連載小説 愛するということ 10

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を知らなかった。そして、気が付けばこの時間になっていた。そろそろあの寝室で、またしても大人の夜が始まるに違いない。先ほど寝室へ入り行くフローリングの軋みを知子は周波数を合わせた耳で確実に捉えていた。

彼女は柔らかい羽毛ベッドから起き、薄紅色のカーペット上を歩んでドアへと向う。昨夜から開けることの無かったノブを回し、それからゆっくりと開けた。

スリッパをあえて履かず靴下の状態で廊下へ出た。この時点ではまだ甘い音色は聞こえない。知子は官能の極みに達した自身の体が求めるかの様に、自然に倫子の寝室の扉へ歩み寄った。目的の場所まで辿り着く。彼女は前回と同じく聞き耳をそっと深く扉に当てた――。

「嗚呼!」

瞬間、大きな喘ぎ声が知子の耳を襲った。

一瞬で知子の顔が赤面する。即座にドアから聞き耳を離し両手で口を塞いだ。その後、何とか落ち着きを取り戻し、再度、耳を当ててみる。

「もう許してください。嗚呼!」

倫子が喘ぎながらそう言っているのが聞こえた。

「許して下さいだと? よくもそんなこと言えたもんだな」

徹が即答した。

「お前には一生美代子の代わりをしてもらうぞ。そう約束したはずだ。何を今更」

――美代子? 一体誰の事を言っているのだろう? あっ!

”美代子”とは恐らく山田徹の婚約者だ。彼の様子が急変する前の年の盆、徹が一緒に連れ添いながら来客してきた女性――。名前は確か“中川美代子”。南国の地で育ったとは思えぬほどの透き通るような色白で狐顔をした美人だった。知子は徹らが帰った後、密かに狸と狐美人は不似合いだと倫子に話し笑いを誘った覚えがある。

美代子の代わり? でも、どうして御母さんが?

この時、知子にはどうしてもこの謎が解けなかった。しかし、全てはその後の会話が彼女に与えられた問題をいとも簡単に解決させてくれた。

「お願い。子供達の居るこの家では……。嗚呼!」

「気持ち良さそうに喘ぎながら何言ってやがる。お前はもう全て従うしかないんだよ。あの晩からな! 恨むなら、除霊を失敗した自分を恨むんだな」

その言葉が徹の口から発せられた瞬間、「ガタン」と言う音が鳴った。どうやら倫子が裸体に乗りかかる徹を力ずくで払い除けた様だ。その後、部屋の中は急に静まり返った。

「あれは失敗と言うよりも仕方が無かったの。ああなるしかなかったの。たとえもう一つが違ったとしても。徹さん、運命は何かの答えのために導かれているのよ」

一呼吸後に倫子が徹へ力なく呟いた。

「それに、除霊はまだ終わってない。確かに彼女に取り付いた霊はあのあと成仏したわ。そう、彼女の魂諸とも抜き取る手法で。でも手違いで今も仮死状態で居る彼女の魂は今、生霊と化して私ではなく貴方の背中に取り付いている。これを払い元に戻すには私が貴方の彼女を演じる事で貴方の背中からこっちを睨む女性の魂を私の身体の中にある一部の核にあえて呪い移させる事。勿論、その時に何も出来ないように完全に閉じ込め無力化させる。そしてその後に貴方の家で危篤の彼女にその無力化した魂を吐き出して戻せば良いだけ。最初にそう話したでしょ? だから誤解はしないで。あ、それと、これはまだ話してなかったけど、彼女が危篤してから再生するまでの貴方と私の間にあった事は、煎じた薬と術によって記憶を消去させてもらうわ」

倫子は“貴方を愛しているわけではない”と言う事を徹に悟らせる様に、さっぱりとした口調で念を押した。

「ふざけやがって。それならそれで結構。遠慮なくお前の体をボロボロにしてやるよ」

徹はそう発した後、倫子の顔を平手で思い切り叩いた。

「股開け! この娼婦が!」

この夜、倫子の喘ぎは明け方近くまで続いた。

 

時は更に遡り、一九八四年の十二月二十六日。

昨日一昨日と、上村家の母屋内にはクリスマスソングが鳴り響いていた。

広い庭の至る所には、白赤緑で鮮やかに演出する半透明のプラスチックで出来た数々の人形達。その物体の中には白熱球が仕掛けられており、夜になれば優しくて温もりある光を与えてくれた。洋風でエキゾチックな建物の外壁正面には、二階辺りから芝へ垂れ下げたネットへ施したイルミネーション。そして、少し手前にある何本かのモミの木までもが、イエスキリストの誕生日を祝うように、実に様々な飾りで彩られていた。

夜になれば其処はまるで星の世界。その目に入る全ては屋上に広がる夜空と共に一体化されコラボレーションしている様に見えた。倫子はこの年もクリスマスイヴから外出を控えており、二十五日の夜まで娘達と共にキリストの誕生日を祝った。

朝、上村家にはまだクリスマスの余韻が残されていた。

この日の朝食は、昨夜にも出たマッシュルームスープにシーザーサラダ。主食は表面を少し焦がしたフランスパンにハーブとニンニクが効いたバターを擦らせたガーリックトーストだった。朝だというのに、バタークリームでスポンジが覆われたかなり甘く深い味わいの特製クリスマスケーキまで付いている。

今日は家政婦ではなく料理の下手な母が拵えた食事らしいと知子は思ったが、恵はお構い無しにまずはケーキから手を付けていた。倫子はそれが可笑しかったのか、そこでクスクスと笑い、そこから連鎖的に娘たち二人も笑った。やがてはその楽声は大きくなり、静かだった建物内にまた一つ『家族愛』を染み込ませた。

本当に和やかな、そう、窓から差す朝のこぼれ日に似合うとても和やかな朝。

 

あの電話が鳴るまでは――。

 

この日は家政婦が彼女らの身の回りを世話する事になっていた。出勤は十三時予定。

倫子はリビングから見えるハト時計を眺めた。今現在の時刻は十時になりかけた辺りだった。幸いにも、毎年クリスマス前後は緊急依頼電話が非常に少なかった。その為、イヴと二十五日は極力全休とし、参加できる者のみでクリスマスパーティーを楽しむのが恒例となっていた。

この日も今の所、緊急の電話は鳴る事が無い――。

本日、除霊所で行われる経読みは朝一から十三時に繰り下げて行われる予定。それまで

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