連載小説 愛するということ 第一章 7

秘密基地に戻った兄弟は皆、笑顔だった。それはまるで昨日の悪夢が存在しなかった様に土色の表情はとても明るかった。
大分温くなった缶ジュースの蓋を学が開けた。飲み物が窮屈な入れ物から爆発するように学の顔面目掛けて噴出した。兄弟は皆、思い切り良く笑い転げた。パンは豊の命令により、一回の食事辺り一つだけを四つに割って食べた。勿論、それだけで空腹は満たされない。水に関しては、まるで土地を持余した様な公園が幸運にもあった為、そこで喉の渇きは数回癒された。そろそろ時刻は夕方を指している。皆が唾を飲み込んでいる前で残る最後の菓子パンの袋を豊が開けた。正にその瞬間だった。
「おい、君達。ここで何をやってるのかな?」
濃い青色の制服と帽子をまとった大人二名がこちらへ歩み寄ってきた。警察だ。もう既に逃げ切れる距離ではなかった。兄弟は瞬時に硬直し微動たりとも動けなくなる。いや、空腹と昨夜からの絶望感から動けなかった。
「その菓子パン……。今日、上間商店で盗みを働いたのは君達だね?」
兄弟は口を割らなかった。
「怒ったりしないから。君達、名前はなんていうのかな?」
一人の警察官が優しく訊いてきた。途端、静けさだけが辺りに漂う。沈黙を解く様に、豊が小声で名乗った。
「まつだ、ゆたか……」
「松田! まさかこの子達は事件のあった松田さんの子供じゃないですか?」
「多分そうだろう。可哀想に……」
「君達。ここは汚いから、オジサンたちが働いている所に行こうね」
兄弟は警察車両の後部座席へギュウギュウに詰め込まれた。が、しかし、兄弟の間に窮屈感と不安などは不思議と無く、逆に開放感に似た幸福が支配していた。助かった、生き長らえた――。その気持ちの方がとても大きく心の中に響いていた。
兄弟は警察所の留置所へ一旦入れられた。収容される前に取調室で食べた弁当と綺麗なタオルケットが現実とはかけ離れた天国を思わせた。彼らを署まで迎えに来たのは隣近所に住む老夫婦であった。靖子は、夫である次郎を殺害後、家を放火し、松の枝で首つり自殺を図っていた。彼らは一夜にして両親を失ったのである。
兄弟は何時までも待っていた。全焼し潰れた家の焼け跡で立ちすくみ、亡き両親の帰りを待っていた。未だに“あの事件は夢だった”と信じて疑わなかったのである。今夜も訳の分からぬままに精神が混乱した。現実との境界線上で泣き崩れていた。正樹は大人になってそれを思い出し、誰かに呟いた。
「あの日が自分の人生で最初に失った愛だった――」

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