無料小説 アマチュア時代作品 @川辺にて(24)最終話

「それじゃ、行ってくるわね。テイク」

幾つものロープを一生懸命に解いているテイクへ申し訳なさそうに舞は言った。

「いってらっしゃい。姫様」

がっちりとキリキリに縛られたロープを外す作業はかなりの力仕事になるが、余裕の素振りを見せつけてテイクは返した。

「隆史、行くわよ。ほら、手を繋いで」

隆史は言われるがままに舞の手を力強くで居て、かつ、優しく握った。途端だった。舞と隆史は空中を舞い踊るようにして飛んだ。

「うわ~!何時飛んでも凄いや!

上機嫌な隆史に舞は微笑みを浮かべた。

「ウフフ♪ 彼処の高台で景色を眺めましょ」

「え? 俺、ずっと飛んでいたいよ。駄目?

「私にも体力の限界って物があるのよ。乙女を少しは労りなさい」

「はいはい。お姫様」

「お姫様は止めてって何度も言ってるでしょ!もう、それなら隆史と散歩してあげない」

「御免!うっかり口にしちゃったよ。本当に御免!

「本当に反省してる?

「うん」

「ウフフ♪ それじゃ、「舞」って呼んで」

舞は少し頬を赤らめて言った。

「舞、御免よ。大好きだから許して欲しい。この通り!

隆史は空中の中でお辞儀をした。

「ウフフ♪ それじゃ、許してあ・げ・る」

舞のその一言に隆史は感情を高ぶらせた。

「ほんとかい? やった~!

素直に隆史は喜んだ。

「でも、こんどまた言ったら罰として食事はコックリの木の実だけよ。分かった?

「はは~! 分かりました。御姫……違う!舞」

「そう、良い子ね」

「あのさ~、こっちからもお願いがあるんだけど」

「なあに?

「その子供扱い止めてくんないかな?

「駄目よ! 隆史は子供だもの。当然だわ」

「ちぇっ!

「何か文句でもあって?

「無いよ! もう好きにしてくれよ。降参! あはは!

「ウフフ♪ 私の尻に敷かれているんですもの。当然よ」

「言ったな~!

「何度でも言ったげる。ウフフ♪」

「舞には敵わないや! あはは!

そして二人は城下町を一望できる高台で景色を眺めた。

「うわ~! 空から見る景色も最高だけど、此処から眺める景色も最高だね!

「ウフフ♪ そうね」

二人の間に暫し沈黙が流れた。舞が先にその沈黙を破った。

「ねえ、隆史」

「なんだい? 舞」

「色々考えたんだけど、私たちの関係」

「……友達だろ? 何を今更」

「違うの。聞いて、隆史」

「さっきから聞いてるよ。何が言いたいんだい」

「その……、妖精と人間の交際があったも良いかなって思い始めたの」

隆史はその言葉に直ぐに反応した。

「舞!俺と付き合ってくれるのか?

「……ええ。隆史さえ良ければ」

「全然問題ないよ! やった~! それじゃ、これからは彼氏と彼女の関係だね」

「……そうね」

「なんだよ! ちっとも嬉しそうじゃ無いじゃないか」

不満げに隆史が訊いた。

「別れは必ず訪れる……。それが辛いだけよ」

辺りは再び沈黙が立ち籠めた。隆史は言った。

「俺、今が良ければ満足。後のことなんか考えない」

「……そうね。今を楽しまなきゃ」

深い溜息をついた後、舞は思い切りに微笑んだ。

「ウフフ♪ 唇にキスはまだ駄目よ」

隆史の心を読んで舞は言った。

「なんだよ! ケチ! まったくさ。何時になったらしてくれるんだい?

「最後まで取っておく物なの。だから今は駄目よ」

「そっか。なら我慢するよ」

隆史はそう言っては、両手を頭の上にのせて景色を再び眺めた。今朝は風邪は若干残る物の、昨日と打って変わって快晴だった。きっと昨日の嵐が雲の全てを連れて行ったのだろうと隆史は思った。座っていると、爽やかな朝にも暑さが感じられるようになった。其処で舞は言った。

「それじゃ、そろそろ戻りましょ」

「そうだね。やっぱり南の国は暑いや! あはは!

「ウフフ♪ そうね。そじゃ行くわよ! 手を繋いで」

隆史は手を繋いだ。それには、これまでにない幸福感が感じられた。二人は空を飛んだ。とても涼しい風が二人を包み込んだ。

「お帰りなさい。姫様」

テイクが再出航の準備を済ませながらそう言った。

「ただいま。さあ、いよいよ再出航の始まりね」

「師匠! さっき良いことがあったんですよ! 舞、話しても良いかな?

「駄目! 二人だけの内緒よ」

言って舞は頬を赤らめた。

「なんですかな? 二人とも何だか変ですぞ」

テイクが訊いた。

「なんでもないわ。早いところ再出航しましょう」

言って、舞は話しを逸らそうとした。

「何だか尋常じゃありませぬな。何かあったのでしょう? 話して下さいよ。このままじゃ気になって航海に支障をきたしますぞ」

「……分かったわ。それじゃ話すわね。だけど驚いちゃ駄目よ」

決まり悪く舞は言った。

「……分かりました。このテイク、何があっても驚きませぬ」

「実は隆史と交際することにしたの」

「それは良かった……。ええ? 何ですと!

テイクは腰を抜かすほど驚いてみせた。

「だ・か・ら、私達、付き合うことにしたの。何か問題でもあって?

「滅相もない! よく考えた末のご決断でしょう。ワシからは何も言えませぬ」

「そう。私としては何か一つくらい言われてみたかったわ。残念ね」

「それならば一言だけ。隆史が報われて本当に良かった……」

涙目にテイクはそう言った。

「報われたってどう言う意味? 舞」

「馬鹿ね。報いられるって事よ。あれ、答えになってないわね。ウフフ♪」

「何だか分からないけど良い事って言うことだよね?

「そうよ。隆史。もう特別なんだから」

言って、舞は頬を赤くした。

「姫様、ちょっと」

テイクは言うと舞の耳元に唇を近づけた。

「何?

「必ず別れが訪れることは承知済みなんですかな?

テイクが隆史に聞かれぬよう小声で囁いた。

「勿論よ。ちゃんと話してあるわ」

「そうですか……。何だか切ないですのう」

「そうね……。でも仕方のないことだから今を一生懸命楽しむわ」

隆史が割って入ってきた。

「師匠、何こそこそ話してるんですか?

「何でもない。隆史よ、姫様を宜しく頼むぞ」

「はい! 俺、一生懸命頑張ります!

「あら、面倒を見るのは私の方よ。隆史ったら尻に敷かれてるのよ、テイク」

「はっははは! そうでしたか! これは愉快だ!

「なんでい! せっかく格好つけて話したのに、損したや。あはは!

「ウフフ♪ これからも私の言うことを聞くのよ、隆史」

「ちぇっ! はいはい」

此処で一同、どっと笑いが込み上げた。三人とも良く笑った。

「さあ、再出航よ。テイク、最後のロープを外して」

「はい、姫様。それでは参りますぞ!

テイクが最後のロープを外して急ぎ足で再び船に乗り込むと、船はゆっくりと離岸した。テイクは再度急ぎ足でブリッジデッキへと向かい舵を取った。船は上昇を始めた。いよいよ再出発である。皆の心はこの上ないほど高鳴った。

「この国ともおさらばだね。二度と来たくないけど」

「ウフフ♪ 国王をまだ根に持ってるのね」

「当たり前さ! 俺の舞を横取りしようとしたんだ。絶対許せない!

舞はその「俺の舞」と言う言葉にキュンとした。

船は上昇気流に流されてはあっという間に雲の上へと出た。舞と隆史は相変わらず甲板上でじゃれ合うかのように楽しく遊んでいる。それをテイクがまたしてもブリッジデッキから覗いているのだった。

「――なんと、姫様が隆史と付きおうたのか?

「うむ、純粋な隆史に心を奪われたのだろう」

「しかし、付き合うとはな……。これは妖精の歴史が動いた瞬間じゃぞ」

セベアが驚きを隠すことなく言った。

「あの事件で姫様は何かを悟ったのだろう」

あの事件とは、国王とのことを意味している。テルとセベアは言わずとも理解していた。

「フォーフォフォフォ! 姫様は恋に目覚めたのじゃ。夢の中での」

「……夢の中で?

テイクが言う。

「そうじゃ。国王に魂を奪われた時に夢の中で見たのじゃ。隆史をの」

「なるほど。そう言う事か……」

此処で一つ沈黙が走った。三人は共に隆史と舞の未来について考えていた。テイクがその沈黙を破った。

「テルよ。南の孤島はもうすぐ其処まで来ていると申したのう?

「ああ、確かに言うたでのう。それがどうかしたかの?

「まだはっきりと見えぬのか?

「おお!隆史らのことでそう言えば忘れておった。どれ、ここは一つ……」

言うと、テルは水晶を睨み付けた。テルは続けた。

「その地よ、二陽なりて辿り着かん……。明日じゃ。明日、孤島は見える」

「そうか!それならば間に合うな。姫様も喜ばれるだろう」

テルは浮かない表情をしている。

「ん? どうした? テルよ。嬉しくはないのか?

テイクは訊いた。

「隆史の運命も今日と合わせてあと二日じゃ……。せっかく付きおうとるのにのう、記憶が消去されるとは夢にも思って無いじゃろう。姫様もな」

「それを言うでない! 何だか泣けてきおるわ」

「そうじゃの、そうじゃの」

セベアが同調した。三人は構わず涙を溢れさせた。

「あと二日。隆史に何かしてやれることはないかのう?

「まったくだ。しかし、これ以上のことはしてやれん……無念じゃ」

「演奏会に将棋講座。そして姫様との貴重な時間……それ位よのう」

再び沈黙が漂った。

「今日は甲板上でバーベキューはどうかの?

テイクが再び沈黙を破った。

「おお!船の上でバーベキューとはのう……しかし、材料も器材もない。どうするつもりじゃ?

「本当は島に着いたときにやろうと思っていたのでな。食材を買い物しに行ったときに炭も合わせて買っておったのだ。甲板も広い……何も問題は無かろう」

「テイクよ、おぬしもやるのう。フォーフォフォフォ!

「どうせやるなら夜が良い。満天の星の下でバーベキューロマンチックじゃわい。フォーフォフォフォ!

「それでは昼食の時にでも姫様に提案しよう。きっと喜ぶぞ……隆史もな」

言うと、テイクは涙顔に変わった。

「儚い運命よのう……。実に無念じゃ」

そうテルに言われると、テイクは号泣しだした。

「殺しのテイクが泣いておる! これはまた奇跡じゃ! 隆史め、本当に凄い子供よのう」

「からかうでない! 貴様らも一緒に泣いたらどうだ?

必死に涙を堪えながらテイクは言った。

「ワシらは老人じゃでのう、涙腺が緩むのも、ちと遅いのじゃ。テイクよ、一人泣くがよい。そして、その分、隆史と姫様の前では満面に笑うのじゃ。それが男と言う者じゃて」

「その位、言わずとも分かっておるわい!

「フォーフォフォフォ! 今度は怒っておる。本当に喜怒哀楽な男じゃのう、テイクや」

「冷やかしおって……。貴様らには将棋講座で一つ二つ揉んでやる。覚悟することだな」

「フォーフォフォフォ! そりゃ楽しみじゃわい。のう? セベアよ」

「そうじゃな、そうじゃな。フォーフォフォフォ!

「まったく、貴様らに効くお灸を考えねばなるまいな」

言って、テイクは踵を返して再び甲板上を見た。

其処には無邪気な二人が映し出されていた。

この日の昼食は舞特製のピザだった。ハムにベーコン、コンビーフ、オリーブにコーン……とにかく色んな物が乗っかっていた。しかし基本はマルガリータで、トマトピューレ、ケチャップ、モッツアレラチーズ、バジルがちゃんと存在感を見せつけている一品だった。テイクの場合、それが三段重ねになっているから、まるでハンバーグの様な代物だった。食事はイタリアン風にピザカッターを使用せず、ナイフとフォークで切り分けてから口に運ぶため、何段重ねだろうがテイクにとってみれば何の障害もなかった。

「テイクめ、よう食いよるわい。食材のほとんどが貴様のじゃなかろうか?

「文句を言うでない。食材の調達はこのワシが担当したのだからな」

「金の礫は貴様のためにあるのではないぞ!もう少し遠慮はないのかのう?

「ごちゃごちゃと煩いわい! 姫様の言いつけ通りに買い物をしただけじゃ。何か問題でもあるのか? え?

「三人とも止めて! せっかくの昼食が台無しになっちゃうわ。テイクは胃袋が大きいの。分かってるくせにぼやくのは止めなさい。セベアにテル」

「まったく、姫様がおらんかったら貴様らなど殺しているところだ」

「年寄りを労らん奴に殺されとうないわい」

「何を~! 舵取りにその他諸々やっておるのはワシの方ではないか! 何をぬかす!

「それを言われると何も言えんわい。フォーフォフォフォ!

「三人とも止めてって言ってるでしょ! ほら、違う話題にしましょ」

「そうじゃった! 姫様、今夜は甲板上でバーベキューと行きませんかな?

「あら、名案ね。材料等は準備が出来てる。そうでしょ?

舞はテイクの心を読みそう言った。

「はい。きっと気持ち良いですぞ!満天の星空の下でバーベキュー。考えただけで旗ペコになる。はっははは!

「準備はワシらでします。姫様は隆史とゆっくりと仲ようしとってくださいませ」

「今日はやけに気が利くのね。何か隠してる?

舞は三人の心を読んだ。テイクら三人はすかさず頭を真っ白にした。舞は結局何も分らなかった。テイクらは内心からホッとした。

「そう。頭を空っぽにしてるって事はやっぱり何か隠してるわね。でも、まあ良いわ」

テイクらはビクつきながらも頭を真っ白にすることに専念した。何時覗かれるか分からないからだ。しばらく沈黙が続いた。そろそろとばかりに安心したのだろう。テイクが声を出した。

「姫様、肉は上等の霜降り肉ですぞ! タレも良い品を選んでおきました」

「テイクったら相変わらず肉好きね。野菜の準備も出来ているのでしょうね?

「それは勿論! しいたけにとうもろこし……バーベキューには王道の品を準備しております。ですからご心配なく。さあ、今夜は盛り上がりまするぞ!

「あら、ビールまで用意しているのね。私達はノンアルコールのシャンパン……悪く無いわ。楽しみましょ。ねっ? 隆史。ウフフ♪」

「うん、楽しみにしてるよ。空の上でバーベキューが出来るなんて、人間では俺くらいのもんだね。何か特別な気持ちになるよ」

「そう言ってくれると嬉しい限りじゃ。隆史や、存分に堪能せねばな。フォーフォフォフォ!

「うむ、テルの言う通りじゃ。隆史よ、今夜は思いっきり楽しむがよい」

「はい、師匠!

「それにしても、今日のピザは最高に美味い。姫様の将来の旦那様が羨ましい限りですわい」

言うと、セベアは言ってはいけないことを口にしてしまったと、思わず口を塞ぎ動揺した。

「セベア!

テイクが怒りの言葉を発した。

「良いの。気にしないで。隆史とはちゃんと話をつけてるわ」

「舞……」

隆史は思わず泣き顔になった。何時か別れが訪れる。人間と妖精は将来一つになる事は決してない。そのジレンマに似た感情が、今、正に皆を悲しみの向こうへと追いやった。

「人間が妖精を見れなくなるのは大分後よ。隆史、だから今は落ち込まないで。今を楽しく行きましょ」

「……そうだね。今を楽しくか~! なんか元気が戻ったよ」

二人のやり取りに、テイクらは思わず号泣しそうになった。目頭が熱くなるのを抑えるので精一杯だった。

昼食後、将棋講座の予定があったのだが、隆史は全てを忘れてしまう運命にあることから、テイクは将棋講座は止めて舞と精一杯楽しむことを隆史に告げた。

「舞、またクッキー作りしようよ!

「良いわよ。まだ三時にもなってないのに食いしん坊ね。ウフフ♪」

「だって、舞の作るクッキーと紅茶が美味いんだもん。当然だよ」

「まあ! 隆史ったら褒めるのが上手になったわね」

「素直に答えているだけさ。舞は俺の彼女だからね」

「ウフフ♪ 調子に乗って。でも嬉しいわ。ありがとう」

「さあ、厨房に行こう! クッキー作りだ!クッキー作りだ! ヒャッホウ!

「もう、張り切っちゃって。困った子。ウフフ♪」

「ああ~! 子供扱いしたなぁ! ゴリゴリの刑だぞ!

「やり返されるだけよ。忘れたの?

「ああ!そうだった! あはは!

「ウフフ♪ 隆史ったら本当に馬鹿なんだから」

言われて、隆史は敬礼をしてから「はい、僕は馬鹿で正直者な舞の彼氏です!」と答えた。舞は「彼氏」と言う言葉に思わず顔を赤らめた。

「ついでにケーキも作りましょ。シンプルにショートケーキ」

「え!? ケーキも作れるの? 舞って凄いね!

「ウフフ♪ 私ぐらいの年頃の女の子なら誰でも作れるわよ。そんなにびっくりするほどの事じゃないわ」

「けど凄いよ! 舞の作ったショートケーキ美味いんだろうなぁ……」

「ウフフ♪ でもあまり期待はしないでね」

「どうして?

「隆史に見つめられると恥ずかしくて失敗するかもしれないし……」

此処で舞は顔を少しだけ赤らめた。純粋な乙女心だった。

「俺は何時でも舞の事見てるぞ。まったく、舞って本当に男心を分かってないよな」

「まあ! 何よ、その言いぐさ。隆史だって全然乙女心分かってないくせに!……もう、本当に馬鹿なんだから」

「なら勝負だ」

「どうして勝負の話になるの? 理解不能だわ」

「良いから。良いから。これからケーキ作りの勝負をする」

「ケーキなんか作った事ないくせに……。良いわ、勝負しましょ」

「舞が勝ったら素直に謝る。でも俺が勝ったら……」

「俺が勝ったら?

「舞が俺の唇にキスをする! 名案だろ?

「ウフフ♪ 良いわよ。その勝負に乗って、あ・げ・る。ウフフ♪」

「約束だぞ!

「思いっきり恥かかせてやるんだから。ウフフ♪」

舞は、この少年が緊張をほぐそうと、わざとハッパをかけたことに対して愛おしいと思った。舞はより一層隆史の事を好きになった。

作業は土台となるスポンジ作りから始まった。舞は、まずは下準備として、バターを湯煎で溶かしておき、薄力粉をふるい器で振ってから、ケーキ型にバターを塗った。それを、まるでテストのカンニングをするように、盗み見ながら隆史は真似をしていた。舞はそれを見て吹き出しそうになったが、あえて隆史にはっきりと見えるように作業を進めた。途中、混ぜ加減が難しい工程で明暗は分かれた。舞は寄り添って教えてあげたかったが、心を鬼にして何もしゃべらなかった。案の定、舞のスポンジは綺麗に膨らみ、隆史のは、やや萎れたモヤシの様になっていた。隆史は構わずに次なる工程をカンニングし続けた。シロップを二枚に切ったスポンジに塗り、生クリームをグラニュー糖を投じてから泡が立つまで混ぜてから、仕上がった生クリームをまずは下段に、イチゴのスライスを乗っけて上段を被せてから周りや最上部を塗りたくり、星形の口金が付いた絞り袋に最後の残りを入れて周囲を絞り飾っては、そのすぐ側にイチゴを添えれば舞特製のショートケーキ完成である。どうやら隆史も何とか付いて来れたようだ。隆史も完成した。

「初めてにしては上出来ね。ウフフ♪」

飾り付けも雑な隆史の生まれて初めて作ったケーキを舞は馬鹿にする事無くそう言った。

「く、食いもんは見た目じゃなくて味だかんな。見てろよ、師匠をあっと言わせるのはこの俺様だい!

隆史は舞の上等なショートケーキにおののきながらも、そう強がりを言った。

「まあ! カンニングしておいてその態度? 本当に幼稚ね」

「構うもんか! それっ!

言って、隆史は少しだけ残った生クリームを舞の顔面ヘ向けて投げた。舞の鼻先へ見事に命中した。

「やったわね!

言うなり、舞も隆史の顔面へ向けて生クリームを投げつけた。隆史の片目に命中した。隆史はそれを拭うなり口の中へと舐めるようにして頬張った。途端、蕩けるような甘い味が口の中に広がった。

「舞の生クリーム最高に美味しいよ」

「あら、敵を褒めるなんて珍しいわね」

「舞の緊張をほぐすためにあえて敵になったんだよ。でも正直完敗です! あはは!

「ウフフ♪ それ位、最初からお見通しよ。もう一つ! それっ!

言って、舞は生クリームを再び投げつけた。

「うわっ! 勘弁! 勘弁!

「い~え、許してあげない! ウフフ♪」

「じゃあ、どうすれば許してくれるんだよぉ~」

「そうね……コックリの木の実を長靴一杯食べたら許してあげる。ウフフ♪」

「ご勘弁を~!

「ウフフ♪ 嘘よ、無条件で許してあげるわ」

「良かった~! あはは!

厨房内は二人の笑い声であふれた。これから訪れる運命を知らない二人にとって、それは永遠の至福にさえ感じた。しかし、隆史の死はもうすぐ其処まで来ていた。

 三時になった。隆史は毎度のことのようにテイクらを呼びに行っては全員が食卓に集い楽しいひとときを過ごした。

「それにしても酷いできばえですな。フォーフォフォフォ!

「まあ隆史が始めて作った代物だからの。隆史、良くできておるぞ」

「師匠、ありがとうございます!

「でも負けは負けよ。ウフフ♪」

「そんなこと言ってもコックリの実は食べないぞ~だ!

「まあ! 本当に子供ね。ウフフ♪」

楽しいひとときを終えた後、隆史と舞はまたデッキ上で夕日を眺めた。星々がちらつきだしいよいよ夜が訪れるとき、テイクが早々とバーベキューの支度をし始めた。隆史と舞はそれに同調してテイクの手伝いをした。そして、いよいよ最後の夜のメインイベントが始まった。

「いやあ! 姫様、炭で焼く肉は美味ですのう!

 テイクが満面の笑みで言った。

「美味じゃ! 美味じゃ! フォーフォフォフォ!

 テルとセベアも同調した。

「本当ね、美味しいわ。ねえ、隆史」

 舞が隆史に訊いた。

「うん! すっごい美味いや! あははは!

 隆史が答えた。バーベキューを堪能した後、演奏会も行われた。とても楽しかった。隆史と舞は演奏会を終え、テイクが後片付けしているのを他所に二人きりの世界へと入っていた。今日も星が綺麗だね。そんなことを話した。やがては二人横になり、只、じっと星を眺めた。オリオン座は真上に位置していた。

最後の朝を迎えた。今日、孤島へ辿り着くことを、舞と隆史が知らされたのは、朝食の時だった。

「姫様、実は言うとですな、テルの予言で今日の昼頃、孤島に辿り着くそうです」テイクが何げに舞へ伝えた。

「そう……ええ! 今日ですって?

「本当は昨日話すつもりだったのですが……」

「もう! どうしてそんな喜ばしいことを直ぐに教えてくれないの? もう!三人とも心を空にして!……まあ良いわ。隆史、いよいよ出番よ。ウフフ♪」

「う、うん……」

「どうしたの?

「いやさ、こんなに期待されると緊張しちゃってさ。あはは!

「ウフフ♪ もう、あどけないんだから」

「フォーフォフォフォ! お熱い限りですじゃ。フォーフォフォフォ!

 実に和やかな朝食だった。舞と隆史はまるで水を得た魚のように、非常に弾力を含んでおり、そしてまた、有意義な時間の共有をしていた。まだあと少し、あと少し、もう少しだけ時間が欲しかった。それ位に二人は時の短さに、はかなさを覚えていた。嗚呼、とうとう最後が来るのか。それに対して今後、何と言葉を姫様に発すればよいのだろうか? テイクは自問し続けた。勿論、綺麗に整えられた文字は一つも浮かばなかった。

「“その者よ。雷(いかづち)より落としけりその命。それより先に虹色の光、放たれん”、か……」

 テイクが思わず呟いた。

 昼になった。

「姫様、孤島が見えて参りましたぞ」

 テイクがキッチンへ舞を呼びに来た。

「分かった。今、火を止めてから直ぐデッキの方に行くわ。あれ? 隆史は?

「外に出て景色を眺めております」

「そう」

 舞が火を止めながら言った。

「せっかくですし、昼食を取ってから接岸した方が宜しいのでは?

「そうかしら?

「孤島に縄は張れませぬうえ」

「そうだったわね。人間しか立ち入ることが出来ぬ断崖絶壁の白い孤島……」

「……」

「どうしたの? テイク」

「いや、何でもありませぬ。それでは少し眺めに行ききましょう」

「いえ、やっぱり食事の支度が出来てから皆を呼びに来るときにでも覗くわ。見えてもまだ遠いのでしょう?

「はい」

「それなら決まりね。急いで作らなきゃ!

 そう言うと舞は火を点け直して再び調理を続けた。テイクはそれを見るなり「では」と言葉を残してから調理場を後にした。

「大分近づいてきたの。姫様はまだか?

 セベアが言う。

「そろそろ来るはずじゃ」

 テルが返す。その時だった。

「あの島ね? 凄い……本当に断崖絶壁な孤島だわ」

 舞がブリッジデッキにひょこっと出てきてはそう言った。食事の用意は出来たみたいだった。

「さて、どこから隆史の奴をあの島へ降ろせばよいのか迷いどころですな」

 テイクが舞に言う。

「そうね。何か強力なオーラが出ているわ。余り近づきすぎると妖力を吸われるわよ。気をつけて、テイク」

「分かっております、姫様」

「さあ、みんな! とりあえず昼食にしましょ。隆史を呼んでくるわ」

 そう言うと舞は隆史の元へと急いだ。

「何か揺れますな」

 昼食を取りながらテイクが言った。

「そうじゃの。揺れておる揺れておる」

 テルとセベアが同調した。

「何かしら?

「何かあたってるような感じがするね。ドーンって音が鳴るし」

 隆史が言った。

「ちょっとワシが見て参りましょう」

 その時だった。

「あっ!

 隆史が円い窓を見ながら大きな声を出した。其処には、大きく飛び跳ねる巨大魚の姿があった。

「なんと! こやつは大変じゃ! 元凶が出ておる! 大変じゃ大変じゃ!!!!!!

 テルとセベアが騒ぎ出した。

「みんな落ち着いて! テイク、よろしく頼むわ」

「はい、直ぐにでも殺して参りましょう」

「とりあえず、みんな外に出ましょ」

 舞がそう言うと、皆、テイクを先頭に外に出た。それはびっくりするほどに大きな青い魚だった。どうやらこの船を丸ごと飲み込もうとしているらしい。何度も何度も水面から飛び跳ねては大きな口を開けて襲いかかるのであった。船は大きく揺れていて物音などで騒がしかった。

「テイク急いで!

 舞が大声で言った。

「はい! それでは! くぬ~! 何故じゃ? 力がわいて来ない。くぬ~!

「島に近すぎて妖力が吸われているんだわ。この島に近づいたり地に降りた妖精は、皆、妖力が全て吸い込まれて人間に変わるらしいの。大変!

「このう! 役立たずテイクめ! お主、何時も偉そうにして置いてこれしきしか力を出せぬのか? ほれ! もっと力を出すんじゃ!

「わかっておるわ! くぬ~!

「師匠、頑張れ~!

 隆史が思わず言った。

「テイク頑張って!

 舞も隆史に同調してテイクを応援した。

「くぬ~! どりゃ~!

 力の入れすぎでテイクの顔が赤くなった。力こぶは限界まで膨らんでいる。その時だった。テイクの呪文が効いてきたのか、巨大魚が空中で途端にのたうち回った。

「しまった! まずい!

 テイクが舌打ちをした。なんと、空中で暴れ回っている巨大魚の尾びれが気球を縛るの縄に掛かり、その勢いで船は大きく暴れては、とうとう気球と船を結ぶ縄がブチリと切れた。そして叩き付けるように水面へと浮力を無くした船は落ちた。

「きゃ~!

 ドッパーンと大きな音を立てて船と巨大魚は海へと叩き付けるや、船に乗っている皆があちこちへ飛ばされて頭を強く打った。

「痛い……。みんな、無事?

 舞が周りを見渡した。

「いつつつ……。わしらは無事ですじゃ、姫様」

「何とか」

 テイクの無事も確認した。

「隆史は? あれ? 隆史は? 隆史は何処?

 舞がテイクに訊いた。

「それなんですが……」

 テイクが決まり悪く言った。

「テイク、隆史は何処なの?

 言うと舞はテイクの心を読んだ。

「……隆史は勢い余って巨大魚の口に飲み込まれました」

 残念そうにテイクが言った。

「そんな……」

「ほれ、テイクよ! 早く殺すのじゃ! 巨大魚を死すれば腸から隆史を救い出せるやもしれぞ。急ぐのじゃ!!!!!!

 テルが甲高くそう叫んだ。

「なるほど! テイクが殺して救うとはこの事かのう? ほれ、テイクや。急ぐのじゃ。急ぐのじゃ!

 セベアが同調して叫んだ。魚は遠くへとこの場から逃げようとしていた。

「急がねばな……。よし、この体で何処まで出来るが分からぬが、やってみるとしよう!

「テイク、隆史を助けて! お願い」

 舞は思わず泣いた。

「姫様……。どれ!

 そう言うとテイクは拳を合わせ思い切りに全身へ力を込めた。するとどうだろうか? 晴天だった空景色が一転して、どんどんと西と東の風がぶつかり合い、いつの間にか雲行きが怪しくなってきた。

「うぬ~!

 テイクは続けて強い念を込めた。

「頑張って! テイク!

 舞が激励した。次第に雷の音共に肌に痛く打ち付ける雨が降り始めた。

「今じゃ!

 テルが思い切り叫んだ!!

「それ~!!!!!!

 セベアも思わず同調して叫んだ。テイクはテルとセベアの合図と同時に海中へと厚い雷雲から雷(いかずち)を落としてみせた。

「これでどうじゃ~!

 テイクが雄叫びのように叫んだ。そして、大きな落雷音と共に光が辺りへと大きく弾いた。

「あ!――

 皆が一斉に声を揃えて発した。実に強力な落雷から巨大魚が海中から生きよい良く飛び出し、空中で隆史を吐いた後、再び海面へと体を打ち付け、プカプカと腹を見せて浮かんだ。巨大魚は死んだ。

「隆史!

 舞が急いで隆史の元へと飛んだ。隆史は助かった。そうではなかった。舞は隆史を連れ戻すと、肌の色が褐色になった隆史のことを酷く心配した。すぐさまテイクが寄ってきた。

「どうなの? テイク」

 舞は恐る恐る訊いた。

「……残念ながら死んでおります」

 テイクが隆史の首筋の脈を測りながら舞へ言った。

「そんな……。嘘よ、死んだなんて嘘。隆史は死んでなんか無いわ! もう一度確かめて!!

「ですから姫様、残念ながら……」

「嗚呼~!

 舞がたまらず絶句した。

「隆史! 隆史起きて!!!!!! 寝てるだけでしょう? もう、冗談はいい加減にして!

「姫様……」

 テイクは何も言えなくなった。

「起きて、隆史。嗚呼!!!!!!

 舞はそう叫びながら暫く号泣していた。

「さて、ワシの出番かの?

 セベアがテルに訊いた。

「定めじゃ。定めに逆らってはならぬ……。これが定めなのじゃ」

 テルが肩を落として呟いた。しかしセベアは構わず、「それ! 今じゃ!」と復活の呪文を唱えた。だが、お告げとは異なり隆史が復活することはなかった。

「ありゃ? おかしいのう?

 セベアは首をかしげるしかなかった。テルの予言が始めて外れた瞬間だった。横たわり目をつむる隆史に舞は泣きながら話しをしだした。それはとても恋恋しく周囲には聞こえた。

「ねえ、隆史。覚えてる? 始めて出会ったときあるじゃない? あの時、私も実は言うと隆史に一目惚れだったの。それから手をつないで一緒に始めて飛んだとき……とても隆史の手は温かかったわ。始めて頬にキスしたときは私も夢中でドキドキしてた……。でも、まさか最後の真ん中のキスがこんな場面になるなんて思わなかった。……そうよ、隆史。今すぐ約束のキスをしてあげる……。ええ、人間と妖精の関係なんか気にしない。いつまでも、ずっといつまでも大好きよ。隆史」

 舞は隆史の唇へと暖かくて長いキスを交わした。その時だった。互いの唇を合わせた箇所から何と七色の虹が北へ向けて斜めに放たれた。次第にその虹は周囲を丸ごと包み込んでは船を自然と持ち上げた。天気は先ほどとは打って変わって思い切りよく晴れている。

「何と! 船が動いておるぞ!

 セベアが途端にはしゃぎ始めた。

「その者よ。雷(いかづち)より落としけりその命。それより先に虹色の光、放たれん……」

 テイクが思わず呟いた。

「お告げは誠であったか……。のう? テイクや」

 テルがテイクに相づちを求めた。

「うむ」

 テイクはそれに応えた。

「汝、緑色の衣を纒し世の光を受けたり。虹に沿って復活の狼煙を上げ、王に金色の魂を授けたもう――。何と救世主とは姫様であったとは!

 セベアが興奮気味に言った。

「う~ん……」

 隆史が唸った。

「隆史!

「おろ? ワシの呪文が効いたのかの?

 セベアが言う。

「何を言うておる。それもまた姫様の口づけのおかげじゃ」

 テルが返した。

「テイク、隆史が息を吹き返したわ!

「そっとして置いてやりましょう。今は寝かせてやるのが一番です」

「良かった……」

 そう言うと舞は涙を拭った。

「気球が飛んでしまった今、もはや帰郷は困難と見ていましたが、奇跡が起きたようです」

「この虹に乗って帰るのね?

「はい」

 テイクはにこりとして見せた。

「ちょっと待って」

 舞は忘れ物をしたように、急に孤島へ向けて舞い始めた。

「姫様! 危険です。これ以上近づいてはなりません! 人間になりますぞ!!!!!!

「分かってる。全ては上手くいくわ」

そして人間にしか摘めない一輪の花を、舞は孤島へと足を踏み入れて摘んでしまった。迷いはこの時、既にもう無かった。

隆史は川辺にて仰向けになって倒れていた誰かが頬をぺろぺろとなめているのを隆史は感じた。眠りから覚めた瞬間だった。

「う~ん……あれ? 何でこんな所で寝てるんだ? 俺?

 隆史は目を覚ますと、そう独り言を言った。横にはミーが居た。

「ミー! 何だよ、俺の頬舐めてたの、ミーの仕業だったのか~。でも何でこんな所で寝てるんだろ?……あれ? ミー」

ミーの体に一つだけ白い小さな羽が付いていた。隆史をそれを取るなり、只、ぼんやりとしながら無意識に手のひらに乗せた。風が吹いた。途端、小さな白い羽は空中を舞うようにして向こうへと飛んで行った。

「あれ、舞ったや……」

 舞――

 その言葉に何か隆史は違和感を覚えた。

「舞、舞……」

 隆史は深く考え込んでしまった。だがしかし、何も浮かんでは来なかった。それでも隆史は“舞”に対して思い切りに引っ掛かっていた。

「舞、舞……舞、舞、ま・い……、……!

 隆史は幾つもの記憶を頼りにここまでようやくとありつけた。もはや忘れていること自体が彼には嘘のように感じるくらいにそれはとても新鮮だった。

「舞!――

遂に隆史は全てを思い出した!

「舞、舞! 何処なんだよう! ! 舞~!!!!!! 嗚呼……舞~!!!!!!!

 隆史は妖精の世界の入り口辺りで舞の姿を探した。しかし、舞どころか、妖精の入り口すら全く見当たらなかった。舞と隆史の関係は完全に終わった。

「今日、転校生が来るんだってさ!

「貴族の娘らしいぜ!

「すっげー可愛いんだってよ!

 次の日から隆史は抜け殻のようになり、只、ボーっと外を眺める毎日が続いた。同級生達が何か言っているのは耳に全く入ってなかった。朝の会が始まった。

「起立! 礼――」

 おはようございますと皆が一斉に声を揃えた。そして着席した。

「はい、皆さん。今日はみんなの新しい友達が来ました」

 先生が言う。隆史はまだ起立も何もせずに外ばかりを覗いていた。

「皆さん、初めまして。あの、私の名前は上杉舞です――」

隆史は途端に立ち上がった。そして、驚いた様子で、黒髪で居て黒目の転校生を見た。

「――舞!

其処にいた舞は、ありったけのウィンクを隆史にして魅せた。

おわり

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