どれくらい歩いただろうか? しばらくして四人は、弁当屋と兼用して日用品を販売している『上間商店』と言う小さな店を見つけた。店の前にたどり着いた後、豊がある簡単な盗難作戦を計画した。まずは窓越しから中の様子を伺う。そしてその後、豊が次男の松田学の顔へ向き、最初の指示を出した。
「まず、学はこの中で足が早いから、盗んで逃げる役を合図をしたらやってくれ」
何時もの隊長気取りでしゃべる。学が、士気を高めたように深くうなずいた。
「正樹は亮を連れて、向こうのゲートボール場の後ろで隠れてろ。後で迎えに来る」
正樹はオドオドしながら、何度もうなずいた。
「それじゃ、とりあえず正樹と亮はもう行って良いよ」
豊は正樹たちが遠ざかっていくのを確認した後、細かい作戦の詳細を話した。
「いいか、学。お前は菓子パンのある棚の方で、どのパンにするか選んでる振りをしておいてくれ。そんで、俺だけがレジに行って、あのハゲ親父に“お父さんがいつも吸ってるタバコ……。えっと、何だっけ? あっ、思い出した。あの、『セブン・スター』て言うタバコ下さい”って話しかけて、レジの後ろの棚にある煙草の方にハゲ親父向けさせた時、すぐに合図するから、お前は菓子パンを持てるだけ盗って逃げろ」
「うん、わかった。でも、どこに?」
学は困ったように尋ねた。
この辺一体は、集落から海側に下りた飛行場跡地近くに出来た全く新しい集落で、全然といって良いほど土地勘が彼らには余り無く、ゲートボール場もこの店自体も歩いている際にたまたま見つけたばかりだった。
豊は少しだけ考えた。
「ゲートボール場まで行って正樹へパンを預けた後、今日作った秘密基地まで一人で逃げろ。自分達は後から来る」
ここで学は有無を言わず承知した。
“秘密基地”とは言うまでも無く、彼らがしばらく拠点とする寝床の事を意味していた。
「いいか、俺とお前は店の中では他人だぞ。じゃないと俺が捕まって終わりになるからな」
豊は釘を打つように話した。学は了解し、深くうなずいた。
まずは学から先に店の中に入った。言われたとおりに、飲み物がぎっしりと収納されている大きな業務用冷蔵庫から、好みの炭酸飲料を一缶だけ持ち出した後に、目的の棚へと足を運んだ。それから菓子パンをどれにするか迷っている振りをした。豊はそれを入り口の外から隠れるようにして確認した後、店の中へと入った。
豊も行動に出た。この店は幸いな事に、レジ台が入り口付近ではなく、昔の作りで入り口や奥の各棚等が全て確認できる、やや中央寄りの場に設けられていた。そして菓子パンの入る棚は、入ってすぐ右にあった。
入り口のドアは、豊が開けっ放しにしてある。この時、客は誰も居なかったのと裸足であることが気がかりだった為、店主は学の行動に注視していたが、豊の計画通りに、それをコチラへと気を逸らす事が出来た。
作戦は上手く行った。豊が煙草の注文をした後に、店主の目が学の方角から完全に背中を向けた。その瞬間に、豊が素早く合図を送り出した。
学は缶ジュースを脇に挟んで三つほどの菓子パンを掴み外へと駆け出した。店主も振り向くのが早かった。窃盗と直に気付くや否や慌ててレジ台から外へと向った。店主はレジを離れるわけには行かなかった為、外で少年が逃げる方向を確認した後、警察へ連絡する為に電話機のあるレジ台へと戻ってきた。もはや豊の注文など後回しと言わんばかりに電話に向って説明に没頭している。それを見計らい、豊は足早に外に出ようとした。が、それは豊が思っていたほど簡単な事ではなかった。
「ちょっと待ちなさい!」店主が豊に叫んで言った。
「君、あの万引きした子、見た事あるかね?」
「ううん、見た事ないよ」
豊は子供らしく、そう発した。しかし、店主が豊の表情と姿に不信感を覚えた。平然を装うと言ってもやはりまだ子供。それは誰にでも分かるくらいに、慣れない事をした緊張が豊の顔中にはっきりと浮き出ていた。しかも、裸足だった事が状況を窮地へ追い詰めた。
「君、そう言えば近所じゃ見ない顔だね。名前なんていうの?」
店主は明らかに疑いの眼差しで言った。豊は計画とは違う言動に頭を真っ白にしてしまい、何も言葉を返す事が出来ない。
「何処に住んでるのかな?」
店主は受話器をレジ台に置いて豊の方へ即座に向った。それを見て豊は察した様に、外へと一目散に逃げ出した。逃げる方向が学と同じだと言う事を確認した店主は、店に戻って黒電話の受話器を耳に当て直し、電話の向こうに居る警察官へぼやいた。
「まったく、またグループでの万引きでしたよ。これで今年に入って四件目だ」
秘密基地に戻った兄弟は皆、笑顔だった。それはまるで昨日の悪夢が存在しなかった様に土色の表情はとても明るかった。
大分温くなった缶ジュースの蓋を学が開けた。窮屈な入れ物からまるで爆発するように飲み物が学の顔面目掛けて噴出した。兄弟は皆、思い切り良く笑い転げた。パンは豊の命令により、一回の食事辺り一つだけを四つに小分けて大切に口へと運ばれた。しかし、勿論それだけでは空腹は満たされなかった。水に関しては、この近くに簡単な衛生設備のみで出来た、まるで土地を持余した様な公園が幸運にもあった為、そこでこの日の喉の渇きは数回癒された。そろそろ時刻は、夕方を指して来た。皆が唾を飲み込んでいる前で残る最後の菓子パンの袋を豊が開けた。正にその瞬間だった。
「おい、君達。ここで何をやってるのかな?」
濃い青色の制服と帽子を被った大人二名がそう言いながらこちらへ歩み寄ってきた。警察だった。もう既に逃げ切れる距離ではなかった。兄弟は瞬時に硬直し、そして微動たりとも動けなくなっていた。いや、空腹と昨夜からの絶望感から動けなかった。
「その菓子パン……。今日、上間商店で盗みを働いたのは君達だね?」
兄弟は口を割らなかった。
「怒ったりしないから。君達、名前はなんていうのかな?」
一人の警察官が優しく訊いた。途端、静けさだけが辺りに漂った。兄弟は口を閉じている。沈黙を解く様に、長男の豊だけが小声で力なく名乗った。
「まつだ、ゆたか……」
「松田! まさかこの子達は事件のあった松田さんの所の子供じゃないですか?」
一人がもう一方の上司に訊いた。
「多分そうだろう。可哀想に……」
正樹達を哀れに見つめながら上司の警察官は言った。少ししてから彼は続けた。
「君達。ここは汚いから、オジサンたちが働いている所に行こうね」
そう言われた後、兄弟は警察車両まで連れて行かれ、そして後部座席へギュウギュウに詰め込まれた。が、しかし、兄弟の間に窮屈感と不安などは不思議と無く、逆に開放感に似た幸福が彼らを支配していた。助かった、生き長らえた――。その気持ちの方がとても大きく心の中に響いていた。
兄弟は警察所の留置所へ一旦入れられた。収容される前に取調室で食べた弁当と綺麗なタオルケットが、留置所とはいえ現実とはかけ離れた天国を思わせた。彼らを署まで迎えに来たのは隣近所に住む老夫婦であった。母・靖子は、夫である次郎を殺害後、家を放火したあと大きな松の枝で首つり自殺を図っていた。彼らは一夜にして両親を失ったのである。兄弟は何時までも待っていた。隣にある全焼し潰れた実家の焼け跡を見ながら今日も立ちすくみ亡き両親の帰りを待っていた。まだ幼い兄弟は未だに“あの事件は夢だった”と信じて疑わなかったのである。兄弟は今夜も訳の分からぬままに精神が混乱し、そして現実との境界線上で泣き崩れていた。正樹は大人になってそれを思い出し、そして誰かに呟いた。
「あの日が自分の人生で最初に失った愛だった――」
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