無料小説 処女作品@「愛するということ」第四章 =30=

正樹は日中、水の飲める適当な所で休息をとりながら両親が居た地へと向かっていた。考えてみると、昨日から何も食べていない。しかし、この時の正樹は神経が麻痺したように空腹など感じては居なかった。

かなりの時間が経過した頃、いよいよ目的の場所へと辿り着いた。自分の生まれた場所だ。あの日消失し空き地となったこの場所に、誰の物か分からない立派な二階建ての家が建っていた。正樹は、もしや? と思い表札を見てみたが、やはり刻まれている字は『松田』ではなかった。両親が死んだ事実を、彼も智彦と同じくここで完全に認めるしかない。

 やっぱり現実は夢にはならないのかそう思い、正樹はまた一つ深いため息をこぼした。しかし気落ちばかりしていられない。彼の目的は老夫婦に会う事だ。我に返った正樹は、隣に住んでいる老夫婦の家へと訪ねに行ったが、其処に老夫婦の姿は無かった。代わりに正樹を迎えたのは、この時初めて存在を知った四十五歳位になる息子の方だった。

「去年の春先に、親父の後を追う様にして逝っちゃってね」

「そうだったんですか……」

 正樹は気落ちした様子で言った。

「正樹君、だったかい? 君は僕の両親に何か話したい事があって来たんだろ? おじさんで良ければその話を聞かせてくれないか?

「はい。でも、あの……」

「何も恥ずかしがる事はない。話しなさい」

正樹は脱走した事実だけは伏せてこれまでの事を話し、その理由から助けて欲しいと老夫婦へお願いしに来たのだという事をおじさんへ打ち明けた。しかし

「正樹君。悪いが、その話は聞けない。……いや、君が悪いと言うわけじゃない。でも、突然じゃ無理なんだよ。分かるだろ? 物事には順序って物がある。本当に悪いんだが、僕一人では、短い期間とはいえ君を世話することは出来ない。僕の親父とお袋が生きていれば、話は違ってたかもしれないが……。助けてあげたいのは山々なんだけどね」

 と、申し訳なさそうに返された。正樹はとても動揺していたが、あえて平然を装った。

「いえ、いいんです。こちらこそ突然失礼しました。それじゃ――」

 お辞儀をしてその場を離れようとしたその時だった。

「ちょっと待ちなさい。施設へ戻るなら車で送っていこう」

 家主である老夫婦の息子は、正樹が脱走して此処に来たという事に薄々気が付いている様子だった。

「いえ、もう一つ寄りたい所があるので。そこでお願いして送ってもらうから大丈夫です」

「それじゃ、送る途中で其処に寄って、それから――」

「いや、本当に大丈夫ですから。ちゃんと施設には帰ります」

「そうか……それなら良いんだが。君は年頃にしっかりしているみたいだし、大丈夫だとは思うんだが、いいかい? 絶対に変な気だけは起しちゃ駄目だぞ。そこへ寄ったら、そのままちゃんと施設に戻るんだ。いいね?

「はい。それじゃ帰ります。どうもすみませんでした」

 正樹は疲れた足をゆっくりと動かし、今度こそはとばかりにこの場を後にしようとした。

「正樹君――」

 家主の声に、正樹は足を止めて振り返った。

「正樹君……実はね。実は、弟が東京で小さな会社をやっているんだが、さっき話してた通り、君が中学を卒業後、本土へ就職すると言う事で、もし、それで当てが見つからなかった場合なんだけどね。もう一度ここに相談に来ると良い。今は君の問題が大きすぎて無理だが、その時はおじさんがその会社へ正樹君を紹介するよ。おじさんも最初の頃、弟の旗揚げの手助けとして其処で働いていた事があるんだけどね。仕事は少々きついが、面倒見の良い人間ばかりが揃ってる。だから大丈夫、何も心配する事は無い」

「分かりました。それじゃ、その時はまた相談に来ます。ありがとうございました」

「うん、それじゃ気をつけてな。とにかく頑張れよ」

「はい」

正樹は話を断られた時、近くに住んでいる従姉弟の家にも寄ろうと決めていた。外はまだ明るいが、時刻は十八時を回っていた。後二時間もすれば、この沖縄の長い昼も終わり、完全と夜を迎える。もう時間がない。彼は動揺を隠しつつ急いだ。

先ほどもそうだったが、夕方に突然と相談に行けば、やはり脱走した事に薄々気付かれるだろう。また、正樹が最後に会ったのは五才の時だ。向こうは自分を覚えていないかもしれない。お互いに大分成長し昔とは違う。戸惑いの色は当然何時までも隠せない。しかし、もう当てに出来る存在は他にはなかった。

彼は迷う事無く従姉弟の居た家の門をくぐり玄関のチャイムを鳴らした。しかし、出てきたのは、従姉弟とは全く関係のない見知らぬ大人の女性だった。

「え? 前に住んでた村山さんの家族なら、六年前に入れ替わりで引っ越したわよ」

「そうだったんですか。あの、何処に越したか分かりますか?

「さあ。そう言えば、何処へ引っ越すかまでは訊いてなかったわね。あの旦那さんと奥さん、人見知りに余り話しをしたくない様な感じだったし、余計に深くは会話しなかったからねえ」

正樹の知らぬ間に従姉弟はどこか遠くへと引っ越していたらしい。従姉弟のおじさんとおばさんはとても明るく人見知りなどしない性格だった記憶がかすかにある。正樹は話の中から、何か都合の悪い事が一家に起きた事を察した。そして、自分が失った時の空白を酷く痛感した。正樹が施設に入っている間、外の世界はあたかも一変したかの様に知らぬ間にも随分と時が進んでいる。もはや全ての希望を失った時、外はいよいよ暗くなった。

正樹は仕方なく飛行場跡地へと歩いた。向こうなら隠れて眠るには絶好の場所だと思ったからだ。彼は、街灯がポツリポツリとある川沿いの道から其処へと向かった。途中、小さい頃に従姉弟とよく遊びに来た川岸の側を通った。こちらより低い場所にある川の上に、向こう岸に見えるこちらとほぼ同じ高さの場所へと架けられた、木製の電柱二本で成る簡単な橋は、この時もまだ現役で残っていた。ちょうど近くにある街灯が、この変わらない風景に幻想的な光を灯している。正樹は、此処だけ時が止まったかの様に、昔と今が何一つ変化しない景色に対して、なんだかとても嬉しくなった。

一時間ほど歩いて、ようやく正樹は目的の場所に着いた。飛行場跡地だ。此処もまた昔とほとんど変わっていなかった。正樹は安堵した。彼は真っ先に兄弟四人で寝そべった場所へと行った。着いた時、棒の様になった足を癒すべく、大分伸びた薄の茂みへと思い切り飛びつく様にして横になった。雑草である薄へと横に倒れて寝転がった途端、母から逃げたあの時と同じ様に、空腹から来る衰弱と共に軽い目眩がして来た。が、しかし、正樹は一円も持っていない。そこで彼は、とりあえず水で空腹感を紛らわせようと、昔よりは遊具が揃い大分マシになっていた近くの公園へと向かい、そこでありったけ水を飲む事にした。勿論、空腹から来るこの目眩は、それだけでは当然拭えなかった。正樹は先ほどの場所へ戻るのも億劫となり、仕方無しにそこら辺の芝の上で横になった。彼はそのまま深い眠りに入り早朝を迎えた。

正樹は目を覚ました瞬間から昨日よりも酷い空腹感に襲われた。もはや立つ事も歩く事も困難な状態となっている。しかし、彼は、連続と来る立ち眩みを我慢し、少し朦朧とした意識の中で、目的もなく、只、無意識に何処かへと歩きだした。朝の光が先ほどよりも明るくなってゆく。と同時に、暑さが肌を照りつけては、汗が正樹の身に着けているシャツを濡らし始めた。彼の目眩は更に酷くなってきた。

気が付くと、懐かしの店の前に正樹は辿り着いていた。上間商店だ。正樹は店の中へ入ってみた。冷房装置により、中はとても快適だった。

「いらっしゃい」

 店主の親父が昔と変わらず無愛想に発した声は、年月により角が削れた様にどこか優しく聞えた。正樹は買い物をしに来た訳ではなかった。その為、どの商品棚へ行けば良いか分からず、一瞬、頭の中が空っぽになったように真っ白になった。彼はたまらず、おどおどとした様子を見せてしまった。

「今日は一人かね? いや、当然一人だろう。そうだね?

 見かねた様に、店主が口を開いた。店主は、昔、警察官らと謝罪の訪問にて一度しか会った事の無い正樹と兄弟の事を何故か覚えていた。正樹が何か言葉を返そうとしたその時、店主は手に取り読んでいた新聞を落ち着いた様子で綺麗に折りたたみ、それをレジ台側へときちんと置いてから彼を見つめて再び口を開いた。

「君の弟と友達は本当に残念だった。でも気を落としてばかりじゃいけないよ」

「どうしてそれを知ってるんですか?

 正樹は驚きながら思わずそう口にした。

「つい最近来た本当に久しぶりに会うある恩師から話を聞いてね。その方から色々と知らされて居たんだ。君が近くここに来る事もね」

正樹は、店主の言葉に唖然とした。恩師? 一体誰のことだろう。また、何故にその人物はこの人の所へ話をしに来たのだろうか? 彼がそう思った時だった。店主が言った。

「何でおじさんにって、思ってるんだろ?

店主は座ったまま両肘を台において拳を組み話を続けた。

「その前に、何故、その方は君が近くここに来る事をまるで予言する様に知っていたのか? おじさんの人生にもこれまで不思議な事は沢山あった。子供の頃、山遊びしてる時に、誤って崖上から物凄いスピードで滑り落ちた事があってね。その時、“助けて”心で叫んでから頭が真っ白になった後、ふと気が付けば崖に生えた一本の木の上に自分は立ってた」

店主はそこまで話してから立ち上がり、正樹の側にある様々な種類のパンを陳列した棚へゼスチャーを含めながら歩き始めた。

「高校生の時には全然相手にもされなかった好きな子にね、いきなり逆に告白された。あれはびっくりしたよ。なんせおじさんはあの頃から今みたいにぶくぶく太ってからね。いや、本当に祈りは毎日しておくもんだなって思ったもんさ」

「あ、あの――」

 正樹は良く分からないと言おうとしたが、ちょっと待てと、店主が人差し指を立ててそれを阻止した。

「何故かは分からないが、先生は君がここに辿り着く事を、私と会う前から既に知っていた。神の導きである光がそれを教えたと先生は言っていたが、多分それは本当だろう」

正樹は驚愕した。――光? それは、恵や正樹のみならず智彦の前にも現れたあの不思議な現象と同じ物なのか? もしそうだとしたら、この先回りに見せるように訪れる世界、いや、この先の運命には、一体どれだけの意味が隠されていて、自身にどう関係していると言うのか? しかし、この時の正樹には、やはり何も見えては来なかった。

「実はおじさんもね、昔、君の居る施設に大分世話になってた事があるんだよ。作間源吉先生とはその時知り合った」

「作間先生……。恩師って、園長先生の事だったんですか!

「おじさんもね、君達兄弟と同じ様に両親を幼い時に亡くしていてね。まあ、私の場合は一人っ子だった訳だが、そのおかげで施設では慣れるまで寂しい思いをしたもんさ。でもそんな時、何時でもとはいかないが、時間があれば必ず優しく遊び相手をしてくれたのが、あの頃は事務の方で勤務していた作間源吉先生なんだ。荘へ配属されている先生達は今もそうかもしれないがとても厳しくてね。そんな事もあってか作間先生はどの園児からも好かれていたな……。そうそう、それでね、おじさんがここにこうして居るのも、作間先生が関係していてね。実は言うとおじさんはここに養子として来て後々この店を継いでいるんだが、その養子となる前の話しだけどね、自分が高校生の頃、施設に養子を探してる夫婦が訪れて来た事があってね。その時にね、作間先生が本当に幼い時から両親が居なかった自分をその夫婦に薦めてくれてたんだ。そしてね、そんなこんなでこの上間家に養子として来た後、この店の後を継いで今の自分がある。いや、養子として来た最初の頃は色々大変だった。作間先生が「この子は勤勉で頭も良い」なんて事を大げさに話していたみたいでね。その話に合わせる為にそりゃ大変だった。この話はね、今でも嫁と笑い話しで時々しているよ」

ここで一つ呼吸を置いてから店主は調子を変える様に笑顔から真剣な表情へと静かに変化させた。

「その嫁はさっき逆に告白されたって話していた一つ下の彼女でね。彼女が高校を卒業し卒園してからおじさん達はすぐに結婚した。ここの両親もとても優しくその事に対して理解してくれてね……全ては作間先生のおかげだと思ってる」

話を言い終えて店主は再び笑顔で正樹を見つめた。

「君とおじさんは本当によく似ている。お腹、空いているだろう?

店主はガラスケースの食品棚に置いてあった菓子パンを一つ取り出し、それを正樹の胸元へと優しく差し出した。

「何も遠慮する事はない。食べなさい。後の話はそれからだ」

正樹は、突然とも言える久しぶりの優しさに、たまらずと泣き拭いながら手にしたパンへとがむしゃらに食らい付いた。あの日、兄弟で分け合い食べた時と同じ様に、パンはとても美味しかった。店主は飲料水も正樹に渡した。彼がそれを飲むと体内は一気にそれを吸い上げては全身を潤した。

その後、少し落ち着いたとき、店主は何があったのかを本人から直接確認すべく詳細に尋ねた。正樹は全てを話した。もう施設には二度と戻りたくはない。店主は正樹の胸の内をとても理解してくれた。それから数日後、児童相談所と店主は正樹と共に話し合いをし、そして養子として正樹の面倒を店主がこれから見てくれる事になった。それは夢のように話は進んだ。

「気にしなくていいんだよ。ここからね、君が好きな彼女にいつでも会いに行くと良い。私の時と同じ様に、彼女はきっと待っている」

 これから養子として正樹の世話をする上間良晴は言った。だが、正樹の表情は暗かった。

「彼女は絶対に自分とは会ってくれないと思います」

 正樹は俯いてそう言った。しかし、それを払拭するかのように良晴は返した。

「いや、それは分からないぞ。多分、その子は今頃とても寂しい思いをしているはずだ」

 言って、彼は正樹の肩に手を置いた。

「良晴おじさん、やっぱり自分は間違っていたんでしょうか?

「そうじゃない。君のやった事やこれまでの成り行きも、また運命の一つなんだ。もし君が災いをかわす事無く施設に残ったとしても、やはり運命は同じか、もっと酷い結末を迎えたかもしれない……とにかく気持ちが落ち着いてから、バスに乗って一度会いに行きなさい。それで何か新しい希望の光が見えてくるかもしれない」

「でも、恵はもう完全に許してくれないと思います……。これで本当に、自分は恵を残して逃げたんです……」

「大丈夫、次に逢う時には全てが解決するはずだ。多分、きっとね」

 言って、義父となった上間良晴は、にこやかな表情で正樹にウィンクして見せた。正樹は義父のその言葉に、何かとてつもなく大きく深い意味を感じた。

養子となってから何ヶ月か経過し学校も私生活も少し落ち着いた頃、正樹は路線バスに乗り込み恵に会いに施設へと行った。中学卒業は、もうすぐ其処まで来ていた。健二等に遭わずに恵と会う方法はこの状況からなら幾らでもある。正樹はまず事務所へと尋ねて、そこから放送マイクで彼女を呼び出してもらい、応接室で彼女と再会した後、外出許可を取ってから外で散歩をしながらでもじっくりと話すつもりで居た。

「おお、正樹久しぶりだな。どうだ、元気でやってるか?

児童らから『鬼』と呼ばれ最も恐れられていた職員が、彼をまずは気持ちよく出迎えた。と、その時、「正樹君」と背後から声が聞こえた。正樹は事務所の出入り口方向へ振り返り見た。牧師姿の園長先生の姿が其処にはあった。どうやらたった今、礼拝を終えたばかりらしい。正樹は園長先生と挨拶を交わした後、今日は恵に会いに来たのだと言う旨を話した。

「そうか……彼女に会いに来たのか」

 園長先生は正樹の話しを聞いた途端、急に暗い顔になった。

「……正樹君、実は言うとね」

彼が施設へと会いに行く頃、恵は既に正樹と同じ様に、其処から姿を消してしまっていた。里親に出たと言うことだった。正樹が十代の内に恵に会う事は、この世界ではもう二度と無かった。

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