無料小説 処女作品@「愛するということ」最終章 =51=

日々があっという間にすぎて中学二年も終わりに近づいた頃、正樹と智彦の関係は、親睦を深めお互いに無くてはならない存在となっていた。勿論、恵との関係も特別な物となっている。特に智彦の恵に対しての態度が大分変化していた。それは正樹の存在が彼をそうさせた。智彦も正樹の感情と同じく恵の事を想っている。それは最初から分かっていた事だ。しかし、智彦は正樹に対して嫉妬する事など絶対にしなかった。それが友情だからだ。登下校は何時も三人一緒だった。しかし、何時だろうか。智彦が風邪で学校を休んだ日があった。その日の帰り、恵と正樹は初めて完全と二人きりになれた。いつも近道で使っているあの公園でだ。公園までの帰り道、二人は一瞬一瞬を大切に歩いていた。ぽつりぽつりと恥じらいながらの会話がされた。そして、時を止めたように、やがて会話は途切れた。その直後だった。

「ねえ正樹、今日は公園で夕日見てから帰らない?

恵が実に柔らかい声で言った。彼女は更に優しい声で続けた。

「公園に展望台あるでしょ。彼処から見ると凄く綺麗なんだよ」

正樹は恵の美声に感情が高鳴り行くのを感じながらも、この先に訪れる運命を不意に思い出した。来年の今頃は自分とではなく智彦とそうするのだろうか?――いや、しかし、正樹の見た記憶では、それは高校に入ってからのことだった。正樹は違う高校に通っている。それならば、果たして自分の見たこの世界の未来は本当なのか?――疑りたい気持ちは正直なところだが、しかし、あれらは紛れもなく現実だった。今、もう一つの世界の自分が此処にいる事が、残念ながらそれを証明している。正樹は思わず溜息を溢しそうになった。が、それを思い切りに堪えた。彼は言った。

「うん、夕日を見よう。一緒に」

その口調は、ゆっくりでいながら実に恋い慕っていた。

公園の展望台に着いた。冬の北風が公園の彼方此方に吹き巻いている。辺りの緑は冷めたように見えて、そしてまた、人影など一つも見当たらない。が、しかし、上空は雲を足早に北から南へと運んでいるものの、太陽はすっきりとその存在を見せつけていた。二人は展望台の一番奥に並んで立った。此処からは絶景が眺望できる。西側の海がそろそろと身支度を整えている様に、何か反射した光に哀愁を抱かせては、非常に全面と煌めいていた。空もまた過ぎ去るようにして徐々に赤紫へと暗くなり始めている。そんな時間を誰も居ないこの場所で二人きりで居るのは、何だかとても格別な思いを与えた。正樹と恵はその気持ちを、今、口を閉じて大切に感じていた。

「本当に綺麗だね」

沈黙を破るように恵は言った。

「ああ、そうだな……」

言って、正樹はもう一つの世界で恵と夜景を眺めた時のことを思い出した。あの夜も確かこんな雰囲気だった――と、正樹が思ったその時だった。恵が正樹の方へと顔を向けた。

「でも、此処も風が吹いてきて寒いね。御免ね、あたしが夕日見ようなんて言うから」

「何てことないさ。良い景色見れてるし、それに、腰壁とかがある分、他よりは風が当らないから全然我慢できる寒さだよ。第一、其処まで風強くないしな。それより恵の方が寒いんじゃないのか? ほら、スカートだから」

「あたしも全然大丈夫だよ。ありがと、心配してくれて」

言って、恵は微笑みながら少しだけ目を俯かせた。そして再びと正樹を見つめて続けた。

「ねえ、正樹」

「うん?

「正樹の側にもっと寄っても良い?

「別にいちいち訊くこと無いだろ。寄れよ、その方が恵に風が当りにくい」

「ありがと」

言って、恵が正樹の側に寄った。と、すかさず彼女は正樹と腕を組んだ。

「くっついちゃった」

恵は自身の積極さに非常に照れた様子でそう言葉を発した。瞬時にもう一つの正樹が気を動転させた。それもそうだろう。彼にとっては母親を除いてこれが初めての異性と区別する者の実に柔らかでいて良い香りのする密接なのだから仕方がない。それが自然とも言える心理現象だった。それはもう一つの世界の正樹でさえ抑える事は到底出来なかった。二人は揃って顔を赤くした。それはとても初々しかった。

「正樹の腕、温かい」

 恵は自身の顔を正樹の方へと持たせて言った。正樹はとても愛おしくてたまらない気持ちになった。今、風と時間は止まったように存在せず、何か特別な世界の中に二人きりで居る様な感覚さえした。それは恵も同じだった。彼女は続けた。

「何だかこうしてると幸せな気分。正樹は?

正樹は言葉を返しきれなかった。今、此処にある幸せと未来に必ず訪れる運命の悲しみが、心の中で非常に入り乱れて彼自身を思わずやるせなくしたからだ。

「三年になってもまた同じクラスだったら良いな」

 何も言わない正樹から悟ったのか、恵は何気なく一つ距離を置くようにして話題を変えた。彼女は続けて言った。

「もしクラスが違っても、今と同じで学校の行きも帰りも一緒で居てくれる?

正樹は考えた。それは何時までなのだろうか? そして、一体何処まで許されているのか? 恐らく来年の今頃は、こうしている事はないだろう。この世界の運命では、三年の二学期に智彦が恵に告白する。果たして、その後も一緒にいられるだろうか?

しかし、少なくともそれまでは彼女と一緒に歩きたい。正樹の恋しさはたまらずに口を開いた。

「うん、歩こう。一緒に」

「約束だよ」恵は甘えた声で訊いた。

「ああ、約束」

「良かった。嬉しい」

恵は再び正樹へと顔を持たせた。今、正樹自身はもう一つの世界の自身が支配している。彼は恵の行為に、彼女だけではなく香織も含めて懐かしさを感じながらも、この世界の未来を再び思った。嗚呼、世界はこんなにも理想の形となっているのに、将来はすれ違いを見せる。しかし、それは智彦にとって大切なことだ。正樹は智彦をどうしても裏切ることなど出来ない。もう一つの世界の彼の運命を知っているならばなおさらだ。それに万が一正樹と恵が結ばれる事があったとしても、やはり彼女をまたしても不幸にしてしまうかもしれない。智彦と結ばれる事で将来恵が幸せになるのであれば正樹は本望だ。もう彼女を悲しませたくはない。智彦ならきっと恵を幸せに出来るだろう。正樹はそっと恵から離れて彼女を見た。恵は自然と腕を解かれて正樹と向かい合った。正樹はその状態から言った。

「恵、もう一つの世界があるって言ったら、どう思う?

「もう一つの世界? どう言うこと?

「人にはもう一つの運命があるって事だよ。そしてその運命は変えられない……。最近な、分かってきたんだ。もう一つの自分の気持ちがやっと分かってきた。何で俺は友情を選んだのか……。答えはずっと先の未来が教えてくれる」

「御免。正樹の言いたいことが良く分からない……」

「とにかく、もう一つの世界みたいに不幸にならない為に俺は生きるんだ……。もう裏切りと失望は沢山なんだよ」

「余計分からない……。正樹、どうしちゃったの? なんか変だよ」

「御免、何でもないんだ……。それより、恵。今度、聖書貸してくれないか?

正樹は考えていた。もう一つの世界で牧師となった園長や恵が話した聖書の言葉は、あたかも将来を教えているように、ほとんどが未来でその通りとなった。ならば、この先の更なる運命へのヒントも聖書の何処かに記されているのではないだろうか?――正樹はどうしても知りたかった。ずっとずっと先の結末は一体恵は言った。

「うん、お家に何冊もあるから別に良いけど。……でも、どうして家に聖書があること知ってるの? 前に話したっけ?

「いや、恵なら持ってるかなって思ったんだ。それに、ユタは聖書も読んでるって聞いたことあるし……何処でだったかな? それは忘れたよ」

 不審に思う恵の言葉に対して誤魔化すように正樹は言った。もう一つの世界を詳しく話すことは許されていない。未来を変えかねないからだ。運命を変えれば二つの世界の全ては消えてしまう。正樹はこの時、判断良く冷静だった。恵の顔から疑わしい色が消えた。そして彼女は言った。

「へえ、そうなんだ。……でも、何か不思議。正樹はあたしのこと何でも知ってるみたいな……違うの、誤解しないで。変に気味悪く思ってる訳じゃなくて、嬉しい気持ちだから」

微笑んだ恵の顔がとても恋しく感じる。もう一つの世界でこの表情を最後に見たのは何時だっただろうか? 正樹は再びと思わず過去をふと振り返った。正樹にとって二つの恵は同じにしか見えない。違っているのは、置かれた環境、つまり運命と彼女自身が言う「恵」と「あたし」の言葉だけだ。いつの間にか上空は黄昏を運び込もうとしている。赤紫色に変わりゆく先の向こうでは、夕日が地平線へと、今、正に沈もうとしていた。

「夕日、凄く綺麗……」

「うん……」

「また今度、一緒に見ようね」

「ああ。でも、今度は三人で見よう」

 正樹はそう言って躱した。

「……うん、そうだね」

 言って、恵は俯いた。橙色に滲んだ太陽が辺りの空をも揺らいで見せている。その光景は今の恵と正樹の心にとてもよく似ていた。恵は愛しく正樹に呟いた。

「だけど、あたしは二人きりが良いな」

「それじゃ、三人で見た後、また二人でいつか見ればいい。智彦だけ仲間外れは良くないだろ?

 そう発した言葉には嘘が混じっている様に正樹自身思えた。――本当にまたいつか恵と二人きりで黄昏を共にする事などあるのだろうか? 答えは分からない。

「うん、御免……。でも、約束だよ。二人でまた見るって事」

答えの見えない正樹は何も言わず、只、頷いた。夕日はようやくと沈み、世界は夜をこれから迎えようとしている。この時、正樹は恵と約束することを避けた。しかし、何故かそれでも彼は恵へと状態を動かした。徐々に深まり行く薄暗さの中で二人は目を合わせた。今、二人は急接近している。恵はまるで正樹に接吻を求めていた。その表情は正樹の心に言わずとも届いた。が、しかし、彼は戸惑いの色を見せた。彼は、此処で彼女と口付けを交わすことを結局好まなかった。そして、それを呼吸の届くぎりぎりの位置で察した恵は、それはとても寂しそうにしてみせた。正樹はこの場を誤魔化すように言った。いつの間にか星々が見え始めている。

「そろそろ帰ろう。門まで送っていくよ。暗くなるとあの道、気味が悪いだろ?

正樹の言う「あの道」とは、門に辿り着くまでの私道のことを言っている。恵はそれを直ぐに分かった。彼女は悲しみを平然へと装い言葉を返した。

「もう慣れてるから全然平気。……でも聖書渡したいし、今日は甘えても良い?

 言って、恵は少しだけ微笑んだ。合わせて正樹も表情を緩くした。

「なら家の中までになるな。分かった」

「ありがと。正樹って相変わらず優しいんだね。智彦と大違い」

「そんなこと言うなよ。あいつだって――」

 お前のことが好きなんだ、と正樹は言いかけて止めた。それは今言うべきではない。そう思った。

「あいつだって……何?

 恵が知りたがる表情をして訊いた。

「いや、あいつも優しいところあるだろ? それが言いたかっただけだよ」

 そう言ってやり過ごすのが正樹の精一杯だった。

正樹と恵の二人は道端に点々と灯る明かりの中を寄添い歩いた。時々通り行く車や二人の足音がこの夜に静けさを断片的に与えなかった。恵の家へと入り行く私道辺りから、今度は夜虫の鳴き音が無口になった二人に変わって声を彼方此方から出している。薄気味の悪い暗さは、満月に近い上空の光が手助けをした。

「はい、これ。新しい方の奴、選んでおいたからね」

 恵の家に辿り着き、直ぐさま彼女は旧約聖書を持ち出して来ては、玄関先で正樹に手渡しそう言った。彼女は続けた。

「それ、正樹にあげる。大切にしてね」

「ああ、ありがとう。助かるよ」

「ううん。こちらこそ、今日はありがとね」

「うん。……それじゃ、また明日な」

 言って、正樹は片手を上げた。

「うん、また明日……」

 合わせるように恵も片手を上げて言葉を発してから物寂しそうな表情を見せた。その気持ちは正樹も同じだった。正樹が恵に背中を向けて門へと向かって数歩ばかり進んだ時だった。

「――正樹!

 恵が正樹を引き留めた。正樹が振り返り見る。

「ううん、何でもない。……おやすみなさい」

 彼女は両手を胸元で握りしめてそう発した。その姿は、まるで祈りを唱えているかの様だった。

「ああ、おやすみ」

 正樹はもう一度手を上げて言った。

正樹は家に帰り、やるべき事を全て済ませた後、ベッドで横になりながら聖書を読んだ。この先のもっと向こうの未来が記された言葉がきっと何処かにあるはずだ正樹は一頁一頁を大切に注意深く読み進めていった。それは何日も続いた。そして彼は、知らぬ内にその言葉を見つけていた。

『ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。この人はあかしのためにきた。光についてあかしをし、彼によってすべての人が信じるためである。彼は光ではなく、ただ、光についてあかしをするためにきたのである。すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。

彼は世にいた。言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、恵とまこととに満ちていた――』

しかし、正樹はこの言葉に残念ながら意識的に気付くことはなかった。だが、彼は感じていた。未来はもしかしたら別の場所にあるのかも知れない全てを読み終えた夜、正樹は聖書から何かを見つけた気がしてならなかった。

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