連載小説 愛するということ 60

連載小説、無料小説、名作集
連載小説、無料小説、名作集

男達は卓袱台を恵達と挟んで畳の上に座った。上司らしき男は恵美が即席に出した麦茶で喉を潤してから、先ほどの続きを話そうと恵の顔を見た。男は改めて軽く挨拶をし、名刺を恵にも渡してから話を始めた。

「あの、恵ちゃんで良いかな? 恵ちゃん、僕達の会社は芸能プロダクションでね。芸能人をかかえて事業を行っている会社なんだけど、今ちょうどとても才能のある新人を探してた所なんだ」

男はそう言うと、にこやかな顔をした。恵と恵美は当然びっくりした表情を浮かべた。上司らしき男は続けた。

「いや、とにかく本当に君が写真家の目に止まったのも頷ける。此処はね、さっき見せた雑誌の出版会社に問い合わせて知ったんだよ。写真家の人はね、いつか僕達みたいな人間から問合せが来るって事が分かってたみたいで、住所と名前を書いたメモを残してあったんだ」

男は一呼吸置いた。そよ風が軒からぬけて風鈴の音が聴こえた。上司らしき男は、あたかも手を差し伸べるような口調で言った。

「君にはもって生まれた才能がある。どうだろう、一緒に芸能界でやってみないか?」

正直、恵はあまりの唐突さにびっくりして頭が真っ白になりそうになった。

「あ、あの、でもそんなこと急に言われても……」

体と言葉は素直に硬直した。

「いや、答えは今日じゃなくていいんだ。話し進めるにも色々段階があるからね。ただ今日はそういう話があるって事だけ伝えに来ただけなんだよ。だからこれからゆっくりとね、両親とも相談したりしながらじっくり考えて、そして後々決めてくれれば良いから。だからお願い、考えておいてね」

「あ、はい……」

恵は混乱したままの状態で一応返事をした。

「あの、ちょっと良いですかね?」

「はい、何ですか? お母さん」

「芸能界ってどれくらいお給料あるんでしょうかね?」

上司らしき男は、来たかとばかりに、少しだけ深呼吸しながら肩を引いて背筋を伸ばし、姿勢を一度整えてから言った。

「それはピンからキリまでで、その人次第です。ですが、この子ならきっと億以上は直にでも軽く稼ぎますよ。まあ、それは少し大げさかもしれませんが、でもですね、長年この業界に関わってきた私には分かるんです。私達が少し手伝ってあげるだけで、この子は間違いなく物凄く素晴らしい脚光を浴びます」

恵美はその桁違いな金額に驚いた。そしてまた、この非常に可愛い顔立ちをした恵の可能性に納得した。

「とりあえず、僕達はこれから時々連絡したり話しに来たりするから、一つよろしくね。お母さんも、どうかよろしくお願いします」

男達は、今日の所はひとまずと帰っていった。夜、実が帰ってきて、三人で夕食を共にしながら、今日の事について少しだけ話し合いになった。勿論、芸能界についての話だ。恵はそんな世界には興味が無いと話したが、恵美の口からはそれはもったいない話だと言われた。実はどちらとの意見に賛成で、とりあえず園長先生とも相談して、最終的には恵の好きなようにしたら良いと話した。

恵は寝る前、ずいぶん密かに考え込んでいた。女優や歌手になって脚光を浴びるのって、一体どんな気分なんだろう? でも、正直自分がそんな芸事を上手にこなせるのだろうか?

あれこれ考えているうちに、しまいには正樹の事やこの島の事、そして過去の事などが恵の頭に浮かんできた。そして、それらがこの道へと進む瞬間、一気に問題になる様な気がして彼女は急に怖くなった。やっぱり断ろう。恵はそう決めてこの日眠りに入った。

後日、再びプロダクションの男達は来た。今度は実も含む五人で話し合いをした。恵は直にでも断りの言葉を発したが、男達はそれを聞き入れようとはしなかった。かなり長い時間説得された。恵はこれではラチがあかないと、自身が懸念する事の殆どを男達に告白した。里親の件にしろとにかく自分には問題が多い事を彼らに理解させようとしたのだ。勿論、もう思い出したくもない暴行の件は隠した。これだけは一生誰にも話す事無く闇に葬る出来事と前々から決めていた。健二もいつかは更生して自分に犯した罪を悔いる時が来るだろう。恵はそう信じて生きる事にした。また、小百合の事もある。すべてを知った恵は、小百合が安らかに眠る事を祈りながら彼を許す事にしたのだ。

次の日、男達は東京へ戻る途中に一度施設に居る園長を訪ね、そこで里親の件について色々と訊いた。そして次回、鳩間島で園長を含み相談する約束を、恵達と電話で交わした。

あれから三ヶ月が経った。この島にも急な冷え込みから冬の気配がやっと届いた。中学生徒は夏服から冬服へと衣替えとなり、シーズンオフを迎える海辺の何処も元々少ない観光客の姿が全然見られないようになった。海は毎日しけた顔を見せては、夏のいつもよりも力強く白波を打ちつける。風上から飛んできた海鳥が何処か寂しく遠くを眺めていた。

恵は今日、最終的な決断をするつもり。今、隣には、家に前泊まりした園長先生が居る。昼前に二人で海を眺めに来ていたのだ。プロダクションの男達との最後の話し合いは午後からとなっている。それまでに少しだけ空いた時間を二人きりで恵は話したかった。

園長を含む島での話し合いは今回で三度目。これまでに学校の事、過去の事に関して話し合いがもたれている。プロダクション側はこれまで、恵が心配していた気持ちに対して皆最初は同じ素人だと言い、過去に関しては出身も含め全て伏せると言明した。学校の事に関しては高校から都内の私立学校へ進学させるとの話で、恵の懸念は全てかわされた形となっていた。

二回目の話し合いの後日、園長は恵に話していた。この島には残念ながら高校がなく、進学するならば強い決断が迫られる。高校へ行かずにこの島に残るか、あるいは施設に戻りそこから進学する事も一つの手。しかし、施設に戻る事に関しては、恵が一番望まない事だと言う事は良く分かっていた。

恵と園長は長い砂浜をゆっくりと歩きながら色々な会話を交わした。その後、二人の間に少しばかりの沈黙が漂った。園長は、近くにいた海鳥が向こうへと逃げるようにして飛んでゆくのを遠目に見ながらその沈黙を破った。

「恵君、君は私に言ったこの言葉を覚えているかな?」

「はい、なんですか? 園長先生」

恵は砂浜に転がる珊瑚の欠片や漂流物などを見ながらそう返した。

占い鑑定 週間占い 占い記事

限定日記 著書一覧 詩情と俳句

自己啓発 おみやげ 本格出会い

ゼクシィ縁結びエージェント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA