやれ」と言った様子で発した。

「ごめんなさい」

「いいよ、いいよ。変な話したおじさんが悪い。気にしないで」

「だある、全部あんたが悪い! 馬鹿男や!

「ハッシャビヨー、(※なんだよ! )そこまで言わなくても良いんじゃないの? ねえ、め・ぐ・み・ちゃん」

 実のおどけた様子に、恵は思わず口を塞ぎながら笑った。それを観てホッとしたのか、恵美と実も声を出して笑った。それは、一瞬で嫌な空気が吹き飛んだ瞬間だった。本当に陽気な夫婦だと改めて恵は思った。家の中は日常の空気に戻ったかに見えた。しかし、その時だった。恵が何かの気配を外からまた感じた。今度は心で呟く様に恵は訊いた。誰?

恵は何故かこの気配に掻き立てられた様に、今すぐに確かめずには居られなくなった。これは絶対に違う。彼女は、最初に覗き見られていた気配とは確かに別の人物だと、この時確信を抱いていた。彼女は一人、外へと急いだ。玄関口から飛び出し、砂利の敷かれた道から自分の部屋の窓の位置まで走って回り込んだ。そして、暗い夜道にぽつんと誰かの立つ目の前で立ち止まった。最初は外の暗さに目がまだ慣れておらず、目の前の人物の顔が良く見えなかった。そのまま立ち止まっていると、目が慣れてきた。大人の男性だった。男が口を開いた。

「久しぶりだな、恵。元気そうで、良かった」

「あなたは、誰ですか?

 男はハッとして何かに気付き、自分自身に驚いているかの様子で急にオドオドしだした。

「お、俺は……」

 男は何かを言い掛けて止まった。顔をよく見ると、瘤やアザ、そして鼻の下辺りに血を拭った痕があった。服は白に柄の入ったワイシャツだったが、あたかも何か揉め事でも起こしたかの様に、ボタンが上から二つ三つと取れ、かつ、酷く汚れている。

「怪我してるみたい。大丈夫ですか?

 恵がそっともう少しだけ近付こうとした。その時だった。目の前に立つ怪我を負った大人の男性の姿が、もう一人、この大人と比べて背の低い少年とブレて見えた。その背の低い少年が、今、この世界に物体があるであろう目の前の大人の男性と代わる代わる重なって見える。そしてその度に、突然と恵の脳の中で光が幾つも瞬いた。少し朦朧とした感覚なる意識の中で、恵は見覚えのある背の低いもう一つの人物に目を凝らした。恵はハッとした。やはり正樹だった。彼女は思わず、「――正樹!」と、思い切りに言葉を放った。しかし、それと同時に、何故か薄れ行く大人の男性と共に、無情にも正樹の姿はこの場所から突然と消えていった。

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