テイクは幾つもある船着き場へと舵を切った。嵐の前であったためか、何処の船着き場もよそ者からの船で一杯となっており、空いた場所を見つけて着岸させるまでには時間が掛かった。時刻は夕方の六時を回っていた。
「ふう、ようやく辿り着きましたな」
テイクがロープをがっしりと陸に固定してから言った。
「お疲れ様。それじゃ、七時頃に此処で落ち合いましょう。良いわね?」
「畏まりました。どうぞお気をつけて」
テイクは言うと、また舞にウインクをして見せた。
「さあ、隆史。行きましょう! ほら、手を繋いで」
言うなり、舞は隆史の手を握った。そして隆史に有無を言う時間を与えることなく、スイっと上空に舞った。それは実に一瞬の出来事だった。
「あはは、相変わらず凄いや!」
「どう? 思った通り煉瓦作りの建物ばかりでしょ? 道も、ほら」
「本当だね。凄い素敵な町だね。あっ! 国か! あはは!」
「ウフフ♪ 国の名前はなんて言うのかしら? 彼処の人に訊いてみましょ」
言うなり、舞と隆史は地上へと降り立った。人は飛べる妖精に関して特にビックリする様子でもなかった。只、突然と現れた様子に少々ビックリしていた。
「あの、こんばんは」
舞が軽くお辞儀をして挨拶した。
「なんだい? 突然」
困惑気味におばさんは言った。南国らしく肌は日に焼けてやや赤黒かった。
「この国の名を教えて欲しいんですけど」
舞がたじたじとしながらも訊いた。
「ああ、あんたら、よそから来た子達だね。この国の名は“マイティー王国”だよ」
「マイティー王国ね……。あの、ありがとうございました!」
舞は心を弾ませてそう言った。
「……所であんたらは何処の国から来たんだい?」
今度はおばさんが逆に質問してきた。舞は直ぐに答えた。
「ジパング王国です。……あの、ご存じですか?」
「ジパング王国? さあ、知らないねぇ」
首を傾げながらおばさんは言った。舞はたまらず付け足した。
「此処と比べると本当に小さい国なんです。知らなくて当然です。あの、最後にもう一つ訊いて良いですか?」
「なんだい? 言ってごらん」
「この王国の名産品は何ですか?」
素朴な質問におばさんは思わず吹き出した。
「あはは! この国の名産品ねえ……。特に言えることは香辛料が豊富な所かねぇ。……あんたらの国は何が名産品なんだい?」
「金と海産物が豊富に取れます。それ位でしょうか?」
「何と! 金が豊富に取れるのかい? そりゃ魅力的だねぇ」
おばさんは目を見開いて言った。
「私たちの国で金が豊富に取れることは人間界には内緒なんです」
「そうだろうねぇ。人間は何もかも食い潰すのが得意だからねぇ……。所で」
「はい、何ですか?」
舞が訊く。
「何か人間臭くはしないかい?」
おばさんは隆史を疑念に横目で見ながらそう言った。隆史は思わず言った。
「ああ、俺人間です。どうも、こんばんは」
「嫌だねえ、あたしゃ何か悪い夢でも見ているようだわ。早く家に帰らないと……。ちょっと御免よ」
言うなり、おばさんはそそくさと舞達を後にした。
「此処でも人間は嫌われているんだね……。何かショックだよ」
隆史が落ち込み言う。
「そんなに落ち込まないで。隆史には私たちが居るでしょ? それに、この国ではまだ隆史のことを分かってる妖精なんて一人も居ないのは当然よ。今日着たばかりなんだし……。だから、ほら、元気を出して。ね?」
「うん、分かったよ……」
「もう! ウジウジしないの! シャンとして!」
たまらず舞はそう言った。
「そうだね。気にするのは止めておこう。何だか疲れるし。あはは!」
「ウフフ♪ そうよ、その調子。さあ、散歩でもしましょう」
言って、舞は隆史の手を握った。二人は手を繋いで町を散策した。やはり嵐の前であるためか、何処も店などは早々と閉じており、町は活気に満ちているわけではなかった。正直、殺風景だった。しかし、手を繋いで歩く二人にとって、そんなことはどうでも良かった。異国のレトロな町並みを散歩する事に格別な思いを与えていた。やがて街灯が照り始めた。舞は言った。
「さあ、そろそろ船に戻りましょう。テイク達が待ってるわ」
「あ~あ、もう少し散歩が楽しみたかったなぁ……」
残念そうに隆史は言った。
「それなら、王宮に挨拶しに行った後、また散歩でもしましょ。でも、嵐の方が気になるわね……。今晩から風が強くなってくるはずだから」
「なら、散歩は無理じゃないのかい?」
「そうね。……それじゃ、嵐が去った後にでも出航前にあと少しだけ散歩しましょう。それで良いかしら?」
「約束だぞ」
隆史が釘を打った。舞は可愛げに答えた。
「ええ、約束するわ」
そうして二人は船へと戻っていった。
「おや、これまた随分と早いご帰宅ですな」
テイクがにんまりとして言う。
「七時って話してたでしょ? 時間通りよ。もう、テイクったら……からかって」
「フォーフォフォフォ! もう少し散歩を楽しまれば良かったのに。何もワシらに遠慮はいりませぬぞ、姫様」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくわ。それよりも王宮へ急ぎましょう。あまり遅いと失礼に当るわ」
舞はそう言うと、みんなで手を繋ぐようにと言葉を発した。
「少し重いけど何とかなるわ。それじゃ行くわよ!」
言って、舞はビューっと皆を連れて空高く舞い上がった。王宮は、船着き場から少し離れた町の中心部とも言える小高い丘の上にあった。それはそれは立派で大きな建物だった。入り口には槍を持った門兵が四人ばかり立っており、その奥の建物への侵入を拒んでいた。舞達は門兵へ自分たちはジパング王国の者であり、今回この国の王族に挨拶をしに来た旨を告げると、門兵達は身体チェックを軽く済ましてから舞達一行を中へと丁重に案内した。舞は門兵に気づかれることなく囁いた。
「妖精の国にしては兵士がいるのは何だか奇妙ね」
「姫様もそう思われましたか。ワシもそれを考えておりました」
テイクが返す。
「この辺りは平和ではないのかもしれまするの」
テルとセベアが同調して言った。
「舞、妖精の国に兵士がいるってのは変なのかい?」
隆史が舞に訊いた。
「妖精は王族を中心に自由奔放に生きてるの。だから普通なら兵士なんかいらないわ。人間界と違って妖精の世界は平和なのよ」
「へぇ~。そう言えば、舞達の国には兵士なんかいなかったもんね」
そう言って、隆史は納得した。
「とりあえず変であることは確かだわ。後で国王に訊いてみましょう」
そして舞い達一行は、花々や噴水のある実に綺麗な広いパティオから更に奥の方へと誘導された。途中からは、先ほどとは格好が異なり鎧ではなく建物内の優雅さを損なわぬよう、それは綺麗な衣を身に纏い建物内の警備にあたる実にしゃんとして刀を持つ護衛兵に付き添われて中へと通じていった。舞い達一行は、大広間に着いた。大広間には、その他来客達が大勢おり、皆、旅先で嵐を避けるためにこの国へと着た者達ばかりだった。辺りは様々な声でざわついていた。やがて、護衛兵の号令によって弧を描いて皆一列に並んだ。国王との面会の時間の訪れである。皆、緊張の色を見せ始めた。国王が奥方から女性の召使い数名と共に登場した。それは一見からして隆史と舞の同世代であることが分かるくらいに国王は若かった。皆が響めいた。
「諸君、静粛に。国王様はお忙しい身分であり、また、これだけの人数とご対面する。くれぐれも長話はせぬように。それでは、此方からご挨拶を」
言って、護衛兵の一人は最前列から国王の元へと誘った。舞達は最後に訪れたため最後尾となった。その為、国王と対面するにはかなりの時間を必要とした。そして、やっとのことで出番が来た。
「初めまして、国王陛下。私はジパング王国の王女、舞と申します」
舞が会釈をしてからそう言った。
「ジパング王国。はて、聞いたことがないな……。その者達は連れの者か?」
隆史と舞の同世代だと思える国王が堂々たる態度で訊く。
「はい。名前は――」
国王が遮った。
「言わずとも分かっておる。殺しのテイクに、救いのセベア。そして予言者のテルであるな?」
「ようこそご存じで」
「私の能力は人を見る事が出来ることである。その少年は人間であるな?」
「はい、その通りです」
「心は純粋と見える。いや、そうでなければこの世界に居はすまいが」
国王は上等の椅子に座ったままそう言うと、顔を斜めにやり片腕で頬杖をついた。
「あの、一つ質問があるのですが、宜しいでしょうか?」
舞が訊く。
「何かな? 何なりと申してみよ」
「この国には兵士がおります。それは妖精の世界にはふさわしくないかと……」
此処で国王は笑って見せた。
「そなたの言い分は正しい。しかし、どうしてもこの国には必要なのだよ。何せ、特別な能力のある者は私一人だけなのだからね。兵士がおらねばこの広大な一国を人間から守れはすまい。そなたらの国と違って仕方がないのだよ。この国はいつしか人間と同じく生活を営む内に、やがては自身らの能力を忘れてしまった。そういう事なのだよ」
国王のその話には、深い哀愁が漂っているように舞達は感じた。
「そうだったんですか……。私共はてっきり妖精同士争いごとがあるのかとばかり思っておりました」
「妖精同士の争いなど有りはすまいよ。……ところで」
「はい、何でしょう?」
舞が訊く。
「そなたには許嫁など居るのかな?」
「はい?」
舞は思わず困惑した。無理もなかった。
「いや、これ程魅力的な女性には出会ったことがないうえ、そう思ったのだが」
照れくさそうに国王は言った。
「有難う御座います。いえ、許嫁はおりません」
「ならば、今夜の晩餐会にご招待しても宜しいかな?」
「はい、喜んで」
「よし、それならば客室にご案内しよう。今宵は此処に宿泊すると良い。おい、客人を部屋へご案内しろ。晩餐会の時間がきたら呼びに来るはずだ。それまでゆっくりとくつろぐがよい」
「はい、誠に有難う御座います。それではお言葉に甘えて」
舞はそう言うと一礼した。
「礼など良い。これ程の美女を丁重に扱わなければ一国の恥という物だ。連れの者どもよ、彼女に感謝せねばな」
そうして、舞達一行は客室へと案内された。それはびっくりするほど立派な部屋だった。
部屋に着くなり隆史がぼやいた。
「何が「連れの者どもよ、感謝せねばな」だよ。まったく下心丸見えだよ。あの国王」
「同世代の男が姫様に興味を抱くのは無理もない。何せ王女で美女なのだからな」
テイクが言う。
「姫様のおかげで今宵は楽しめそうですじゃ。フォーフォフォフォ!」
テルとセベアが同調して言った。
「正直、私はあまり嬉しくはないわ……。だって」
舞が何かを言おうとして口籠もった。隆史が訊いた。
「だって、なんだよ? 舞」
「何でもないわ。それより、今夜はせっかくだから楽しみましょう。ね? 隆史」
「うん……。でも、何かしっくり来ないなぁ」
「どうして?」
舞が首を傾げた。
「何か裏がありそうな気がするから、じゃろ?」
テルが口を挟んだ。
「うん」
「それなら大丈夫じゃ。この国の国王と姫様は結ばれん。それが運命じゃ。じゃから隆史よ、安心するが良い。フォーフォフォフォ!」
「まあ!テルまでお節介やいて。……もう、みんなして」
言って、舞は顔を赤らめた。